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27.主婦、村に入る

「そういえばアル、私たちと同じものも食べてたけど、それじゃ足りないの?」


 行き先はともかく歩を進めながら、私は聞いた。

 吸血鬼なんかだと人の血を飲んで他の食物は一切摂らないイメージなんだけど、アルはニコルの作る食事もしっかり食べている。


「足りぬ訳ではございませんよ。私の場合は、あれを食べる事で魔物の力を身体に貯めるのです」

「晶玉の人間版、みたいなもの?」

「左様でございますね。この『契約』を基に、王が晶玉を作らせたと聞き及んでおります」


 晶玉は魔法と同じくらい歴史があるのかと思ったら、そうでもないらしい。


「そうだよ。余が作ったんだよ」

「正確には二代前、ルドルフ16世の御代に作られました」


 ルードの間違った認識を、アルが即座に訂正する。


「そんなハッキリ二代前とか言わなくても良いじゃん。同じルドルフじゃん」

「私は正確な情報をお伝えいたしたまででございます」


 いくら私がこの国の事を知らないからって、お爺さんの作ったものを自分の手柄にしようとするのはいかがなものか。

 私の視線に気づいて、彼は組んだ手を後頭部に当てがい目を空に向けた。


「いやあ、今日は良い天気だなあ」


 曇りだ。

 雨でも降りそうな天気だ。


「早々に今日落ち着く場所を見つけなければ、降られそうでございますね」


 近くに村はあるものの、それは魔物の村だ。

 村に入った途端に全滅という可能性も高いだろう。


 しかし、ニコルは村を指差した。


「あの村なら、大丈夫じゃないでしょうか」

「え、さっきは村に行くの反対してなかった?」


 ニコルは不思議そうな顔で、私の言葉に首を振る。


「さっきまでは、魔物の気配があったんです。でも、今は何も感じられないんですよ」

「それって、罠とかじゃないの?」

「うーん、違うと思います」


 アルが村に目を向けた。


「確かに、魔物の気配はございませんね。先程の二体がやられたのを知って、逃げたのかも知れません」


 それなら、一応あの村は安全だという事で良いんだろうか。

 早くしないと本当に雨に降られそうだし、出来れば屋根のある場所で休みたい。


「じゃあ、ちょっと余が見て来るよ」


 止める間もなく、ルードが駆け出す。

 ここは普通、配下にお願いする所だろうに。

 どこまでも向こう見ずな王様である。

 仕方がないので私たちは歩いて村に近づいた。


 村には柵こそないが、見張り台のようなものはある。

 そこに鐘のようなものも見える。

 有事の際はそれが鳴らされるのだろう。

 ただ、今はシンとして何の物音もない。


 一番手前の家に入って行ったルードが、出て来るのが見えた。


「やっぱり誰もいないみたいだよー!」


 大声で叫んで何かが出て来たらどうするんだと思ったけど、心配の必要もないという事だろうか。

 追いついた私たちに、ルードは続ける。


「家の中に食べかけの料理が残ってた。多分慌てて逃げたんだろうね」


 これ幸いと言うべきか。

 私たちは今日の宿をここに決めた。

 馬を外に繋いで毛玉と荷物を運び入れる。

 屋根が大きく張り出しているので、馬も濡れる心配はないだろう。


 そういえば毛玉、城を出てからも一向に起きないけど、お腹空かないんだろうか。


 家は広くはないが、四人が寛ぐには充分だ。

 しっかりした造りのテーブルの上には、先程ルードが言っていた食べかけの料理が並んでいた。

 食器はどうやら四人分、椅子も四つ。

 魔物の家族が暮らしていたのだろうか。


 入った時には椅子が一つ倒れていた。

 おそらく、急いで立ち去るのに引っ掛けて倒したのだろう。


 奥にある扉は、寝室と繋がっている。

 家族で一緒に寝ていたのか、一つの大きなベッドが部屋の中央に置かれていた。


 私は毛玉を膝に乗せて椅子に座る。

 ニコルは私の隣に椅子を持って来て座り、ルードは荷物の横にあぐらをかき、アルは窓際に立った。


 ポツポツと、雨が屋根を叩く音が聞こえ始める。

 それは次第に大きくなり、あっという間に本格的に降り始めた。


「間に合って良かったですね」


 ニコルが毛玉に険しい視線を送りながら言う。

 何も猫に嫉妬しなくても良いだろうに。


「左様でございますね。こちらの雨には魔力が含まれますので、人間が浴びるには些か危険でございます」

「危険って、どんな風に?」

「魔物に変貌してしまう恐れがあるのでございます」


 はて、それは何故だろうと首をひねって思い出した。

『破魔の剣』を使う『勇者』が魔物になってしまう事があると。

 つまり、人間は魔力に触れ続けると魔物になる場合があるって事なのか。


「まあ、大量に雨を浴び続けない限りは問題ないと存じますが」


 涼しい顔でアルは言うけど、一体どれくらいの時間雨に晒されたら魔物になってしまうんだろうか。

 不安が顔に出ていたのか、アルは微笑む。


「不安に思われなくても大丈夫でございます。この中でその心配をしなくてはならないのは、ルード様だけでございますよ」

「え?」

「チカさんは元々魔力をお持ちですし、ニコルさんは半端者でございますからね」


 そうか、元々魔力を持っていれば関係ないのか。

 ルードが大袈裟に溜息を吐いた。


「あーあ、余は雨が止むまでここから出られないじゃん」

「魔物におなりになりたければ、私はお止めいたしません」

「余は魔物にはなりたくないよ。早く止んでくれると良いけどなあ」

「しばらくは降っても大丈夫でございます。非常食もございますので」


 アルはチラ、と毛玉を見る。

 毛玉がピクリと耳を動かした。

 あれ、こいつ起きてる?

 もしかして、ホントは起きてたけどアルが怖くて寝たふり、いや死んだふりしてたの?

 いやいやその前に、毛玉が魔物だってバレてた!?


「アル、その子はチカのペットだからね。人間用の非常食で我慢してよ」


 え、ルードにもバレてたの?

 積極的に隠してはなかったけど、何も言ってなかった筈なのに。

 あ、アルにバレてるって事はルードにも筒抜けなのか。


「チカも物好きだよね。ペットが魔物だなんて」

「え、いや、うん」


 王城に魔物を持ち込んだ事に何か言われるかと思いきや、ルードは然程興味なさそうに毛玉を見っただけで窓際に移動する。


「しっかし、雨なんて珍しいね。お、雷まで鳴ってる」

「雨って珍しいんだ?」


 さっきからえらく大人しいニコルを振り返ると、彼女は雷が鳴る方を細かく震えながら見つめていた。


「どうしたのニコル。雷怖いの?」


 私の袖を握ったニコルは、震える唇を必死で動かす。


「な、にか、来ます」


 私の目には灰色の雲と時折光る稲妻しか映らない。

 しかし、アルも窓の向こうに鋭い眼光を投げている。


「何が見えるの?」

「わ、分かりません。でも、何かが」


 ニコルが言い終わる前に、辺りが光に包まれた。

 思わず目を閉じる。


 続いて轟音が鳴り響いた。


 それが収まる頃に目を開けると、窓の外に今までは確かになかったものが見えた。

 ニコルの袖を握る力が強くなり、手首が締め付けられる。


 蛇のように長い身体に四本の足。

 頭には鹿のような角。

 銀色の瞳。


 黒いその肢体は、雨に濡れてオニキスのように輝く。


 ドラゴンというよりも、龍と呼んだ方がしっくり来る姿が、そこにあった。

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