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21.主婦、実技試験を受ける その三

 アーサーは多分強い。

 三人と闘って、途中回復薬を一度飲んだだけだ。

 尤も、その内の二人は軽くやられてたけど。


 王様って玉座に座ってて、ずっと臣下たちが政をしたり軍隊を動かしたりするのを見てるだけなイメージだった。

 でも、どうやらこの人は違うらしい。

 これだけ強いんなら、やっぱり自分で『魔王』を斃しに行けば良いのに。

 何かそれをしない、できない理由でもあるんだろうか。


 それはさて置き、自分の身体能力を試すうってつけの場だから、精々頑張るとしよう。

 私はアーサーの前に立ち、『破魔の剣』を握りしめた。


 多分使い方は分かる。

 晶玉に魔力を出し入れするのと同じだ、イメージすれば良い。

 私はとりあえず、メトロさんの持っていた剣を思い浮かべた。


 黒い煙が『破魔の剣』から立ち上り、剣の形を成す。

 黒い剣は近くで見ると七色に輝いていた。

 ちょっと例えは悪いが、タールに水を落とした時にできる皮膜のようだ。

 綺麗なんだけど、どこか禍々しい。


 見よう見まねで剣を構えてみた。

 アーサーがフフフと笑うのが聞こえる。


「それを扱えるのは凄いけど、剣術は初心者なんだね。大丈夫?」

「王様、口調が戻ってるよ」

「おっと、失礼。って、やっぱり気づいてた?」

「そりゃあ、さっきまで一緒にいたしね」

「他の人には内緒って事で」

「分かってるよ」


 気を取り直して、アーサーも剣を構えた。

 と思ったら間髪入れずこちらに斬り込んで来る。

 横薙ぎに振るわれた剣を、こちらも剣で受けようとする。が全く歯が立たずに吹っ飛ばされた。


 上手く受け身が取れたのか、身体に痛みはない。

 おそらく、文字が読めたように、メトロさんの力で身体が無意識に動いたんだろう。


 しかし、武術関連の習い事でもしておけば良かったな。

 闘い方が全く分からない。

 元の世界に戻ったら息子に何か武術を習わせよう。

 異世界に飛ばされる事はまずないだろうけど、何かあった時に絶対役に立つから。


 待てよ、今みたいに無意識で動けるなら、自分の意識は極力排除して、身体が動くのに任せれば良いんじゃないか。

 私は立ち上がった。


「初撃で行けたと思ったけど、流石に無理だったか」


 アーサーは再び剣を振りかぶる。

 今度は力を抜いて剣を構えてみた。

 あ、ダメだ動かない。

 やっぱりちゃんと自分で動かなきゃダメみたいだ。


 間一髪で剣を受け止めたものの、やっぱり私は力負けして後ろに飛ばされる。

 今度は何とか着地できた。

 力で負けるのは体格差のせいだろう、それは今更どうにもできない。

 距離を詰めても良い事はなさそうだ。


 少し後ろに下がりながら、そういえばポケットにもう一つ『破魔の剣』が入っているのを思い出す。

 ないよりマシかも知れないと、ポケットから出して両手に握った。

 アーサーが首を傾げた気がするけど気にしない。


 剣の姿が消えた代わりに、両腕に手甲のようなものができる。

 慣れない剣なんて振り回すよりは何もない方が良い。

 幸いにも攻撃はちゃんと見えるし、身体は自分の思った通りに動くみたいだ。

 それを活かして何とかしてみよう。


 アーサーは剣を巧みに振るって私を追い詰めに来た。

 避けるので精一杯だし、壁際に段々と追いやられている。

 壁に背中がついたらお終いだろうか、いや、そうでもない。

 避けるふりをして勢いをつけ、壁を駆け上がる。

 そこから思い切り壁を蹴って、アーサーの背後に回り込んだ。


 アーサーが振り返る前に距離を詰めようと思ったが、残念ながら私の動きは想定内だったようだ。

 振り抜いた勢いそのままにこちらへ突進して来る。


 横に避けても同じ事だろう。

 私は上へ飛んだ。

 頭上にはお誂え向きにシャンデリアが下がっている。

 左の手甲から黒い触手のようなものを出すと、シャンデリアに巻きつけた。

 ちょっと気色悪いけど構っていられない。


 勢い良く上へ向かって引っ張られるのを、シャンデリアに激突する手前で触手を消して止める。

 後は落ちるだけだ。


 当然上へ向けて振るわれるだろうアーサーの剣に狙いを定め、私は右手を伸ばした。

 触手が剣を捉える。

 剣の勢いに任せてアーサーを触手でグルグル巻きにする、予定だった。


 プツン、と触手が切れる音がして、私の身体は慣性の法則により弧を描く。

 しかし、地面に叩きつけられる前に何かに抱き留められた。


 アルが私をお姫様抱っこしている。

 ええと、これは一体どういった状況なのでしょうか?


「アル、邪魔をするな!」


 ほら、アーサーもといルードも怒ってるじゃないの。

 にもかかわらず、アルは私を抱いたままアーサーに近付く。

 傍までくると、アーサーの耳元で囁いた。


「ルード様、あなたの負けです。潔くお引きくださいませ。他の者にはチカさんが負けたという事にしておきますので」


 ぐぬぬ、とルードは唸っている。

 ルードの負けとはどういう事なのか。

 私はまだ勝負を仕掛けたとも思ってなかったんだけど。

 というか、触手をちょん切ったのアルだよね?


