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23.主婦、勇者になる

「それじゃあ改めて君の話を聞こうか、チカ」


 食事が終わり、食後の飲み物にコーヒーのようなものが出される頃、ようやくルードが切り出した。

 ルードは、静かな表情でこちらを見つめている。


「まず、君は半端者かい?」

「違う」

「じゃあ、あちら側の人間なんだね」

「そう」


 あちら側が異世界だとするなら、だけど。


「『勇者』が師匠だって言ってたよね。どこで知り合って『勇者』が師匠になって、どんな風に『契約』する事になったの?」


 私はこれまでの経緯を簡単に話した。

 短い間だったのに、メトロさんには物凄くお世話になったな。

 何も返せないまま私に魂までくれて、私は未だにメトロさんに頼りきりだ。


「そうか、メトロは魔物との闘いで傷を負ったのか。森のこちら寄りに出て来る魔物ごときに、負けるような奴だとは思ってなかったんだけどな」

「私を庇ってくれたんだよ。私がいなかったら怪我なんてしなかった」


 ルードは何か言いたそうに口を開いたけど、結局その件については何も言わなかった。

 代わりにメトロさんについて話してくれた。


「メトロはチカの前に『勇者』になったんだよ。九年前だ、懐かしいな。力もスピードも剣技もずば抜けてて、こちら側の人間じゃ一番強かったかも知れない。もう一度手合わせしたいなあ」


 やっぱりメトロさんって強かったんだ。

 なのに『魔王』を斃しに行かなかったのは、それより『魔王』が強かったからかな。

『魔王』の事を知ってるみたいだったし。


「ところで、私があちら側から来たって何で分かったの?」

「君がメトロと『契約』したと聞いたからだよ」


 そう言われても、私の中では話が全く繋がらない。


「私あちら側の人間だから、この世界の事知らないんだ。悪いけど、一から説明してくれないかな」

「ああ、そうだよね。でも一からって、何から説明しよう」


 宙を見ながら顎に手を置いていたルードは、ややあって視線を私に戻した。


「『契約』ってね、本来は魔物と交わすものなんだよ」

「え?」


 それってやっぱり私は魔物って事なの?

 ルードが言ってるあちら側って、やっぱり魔物の国の事?


「あ、チカが魔物だって言ってる訳じゃないよ。チカは多分、魔力を持った人間だ」


 メトロさんもそんな事を言ってたな。


「『契約』は魔法の一つなんだよ。最低でも『契約』を交わすどちらか一方が、魔力を持ってないと成立しない。メトロは魔力を持たないから、チカが魔力を持ってる事になる。魔物だったらメトロはチカを斬ってるだろうし、半端者でもないとなると、消去法であちら側になるよね」


 なるほど。確かにメトロさんなら、私が魔物だって分かった時点で成敗するだろう。

 異世界人が魔力を持ってる事を知ってれば、後は簡単に答えが出る。


 しかし『契約』って魔法だったのね。

 色んな魔法があるもんだ。


「ルード様、そろそろ」


 アルが懐中時計を眺めながら声をかける。


「え、もうそんな時間? チカ、明日は早いからもう寝た方が良いよ。認定式は日の出の時刻ね」


 え、そんなに早いの?


「って、認定式って何するの? 私何か準備しなきゃいけない?」

「大丈夫、チカはそのままで来てくれたら良いから。余ももう寝るよ、今日とは比べ物にならないくらい着飾らないといけないんだ。化粧もしなきゃだしね。どれだけ変わるか楽しみにしてて」


 今日のも相当ゴテゴテしてた気がするけど、あの上を行くのか。

 おやすみー、と手を振りながらアルと一緒に部屋を出て行くルードを見送り、私たちも自室に戻った。


「そういえば、ニコルは謁見の間でルードと話はできたの?」


 ベッドの端に腰掛けて頭の布を取っていたニコルは、首を振る。


「いいえ、一度中座してから何故か別の方がいらしたんですよ。御簾の向こうなので多分他の人にはバレていないと思うんですが」


 あの人、身代わりを置いてまで実技試験に来てたのか。

 試験自体があんまり必要なさそうな感じだったから、きっとあれは趣味でやってるに違いない。

 メトロさんとももう一度闘いたいとか言ってたし、あれは強い奴と闘いたいだけだ。

 ただの戦闘狂だ。


「その方に嘆願書をお渡しはしたんですが、ちゃんと読んでもらえてるんでしょうか」

「どうかな……」

「あ、あれ?」

「ん、どうした?」

「髪が、引っかかって」


 布を留めていたピンに髪の毛が絡まってしまったらしい。

 強引に引き千切ろうとしているニコルを止めようと駆け寄る。


「ダメダメ、髪が傷んじゃう!」


 ピンを取り上げようとしたその勢いで、私はうっかりニコルを押し倒した。

 案の定真っ赤になるニコル。

 そこにタイミング良く、いや悪く、扉を開ける音がする。


「一つ言い忘れ……。君たち、ホントに仲が良いな」


 現れたのは言わずもがな、ルードだ。

 私は慌ててニコルから離れた。多分私の顔も赤い。


「違う、誤解だって」

「隠す必要はないぞ。余はそういう事には寛容だ」


 そういう事って混血とか異世界の事なのか、女同士の事なのか、どっち!?

