24.主婦、仲間を増やす
「お腹空かない?」
「朝ご飯、食べてませんからね」
私とニコルは、足を止めて鬱蒼とした森を眺めている。
決して森を抜けるのに怖気付いている訳ではない、決して。
「腹ごしらえしてから森に入ろうか」
「そうですね、腹が減っては何とやらと言いますし」
少しでも森に入るのを遅らせようとしている訳ではない、断じてない。
「何か食べたいものあります?」
「あ、あれ。フワフワモチーッのやつ」
「あれ、時間かかりますけど待てますか?」
「うん、大丈夫。あれが食べたい」
「じゃあ、用意するので少し待っててくださいね」
「じゃないだろーっ!!」
背後でツッコミが聞こえた気がするけど、そんな訳ないか。
誰もついて来てる筈ないし。
「いつになったら森に入るんだよ、君らは!」
プンスカという形容詞が似合う人を、私は初めて見た。
実はずっと気づいていたのですよ。
体格のすこぶる宜しい殿方と細身でシュッとした美男子が、コッソリついて来てるのは。
そもそも森まではだだっ広い平原で隠れる場所なんて無いから、コッソリしたければ魔法でも使わなきゃ無理なんだよね。
「ルードさんたちも食べます?」
呑気に聞くニコルも、当然気づいていたようだ。
「いやいや、君ら意気揚々と門を出てったよね。何でこんな所で油売ってんのさ」
「お腹空いたから」
「お腹空いたなら軽く腹ごしらえすれば良いよね!? 携帯食料とか沢山荷物に詰めてるよ、パパッと食べれるように!」
「だってニコルの料理が食べたかったから」
ニコルの作るパンケーキとスフレを足して二で割り、チーズとお餅を練り込んだような料理は、凄く美味しいんだよ。
ニコルのオリジナルで、名前はまだ無い。
魔法を使って作ってるのかと思ったけど、実際は魔法のように鮮やかな手際で作っていた。
「折角認定式をカッコ良く決めて送り出したのに、これじゃあんまりだ!」
もしかして、私が『勇者』らしく森に入るのを見届けるためについて来たのか?
そんな事してないで仕事しろ、昨日もサボってたみたいだしいっぱい溜まってるでしょ。
「お腹が空くとイライラしますもんね。ちょっと時間がかかりますけどお待ちください」
王様がご立腹だというのに、ニコルは用具の準備をしながら堂々としたものだ。
人見知りだけど、慣れると遠慮がなくなるタイプなのか。
「だから追いかけても意味が無いと申し上げたのです」
アルはやれやれといった風に主人を見つめている。
「今までに何名の『勇者』が輩出されたとお思いです?」
「ええと、チカで五十人?」
「その中で『魔王』を斃して戻って来た者は」
「いないけど。でも、女の『勇者』だって今回が初めてみたいなもんじゃない? 期待しちゃうでしょ、普通」
女の『勇者』って私が初めてなのか。
みたいなもんって言い回しが気にはなるけど。
「性別が違っても同じ『勇者』です。しかも彼女はあちら側の人間ですよ。また『魔王』に」
「分かったよ、じゃあ余がちゃんと『魔王』の所に行けるか見張るから」
今さらっと何か重要な事を言いかけたような気がするんだけど。
「いえ、ルード様にはご公務がおありですので、それは無理かと」
「そう言うと思って色んな人に引き継ぎして来たから大丈夫。他国との会談は体調不良でキャンセルするよう言ったし、余がしばらくいなくても国は回るよ」
「左様ですか。ルード様がそう仰るなら大丈夫ですね」
「そこ納得する所じゃないでしょ、止める所でしょ!」
二人は私を振り返る。
思わずツッコミが口から出ていたようだ。
「余が一緒に行くと何か不都合でも? 余の剣技は中々だと思うし、このアルは魔法が使える。『勇者』の仲間にはうってつけだと思うけどな」
「ルードは私に負けそうになったし、魔法はニコルが使えるから必要ないよ」
言葉に詰まったルードは、それでも食い下がる。
「と、とにかく! 森に入るのにも躊躇してるような『勇者』には監視が必要だ! 君が何て言おうと余はついて行くからな」
引くつもりはないんだろう。
別に良いや。
一緒に行っても問題はない、同行者が納得さえしてくれれば。
「ニコル、この人たちも『魔王』の所まで一緒に行って良いかな?」
生地をフライパンに流し入れていたニコルが、あからさまに嫌な顔をする。
だよね、道中顔を赤らめて二人きりですね、とか言ってたもんね。
正確には後ろから二人に追跡されて、横には馬と猫もいたけど。
「……チカさんが良いのなら私は別に構いません」
憮然とフライパンを睨んでいるニコルに、ルードが明るい声をかけた。
「じゃあ、決まりね。道中よろしく、ニコル」
「ええ、よろしくお願いします」
ニコルは険しい表情でルードを睨め付け、フライパンの料理を皿に移し、差し出た。
「これ、お近づきの印にどうぞ」
「ありがとう!」
受け取ったものを見て、ルードは眉を顰める。
「これ、焦げてるんだけど」
「チカさん、もう少し待ってくださいね。ちょっと失敗しちゃったので」
「う、うん」
この子、怖い。
王様に向かって良く焦げた料理を差し出せたもんだ。
つい何日か前に私が首を切られると震えていたニコルはどこへ行ったのか。
「森に入れば王様も庶民もただの魔物の餌です。ご一緒すると言うのなら、私はあなた方をただの仲間としか思いませんので」
私には理解が追いつかないけど、彼女は彼女なりの思想で動いているようだ。
ルードにもそれが分かったのか、苦笑する。
「うん、余も変に気を遣われるよりはただの仲間だと思ってくれた方が嬉しいよ。でも、これは焼き直してほし……」
「焦げた所を除けば食べられますので。あら嫌だ、また焦がしてしまいました。アルさんにも、これはあなたにどうぞ」
「いえ、私は」
「どうぞ」
ニコルの半ギレの笑顔に、アルも圧倒されている。
「……はい。ありがとう存じます」
更にもう一度焦がしたニコルはそれを自分のものにして、私にはとても綺麗に焼き目がついたものをくれた。
きっとこれはニコル式の歓迎なんだ。
そう思う事にしよう。
結局、ニコルはその後もずっと男二人には塩対応だったのだけど。
こうして仲間が増え、私たち一行は森へ足を踏み入れる事になる。
ニコルの料理のお名前募集中です。




