16.主婦、王に相まみえる
あれ、ニコル何て言ってたっけ。
確か、お嫁さんがどうとか。
……お嫁さん!?
慌てて飛び起きると、私にぴったりくっついて寝ていたらしいニコルも起き上がった。
近い。
すごく近い。
「お、おはようニコル。昨日の事だけど、私寝落ちしちゃってて聞いてなかったんだ。何の話してたっけ」
「おはようございます!」
言うなり私を抱きしめて、ニコルは幸せそうな笑い声を漏らした。
「良いんです言葉なんて。私は今まで生きて来た中で、今が一番幸せです」
幸せなのは良いんだけど。
懐いてくれていると思ったら、まさかそっちの好きだったなんて想定外だ。
だって女同士だし、私二日前まで見た目五、六歳の子供だったし。
そもそも仲良くなってから一週間も経ってないし。
でも考えてみたらその予兆はあったんだよね。
私がその可能性を頭から完全に排除してただけで。
ちょっと仲良くなっただけの相手に、ここまで尽くしてくれる事が有り得ないって、初めから思うべきだった。
さて、どうやって誤解を解こう。
とりあえず、正攻法で行ってみるか。
私はニコルを引き剥がす。
「あのね、ニコル。私があちら側から来たっていうのは知ってるよね」
「はい」
「私、あちらの世界に夫と子供がいるの。だから、ニコルをお嫁さんには出来ないんだ」
「そうですか。それなら仕方がないです」
分かってくれたみたいだ。
「妾になります」
違った、全然分かってなかった。
こちらの世界の婚姻制度を私は知らない。
簡単に妾が持てるのなら、私の元の世界での婚姻なんて関係ないじゃないか。
どうしたものだろう。
「おはよー。おやおや、仲の良い事で」
ノックもせずに部屋に入って来たルードが、ニヤニヤ笑っている。
朝っぱらから乳繰り合っているようにでも見えたのか。
見えただろうなあ。
「今日の予定は何だい? 魔物と一緒に王都でお買いものかな。それとも、調教した魔物を売りに行くのかな。それだけの上物なら、さぞ高く売れるだろうね」
ニコルが真っ青になっている。
私も変わらないだろう。
ニコルの頭に、いつもの布は巻かれていない。
いつからだっけ、そう、お風呂上がりには既に何もつけていなかった。
青い髪も尖った耳も丸見えだ。
恐らくアルがルードに伝えたのだろう。
油断した。
ここは魔物と敵対する人間の本拠地なのに。
てか売るって何よ。
魔物って売買できるの?
奴隷の売買みたいに?
この世界って意外と腐ってるのね。
剣と魔法の世界って、もっとクリーンだと思ってた。
「答えてよ。返事によっては君たちをこの部屋から出す訳にいかないんだけど」
笑っているのは彼の口元だけだ。
しかし、魔物を家に連れ込まれて怒っている風ではない。
私たちを冷静に観察している。
私はニコルの前に出た。
何かあったら真っ先に痛めつけられるのは、多分ニコルだ。
それは回避したい。
「ニコルは魔物じゃない、人間との混血だよ。今日は王様に会う予定なの。私は『勇者』の認定を受けに、ニコルは町の警備強化の申し出に」
ベッドから降りて手近に武器になりそうなものを目で探す。
私に扱えるものはなさそうだ。
そもそも取っ組み合いの喧嘩すらした記憶がない私に、屈強な男と渡り合ったところで勝算など全くない。
ルードに納得してもらうしかない訳だが、どう言えば良いだろうか。
変な事を言って拗れたらどうしようもないし。
とりあえず謝っておこう。
「ニコルの事を黙ってたのはごめんなさい。でも私たちは王都に悪い事をしに来たんじゃない。そこは分かってほしいの」
「ふうん」
ルードは顎に手をやり、何やら思案顔だ。
「混血ねえ。半端者の事をそんな風に呼んだのは、君で二人目だよ」
半端者って言葉は好きじゃないから言い換えたけど、普通の人間はそんな風に考えたりもしないって事なのか。
これは中々根が深いな。
今はその話をしてた訳じゃない筈なんだけど。
「面白い。良いよ、許してあげる。是非『勇者』の認定を受けてくれ、チカ」
何が面白いのか分からないものの、納得はしてもらえたようだ。
荷物は解いていない。
ルードの気が変わる前にさっさとお暇しよう。
「それじゃあ私たちはこれで。泊めてくれてありがとう。ニコル、行くよ」
「は、はい」
ニコルはそそくさと頭に布を巻き、私の隣でお辞儀をした。
「ちょっと、どこに行くのさ」
「え、だから王様のお城へ」
「ここだけど」
「え?」
「王城って、ここなんだけど」
ええと、ちょっと待って。
ここ、ルードの家って言ってたよね。
で、ここが王城?
「て事は、まさかルード」
「そう、余が王様」
ニコルが軽い悲鳴を上げて私の袖を掴んだ。
私だって叫びたい。
目の前のこの人がこの国の王様だったなんて。