 いや、そんな事はどうでも良い。


「ドアを開ける時はノックくらいしてほしいんだけど」

「ああ、ごめん。良く忘れるんだよね」


 テヘペロみたいな仕草やめて!

 体格の良い男がやると気持ち悪いから!


「邪魔して悪かったね、おやすみー」


 そう言うと、ルードは扉を閉めた。

 あいつ絶対誤解したままだ、どうやって誤解を解こうか。


 私はとりあえずニコルの髪に絡んだピンを外す。

 ありがとうございますと頭を下げたニコルは、扉を見やった。


「ルードさん、何か用事があって来たんじゃないんですかね」

「そうだよ!」


 何か言いかけてた。

 今更追いかけても姿はないだろうけど、扉を開ける。

 と、厚い胸板がそこにあった。


「わっ!」

「びっくりしたあ」


 見上げると、ルードだ。

 どうやら戻って来てくれたらしい。


「良かった、さっき何か言いかけてた事を聞こうと思って」

「うん、余も言うの忘れて戻るとこだったよ。それで、明日なんだけど、形式上認定式が終わったらそのまま王都を出てもらう事になるんだ。旅の用意はこちらでしてあるから、自分の荷物だけまとめておいてね」


 何だ、その結婚式が終わったら即ハネムーンに行きましょう的な流れは。

『勇者』として認定したんだから、さっさと『魔王』退治に行けって事か?


「どうしても必要なものがあるなら、出るだけ出て後で戻っても良いんだけど。そのまま行っても問題ないように準備はしておくよ」


 どうしても必要って、何が必要なのか私には分からない。

 食料や寝床は確保してくれてるって事だろうから、他に取り立てて必要なものなんて無いと思う。

 私はニコルを振り返った。


「ニコル、そのまま行って大丈夫?」


 やや間があって、ニコルは答える。


「はい、チカさんさえ良ければ私は大丈夫です」

「じゃあ、大丈夫」


 私はルードに向き直って頷いた。


「ニコルは仲間として連れて行くの?」

「うん、そのつもり」

「じゃあ仲間の申告も式に組み込んでおくよ。そう言う事で、明日はよろしく。改めておやすみー」

「おやすみなさい」


 扉が閉められる。


 あれ、そういえば、ニコルを仲間として連れてくのが当然って思ってたけど、それで良かったんだっけ?


