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20.主婦、実技試験を受ける その二

 クレイオスはその巨体に見合わぬ速さでアーサーの周りを駆け回り、斧を振るう。

 少し離れたこちらにまで、風を切る音が聞こえる程だ。

 アーサーも負けてはいない。

 身をよじって斧を躱し、また剣でいなす。


 斧と剣がぶつかり合うたび、火花と共に鋭い音が響いた。

 両者互角のようだ。


 いや、幾度も撃ち合う内にクレイオスの動きが段々と鈍くなっている。

 重たい武器を持って方々を走り回りながらアーサーに斬り込んでいるのだから、当然と言えば当然か。


 クレイオスはそれでもアーサーの動きを先読みし、大上段に構えた斧を怒声と共に振り下ろす。

 しかし斧は空を切って床を砕いた。

 その鼻先に、剣の切っ先が突きつけられる。

 顔を歪めて少し呻いたクレイオスだが、その口から笑い声が迸った。


「ガハハハハ! 参った、俺の負けだ! 流石は王国第三の騎士だな。上には上がいるもんだ」

「潔い負けの認めっぷりであるな。気に入ったぞ」


 アーサーも一緒になって笑っている。


「チカ、ずっと闘いを見てたけど二人の動き見えてたの?」


 ジョルジュが聞いてきた。


「見えてたけど。何で?」

「え、見えてたの? ホントに?」

「うん」


 それがどうかしたんだろうか。

 パーシヴァルが私たちの間に割り込んで来る。


「お前たち、あの剣さばきが見えたのか」

「はい。速くて追うのが大変でしたが、何とか」


 あれ?

 私にくっきりはっきり見えていたから他の人にも見えているとばかり思ってたんだけど、違うの?


 パーシヴァルはしばし唸り、一人で納得したように頷いた。


「アーサー殿、我は棄権しようと思う」


 回復薬を鎧の隙間から起用に煽り、クレイオスにも渡して労いの言葉をかけていたアーサーが「何?」と振り返る。


「我にはまだまだ鍛錬が足りぬようである」

「え、お主棄権するのか? 我が輩と手合わせだけでもして行かないか?」

「お二人の見事な剣技を間近で見る事が出来ただけで勉強になった。我はカムリへ戻り研鑚を積んで出直す事にした」

「そうか……」


 アーサーは今にもちぇっ、と舌打ちせんばかりの落胆した声を出す。

 この人絶対闘いたかっただけだろう。


「じゃあ次は」

「次は、僕が行きます」


 ジョルジュが震える声を絞り出して前に出た。

 いっそ悲壮感漂う表情で、ナックルを嵌めた拳を握り締めている。

 そんなに震えるならジョルジュも棄権すれば良いのに。


「ジェヴォーダンのジョルジュ、お相手をお願いいたします」


 こちらへ戻ったクレイオスが表情を変えて呟く。


「ジェヴォーダンだと」


 村の名前に心当たりがあるらしい。

 私は当然知らないけど、他の二人も驚いてるみたいだから有名なんだろう。

 恐らくアーサーも知っている。


「そうか、ジェヴォーダンか。良し、始めよう!」


 説明してほしいのは山々だが、そんな暇はないようだ。

 ジョルジュは一度深くお辞儀をする。

 顔を上げた彼は、今までの緊張した面持ちを完全に捨て去っていた。

 おまけに人間の姿も捨て去っている。


 鼻先が大きくせり出し、耳が大きく尖り、全身が銀色の毛で覆われた。

 これは正に、狼男だ。


「ほう、ウェアウルフとは、満月でなくとも変身できるものなのか」


 独りごちたアーサーは、剣を構え直す。

 それを待っていたかのように、ジョルジュは床を蹴った。

 一息にアーサーの懐に飛び込んだジョルジュだが、その拳がアーサーの鎧に届く事はない。

 軽い身のこなしで躱すと、剣がジョルジュの背中を捉えた。かに見えた。


 ジョルジュは飛びすさってアーサーから距離を取る。

 今度は足を払おうと低い位置から蹴りを繰り出すが、やはりそれは届かない。


 ジョルジュの動きはクレイオスより格段に上に見える。

 なのにその突きも蹴りも、アーサーには一つも当たらない。

 アーサーは最小限の動きでジョルジュの攻撃を躱し、合間についでのように剣を繰り出していた。


 ジョルジュは完全に遊ばれているようだ。

 少し可哀想になって来る。

 何とか一発でもアーサーにお見舞いしてほしいんだけど。


 頑張れジョルジュ!


 私は心の中でエールを送る。

 それが届いたのか、ジョルジュ渾身の一撃がアーサーの顎を捉えた。

 顎と言っても鎧だけど、金属が歪んだような音と共に、アーサーがよろめく。


 そこから怒涛のラッシュが!

 とは残念ながらならなかった。

 よろめいたと思った瞬間にジョルジュの腕が掴まれ、その身体が宙を舞う。

 したたか床に背中を打ち付けたジョルジュは、呼吸ができなくなったのか蹲った。


「ジョルジュ!」


 思わず叫んで駆け寄る。

 ジョルジュはいつの間にか鼻も耳も毛も元通りになっていた。


「大丈夫?」


 助け起こすと、ジョルジュは顔を歪めながら返す。


「ええ、何とか」


 そしてアーサーを仰いだ。


「すみません、参りました」

「ああ、良くやったな」


 近くに来ると、アーサーが息を上げているのが分かる。

 遊び疲れたから放り投げて終わらせたのか。


「今後のために、アドバイスをやろう」


 アーサーは息を整えながら言った。


「お主はスピードに頼り切っている。だから自分より速い相手に遅れを取るのだ。力と技術を磨くが良い」

「はい、ありがとうございます」


 ジョルジュに肩を貸して下がると、何やら剣呑な雰囲気だ。

 当然か、この子人間じゃなかったんだもんね。

 クレイオスが代表して口を開く。


「お前、半端もんだったのか」

「黙っていてすみません。自分が半端者だと分かってしまうと、認定試験を門前払いされるかと思ったので」


 ジョルジュは目を伏せた。


「ジェヴォーダンは半端者の村です。とは言っても、今では血が薄まり、僕のように力を解放できる者も少なくなりました。それでも半端者は半端者としてしか見られなくて、だから村は貧しいままなのです」


 差別する側の気持ちも、される側の気持ちも分かる。

 分かるけど、やるせない。

 通夜か葬式にでも来たかのように、皆押し黙っている。

 それを破ったのはアーサーだった。


「『勇者』になるのに人間かどうかは関係ない。『魔王』さえ斃せれば、余……王は半端者だろうが気にしないのである」


 その言葉で、場の雰囲気が変わった。


「そうだな。『勇者』になるという事は『魔王』を斃すという事だもんな。その心があるって事は、心は人間なんだよな」


 クレイオスに同意して、後の二人も頷く。

 アーサーの言に呆然としていたジョルジュは、やっと笑みを浮かべた。


「皆さん、ありがとうございます」


 ここにいるのは曲がりなりにも『勇者』を目指す人たちだ。例外が約一名いるけど。

 アーサーが王の考えを出した事もあるだろうが、素直に考えを改められるのは心が強い証拠だ。


 ジョルジュをクレイオスに託した私に、アーサーが言う。


「さて、最後の一人だ。チカ、準備は良いか?」

「はい、よろしくお願いします」


 いよいよ私の番だ。

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