22.主婦、試験の結果を聞く
私たちは壇上を見る。
シルエットは当然鎧ではない。
影だけなのに、何やらとても仰々しい。
「まずは『勇者』となるために認定試験を受けに来た、その心意気を褒めてつかわす」
声色も何だか変わっている気がする。
流石王様、立場によって色んな声を使い分けられるのね。
「次に、一人ずつ試験の結果を伝える。まずはセト、前へ」
セトは階段の手前で膝をついた。
「その方、今回で八回目の試験となるが、何か言う事はあるか?」
「この度は八回目との覚えをいただき、誠に光栄に存じます。この度も大変勉強になり、ありがたき事でございます」
やっぱりセトでも王様の前では畏まった態度と言葉なんだなあ。
どうでも良い事を考える私に、隣から歯の根が噛み合わない音が聞こえる。
ジョルジュ、緊張しすぎでしょ。
気持ちは分かるけど落ち着け。
「うむ、今回も残念ながらその方に『勇者』の称号は与えられぬが、研鑚を積んだ旨は聞き及んでおる。以後も励めよ」
「はい、ありがたきお言葉に存じます」
セトが下がると、次にパーシヴァルが呼ばれた。
鎧のガチャガチャ音にジョルジュの歯の音がかき消され、ちょっと安心する。
「その方、実技試験を棄権したそうだな」
「は、私めにはまだ力不足でございました。故に鍛錬の後再びこの認定試験を受けようと、この度は棄権いたした次第でございます」
「そうであるか。では次回を楽しみにさせてもらおう」
「は、ありがたきお言葉」
次はクレイオスだ。
「その方、アーサーと対等に渡り合ったと聞き及んでおるぞ。各地での魔物退治の勇姿も余の耳に届いておる」
「ははっ、お耳汚しを」
「誠に勇猛な男である。しかし神々の谷の出だったな」
「は、仰る通りでございます」
「谷の教義に、魔物の力を一切行使してはならぬとあったと記憶しているが。『勇者』となるには魔物の力を行使しなければならぬぞ」
「何と、我らが谷の教義までご存知であったとは、恐れ入ります。しかし『魔王』討伐のためならば、たとえ教義であったとて関係ございません。魔物をこの地より残らず消し去るために、それは必要悪ともなりましょう」
神々の谷って、ただの地方の名前じゃなくて宗教団体の本拠地だったのね。
聞いたところ魔物は徹底排除の思想っぽいけど、どうしてジョルジュには優しくしてくれたのか。
子供だから?
それとも半分人間だから?
答えはクレイオスがくれた。
「ここにおりますジョルジュは、半端者として生を受けました。彼の親のように魔物に蹂躙される人間をこれ以上作らぬためにも、私は『勇者』となり『魔王』を討伐したいと願うのです」
どうやら人間と魔物の間にはロミオとジュリエットみたいなロマンスは存在しないらしい。
魔物が人間を襲った結果、生まれたのが混血。ここにはそれしか無い。
ジョルジュはクレイオスにとって、可哀想な子供なんだ。
「うむ、その方の想いは余に届いておるぞ。だがな、教義をわざわざ破る必要もない」
「と、仰いますと?」
「その方を余の騎士として召し抱える。そして、各地に出現する魔物を討伐して回ってほしい。その方がこれまでやって来た事を、余が正式に仕事としてやろう。どうだ、悪い話ではなかろう」
クレイオスは虚を突かれ頭を上げそうになったが、押し留めて深く頭を垂れる。
「は……ははっ、ありがたき幸せ!」
「精々任務として魔物討伐に励むが良いぞ」
「はっ、この身を以って国王様のお力添えができますよう、全力で取り組む所存です」
次はいよいよジョルジュの番だ。
震えながら前に出たけど、倒れたりしないかな。
「その方、ジェヴォーダンの村から来たのだな」
「は、ははい。そ、その通りです」
「村が貧しく、大人が皆村を出てしまったので、その方が村を守ろうと思い立ったのだな」
「は、はい」
完全に萎縮している。
声が蚊みたいに細い。
「しかし、王と言葉を交わすだけでそれだけ緊張していては、村を守るのは難しそうだな」
「も、申し訳ございません」
王様もそんなに子供をいじめるもんじゃないよ。
「謝る必要はない。村には王都から人員を派遣しよう」
「え、本当ですか?」
「ああ。行く行くは大人が出稼ぎに行かなくても良いようにできれば良いが、すぐには無理だ。取り急ぎ、村の守りを固める者を寄越す。それで良いな」
「あ、ありがとうございます!」
ジョルジュは頭を床に打つ勢いで下げた。
ルードも中々乙な事をしてくれるもんだ。
こんな子供が『勇者』になろうとまで思い詰めてたんだから、当然と言えなくもないけど。
この王様は、多分きちんと民の声を聞けるんだろう。
「最後にチカ、前へ」
呼ばれて、前の四人と同じように膝をつく。
「その方、アーサーと闘う際に何故あの武器を選んだ?」
「他に私に使えそうな武器がなかったからです」
「使い方を知っていたのか?」
「まあ、何となくは」
「同じ物をもう一つ持っていたようだが、あれは何だ?」
「師匠の、『勇者』メトロの形見です」
成る程、と王様はしばし考える風に黙った。
次に聞こえた声には、どこか逡巡の色が混ざっていた。
「その方、『魔王』討伐の褒賞でその『勇者』を蘇らせるとあったが、本当か?」
「はい。『魔王』を斃せば、何でも願いを叶えてくださると聞きました」
「残念ながら、死んだ者を生き返らせる事は王にもできぬ。その願いを叶えてやる事はできぬぞ」
やっぱりそうか。
そうじゃないかと思ってた。
でもメトロさんは死んだ訳じゃない、多分。
「『勇者』メトロの魂は、今私の中にいます。『契約』で魂を私にくれたので。だから、彼は死んではいないと思うんです」
「『契約』だと」
王様も驚いた声を上げたけど、後ろの四人も色めき立っている。
『契約』がどうかしたんだろうか。
「おま……その方、『契約』の意味を存じておるのか?」
「え? いえ、詳しくは知らないですけど。何か問題でも?」
一瞬の間の後、王様の笑い声がホールに谺した。
「良し。その方を『勇者』と認めよう。認定式は明日だ。後の四人もご苦労だった。下がって良いぞ」
ん? 何だか良く分からないけど、私『勇者』になれたって事?