「ニコル、あの」

「嬉しいです。チカさんが私を仲間だって言ってくれて。試験を一緒に受けた方たちにも仲間だって紹介してもらえて、嬉しかったです」


 ニコルは良い笑顔だ。

 うん、可愛い。

 じゃなくて、また変な方向に暴走しないと良いんだけど。

 まあ、仲間って言った事を喜んでるみたいだし、私の考えすぎかな。


 今日のところは荷物をまとめて寝よう。

 明日も早い事だし。


 -----


 翌朝、まだ空が白んでもいない頃に私たちは起きた。

 荷物と共に裏口から出て、昨日のように正面に回る。

 相変わらず長い道程だ。

 入り口を入ると、アルが迎えてくれた。


「おはようございます。昨夜は良く眠れましたか?」

「うん、まあ」


 時間が気になって眠るどころじゃなかった。

 王都でもニコルのいた町でも、日の出と日の入り、真昼と真夜中に鐘を鳴らす。

 アルが持ってるように懐中時計があるんだから、もう少し鐘を鳴らす回数を増やしてほしいものだ。

 それはそれで煩いとも思うけど。


「では、そちらの部屋で式の開始までお控えくださいませ」


 昨日試験をした部屋に通される。

 しばらく待つと、厩係のニックという人が荷物を取りに来た。

 馬と毛玉の世話をしてくれていたそうだ。

 二匹も連れて行けるように準備してくれたという。


 それから更にしばらく待って、ようやくアルが戻って来た。


「それでは式場までご案内いたします」


 どこか教会のような場所かと思いきや、ルードとアルに初めて会った検問所の近くだった。

 特に荘厳な建物もない、ただの王都の出入り口だ。

 ただ、城壁に据えられた大きな扉は、目一杯に開かれていた。


 その入り口を背にして、私は跪いて待つように、ニコルは私の少し後ろで同じく待つようにと言われる。


 待つのが苦痛になりかけた頃、シャラシャラという音がどこからか聞こえて来た。

 前を見ると、何かがこちらに近づいて来る。

 多分ルードなんだけど、まだ暗いのと遠いので全貌が良く見えない。


 音が近くなるにつれ、布が地面を擦る音や布同士が擦れる音が加わる。

 シャラシャラ言っているのは、鈴ではなく頭を覆う大きな金属製の羽根飾りのようだ。


 ルードは私の手前で止まった。

 その顔には昨日まではなかった豊かな髭が蓄えられ、眉より上は羽飾りの付いた冠によって隠されている。

 化粧ってこの事か。

 確かにルードだと知っていなければ別人だと思っただろう。


 ルードは重厚な雰囲気で口を開いた。


「汝に『勇者』の称号を与える。見事『魔王』討伐を成し遂げた暁には、汝の願いを聞き届けよう」


 アルから手渡されたものを、ルードは私の上に掲げる。


「この『破魔の剣』を持ち、森を抜けて『魔王』の治める地へ行くが良い」


 私はアルに促されて両手を差し出した。

 そこに『破魔の剣』が置かれる。

 アルが先んじてくれる口上を、私は復唱した。


「ありがたく頂戴いたします。必ずや『魔王』の討伐を果たしてご覧に入れましょう」


 ルードは頷いて続ける。


「期待しておるぞ。汝に仲間はおるか」

「はい。これに控えますニコルが、私の仲間にございます」

「相分かった。では仲間と共に誓うが良い」


 ルードが左手を上げると、それに合わせたかのように朝日が顔を覗かせた。

 その光は瞬く間に王都を包み込むと、煌びやかな都の姿を露わにする。

 中でも壮麗な宮殿の一角から、ルードに向けて一際強い光が放たれた。


「『魔王』を斃し、この国を救わん事を」


 冠の羽飾りが、まるで神の後光ように輝く。

 私は思わず首を垂れた。


「ルドルフ王の名において、『魔王』を斃さん事を誓いましょう」

「では行け、『勇者』よ!」


 静かに踵を返す音がする。

 シャラシャラさらさらと、音はだんだん遠ざかって行った。

 それが殆ど聞こえなくなった所で、アルから声がかかる。


「立ち上がって門の方を向いてくださいませ」


 言われた通り振り返ると、大きな歓声が上がった。

 すっかり明るくなった門の周りに、大勢の人が詰めかけている。

『勇者』を見に来たのだろう。

 その『勇者』は私だ。


 元の世界で、こんなに沢山の人に囲まれる事は絶対にあり得なかった。


 私は周囲を見回す。

 見渡す限り歓喜の表情だ。

 面映くもあり、申し訳ない気持ちにもなった。

 私が『勇者』になったのはこの国の人々のためじゃない。

 自分のためだ。

 それなのに、この人たちは私がこの国を救う事を願っている。


 結果として、そうなれば良いだけの話なんだけど。

 それが叶わなかった時、この人たちは私にどんな表情を向けるだろうか。

 それを思うと足が竦む。


 それでも、私は門の外へ向けて足を踏み出した。

 どんな目的であっても、やる事は同じだ。

『魔王』に会う。

 そのために、私は『勇者』になったんだから。


 ニコルが隣で呟く。


「凄い人ですね。皆さん朝からお暇なんでしょうか」


 暇、ねえ。

 今そんな発想ができるとは、この子は大物かも知れない。


「え、何か可笑しかったですか?」

「いや、ニコルのお陰で緊張が解けた。ありがとう」

「それは良かったですけど」


 不満気に、ニコルは口を尖らせた。

 その手を、私はしっかり握る。


「これからも、よろしくね」

「は、はい。こちらこそよろしくお願いします」


 ニコルは頬を紅潮させながらも、しっかりと手を握り返してくれた。


 遠くでクレイオスたちが手を振るのが見える。

 どうやら場所取り合戦に敗北したらしい。

 セト辺りが寝坊したんだろう。


 ニックが毛玉を乗せた馬を連れて来てくれた。

 馬は荷物を沢山載せて少々不機嫌だ。

 だんだん軽くなって行く筈だから、頑張ってね。


 毛玉はまだ寝ている。

 仕方ないか、前回も四日間眠りこけてたし。


 馬を連れて門をくぐり、道を進む。

 歓声は随分遠くに来るまで聞こえていた。

 森はすぐそこだ。

 私たちは歩を進める。

 その向こうに何が待ち構えていようと、乗り越えると意気込んで。

主婦だって勇者になりたい、完

ではありません。

まだまだ続きます。

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