「分かった。あのまま触手に捕らえられていたら、余は身動きできずに降参するしかなかったろう。つまり余の負けだ。しかし余にも体面があるのでな、ここは退いてほしい」


 まあ、これ以上闘わずに済むなら私も願ったり叶ったりだ。

 納得はしていないが、私は頷いた。


「私の負けで良いよ」

「ありがとう」


 王様のくせにちゃんとありがとうが言えるのね、感心感心。


「それはそうと、早く降ろしてほしいんだけど」


 お姫様抱っこなんて夫にもしてもらった事がない。

 最近は体重が増えていたのでしてもらいたくともできない状態だった。

 いや、そもそもしてもらいたいとも思わない。

 しかしアルは全く聞いていないようだ。


「では、そのようにさせていただきます」


 くるりとそのまま踵を返すと、『勇者』候補たちの元へ行く。


「自分で歩くから降ろして!」


 無視かよ!

 暴れて落とされて尻を打つのも嫌なので、降ろせと言いながら大人しくしているしかない。

 生殺しだ。

 みんなの所に着く頃には、私の顔は耳まで熱くなっていた。

 多分真っ赤だ。


「武器の損壊により戦闘不能と見なし、チカさんの負けとなりました。以上で実技試験を終わらせていただきます」


 やっと降ろしてもらえた。

『破魔の剣』の一つをこっそりポケットに仕舞う。

 みんなは笑顔で迎えてくれた。


「あの武器は凄いな。自在に形が変えられるのか。魔法なのか?」


 クレイオスが聞いてくるが、私には良く分からない。

 答えあぐねていると、アルが言う。


「あれはチカさんの能力でございます。彼女は魔力を持つ人間のお一人です」


 言ってる事は間違ってないけど、『破魔の剣』の事は言わない方が良いって事なのかな。

 私はそれに合わせて頷いた。


「なるほど、それであんな見事な技を使えたのか。頑張ったな、チカ」


 クレイオスは豪快に頭を撫でてくれる。

 ジョルジュも、僕より凄かったじゃない、と言ってくれた。

 パーシヴァルとセトも、言葉こそないものの笑顔で頷いてくれる。


 いやあ、褒められるって、嬉しいものですね。


「それでは、筆記試験と実技試験の結果を以って選考いたしますので、こちらで今しばらくお待ちくださいませ」


 そう言って、アルはルードを引き連れ退場した。


「今回も『勇者』認定はないかな」


 セトが呟く。

 何故かと問うクレイオスに、セトは神妙な面持ちで答えた。


「筆記試験はともかく、実技試験で僕等はアーサーに負けた。今までアーサーに負けて『勇者』になった者は、僕の知る限りいないよ。勝った人を見た事もないけど」


 そりゃそうだろうな。

 王国第三の騎士に負けているようでは、『勇者』となって『魔王』を討伐なんてできない。


「では、セト殿は次の認定試験も受けると言うか」


 パーシヴァルが聞く。

 セトは勿論、と胸を張った。

 この人、ホントに『勇者』の仲間になるまで試験を受け続けるつもりなのか。


「では我ともまた相まみえる事になりそうだ。その時はよろしく頼む」

「ああ、次こそは『勇者』が現れる事を祈っているよ」


 二人が握手しているのを見ながら、私は考える。

『勇者』になれなかったとして、この先どうしたら良いだろう。

 師匠であるメトロさんはいないし、この中に『勇者』として師事できそうな人もいない。

 まして一人で修行など、するだけ無駄に思えた。


 ルードの所で稽古をつけてもらうとか?

 王様が弟子を取る訳ないか。

 軍隊か何かに入隊でもすれば、少なくとも身体は鍛えられるかも。

 それが一番無難かな。

 良し、そうしよう。


 考えがまとまった所で、扉が開いた。


「選考結果が揃いましたので、謁見の間へお越しくださいませ」


 アルの言葉に一同は部屋を出、入り口中央の扉を入る。

 そこは入り口より広いホールになっており、奥に十数段の階段がある。

 その上には大きな御簾が下げられ、さらに向こうに誰かがいた。


 ホールの左右には王様への謁見に訪れたのであろう人々が待たされている。

 ニコルの姿も見えた。

 しかし、彼らはホールの外へと一旦出るようアルに言われ、ざわつきながらホールを後にする。


 その波をかき分けて、ニコルが私に近付いた。


「チカさん! どうでしたか?」

「うん、多分ダメだ。また話すよ、後でね」

「はい、頑張って!」


 それだけ言って、ニコルは再び人の波に飲まれる。

 多分私が何を言ったか聞こえてない。

 今更何を頑張れと言うのか。


 首を振って階段の上を見た。

 御簾の向こうにいるのは多分ルードだ。

 あんなに謁見を待ってる人がいるのに、何を呑気に試験などしてるんだろう。

 試験の日は謁見なしとかにすれば良いのに。

 でもそうした所で、私たちが試験の日を知らなかったように、知らずに王城まで来る人はいるだろうし、どうしようもないのかも知れない。


 人気がなくなったホールに向けて、王様のシルエットが言った。


「では、『勇者』認定試験の結果を伝える」

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