それより『契約』の意味を教えてほしいんだけど。
メトロさんと『契約』した時も、それから今までも、それどころじゃなかったんだから。
そんな私の心の声は誰にも届かない。
「では皆様、本日はお疲れ様でございました。またお越しくださる方には次の機会を楽しみにいたしております。そうでない方にはご健勝をお祈りいたしております」
アルは私たちをホールから追い出す。
扉を出ると、早速セトが声をかけて来た。
「チカ、おめでとう。これで僕らは仲間だ」
うん、そう来ると思った。
「ごめん、あなたとは仲間になれない。私にはもう魔法を使える仲間がいるし」
「何だと! しかし僕は電気ネズミの力を使えるんだぞ。その辺の魔法使いとは格が違う」
「それはそうなんだけど」
そこに、タイミング良くニコルが駆け寄って来る。
「チカさん!」
「この子が私の仲間、ニコルって言うの」
私はニコルの肩を抱いた。
セトは分かりやすくメガネをずらして驚いている。
「そ、その子は何の魔法を得意としてるんだい?」
「何だろう、家事全般?」
「それ、魔法……?」
下がるメガネを必死に押し上げて、セトはニコルを上から下まで舐め回すように見る。
クレイオスが笑ってセトの肩に手を置いた。
「仲間にならないってんなら仕方ねえよ、諦めろ。お嬢さん、初めまして。俺はクレイオス。チカと一緒に認定試験を受けたうちの一人だ」
「は、初めまして。ニコルです」
そこで気づいた。
ニコルが真っ赤な顔をしている事に。
もしかして私が肩に手を回したから?
軽率でした、ごめんなさい。
慌てて手をどかす。
ニコルはちら、と私を見て少し落胆したような表情になった。
え、どうしたら良かったの?
こちらの事情にはお構いなく、パーシヴァルがガチャガチャと手を差し出した。
「我はパーシヴァル。お仲間であるニコルにもお祝いの言葉を捧げよう。『勇者』認定おめでとう」
鎧の手を握ってから、え、と声を上げてニコルはまた私を見る。
その顔に歓喜の表情が漲った。
「おめでとうございます、チカさん!」
私に抱きつく理由ができたとばかりに飛びついて来るニコル。
恥ずかしいからやめて。
あと一人、紹介する人残ってるし。
「ニコル、落ち着いて。あの子がジョルジュ。ニコルと同じ……」
ジョルジュはじっとニコルを見つめている。
美人だから見惚れている訳じゃなさそうだ。
「君、僕と同じ?」
その声に、ようやくニコルは離れる。
「あなたも半端者なんですね」
「うん、そうなんだ。僕はジョルジュ。ジェヴォーダンから来た」
「ジェヴォーダン、半端者の村ですか。聞いた事があります」
ジョルジュは頷いた。
「あのさ。半端者を見つけたら一度は声をかける事にしているんだ。僕の村へ来ないか? 君には必要なさそうだけど」
意図を汲んで、ニコルは微笑む。
「はい、必要ありません。私にはチカさんがいますので」
「うん、分かったよ。もし機会があれば、遊びに来て」
ジョルジュも微笑み返した。
クレイオスが言う。
「それじゃあ、今日のところは解散だな。明日の認定式、楽しみにしてるぜ」
手を挙げると、まだショックから立ち直れていないセトを連れてクレイオスは入り口に向かった。
パーシヴァルとジョルジュもそれに続く。
私は彼らに手を振ってからニコルに視線をやった。
「今日はどうする? 宿を探す?」
「そうですね、お城に何日もいさせてもらう訳に行かないでしょうし。馬と毛玉を連れて来ます」
「その必要はないよ」
背後からの声に振り返ると、ルードが重たそうな衣裳に身を包んで立っていた。
多分壇上で着ていたそのままなのだろう。
御簾で誰にも見えないのに、どうしてこんなに煌びやかな必要があるのか。
「折角だから今日も泊まっておいで。色々聞きたい事もあるしね」
その目は反論を許さないと言っている。
私にも聞きたい事があるからちょうど良い。
「分かった」
私たちは、その晩も王城の方々のお世話になる事にした。




