15.主婦、風呂に入る
ルード邸に着く頃には、すっかり暗くなっていた。
外出がバレたらいけないので通用口から、と通されたのは、どう見ても立派な豪邸の正門だ。
何せ暗くて良く見えないので全貌は分からなかったが、相当広い。
身なりから大体想像はついていたが、ここまでとは。
馬と毛玉のお世話は外でしてくれるというので預け、まず連れて来られたのは、私たちが寝泊まりする部屋だった。
キングサイズのベッドがひとつと、普通の家庭にある食卓程の大きさのテーブルにソファが置かれて、それでもまだ余裕がある。
部屋には、壁や天井の細部まで豪奢な彫刻が施してあった。
窓から下がるカーテンの刺繍も輝かんばかりの美しさだ。
「荷物を置いたら食事だよ。お腹空いたー、早く行こう」
ルードは逞しい外見に似合わぬ子供のような口調で話す。
この人一体何歳なんだろう。
喋らなければ二十歳前後、喋ったら十歳そこそこの印象と、見た目と中身のちぐはぐ具合が半端ない。
所作は洗練されていて優雅だし、ニコルに対する扱いも紳士だ。
ただ、私には割とぞんざいである。
ニコルは美人だし、彼女のおかげで窮地を脱したのだから扱いの差は当然かな。
「もし別々のお部屋が宜しければ仰ってください。用意させますので」
「いえ、そこまでして貰わなくても大丈夫です」
アルの方はいかにも執事という感じだ。多分執事なんだろう。
年の頃は元の世界の私と同じくらいか。
細身の神経質そうな美青年である。
二人を眺めていた私に、ニコルが言った。
「あ、あの、ベッドが一つしかないのですが」
「一緒に寝るのが嫌なら私はソファで寝るよ。あっちも寝心地良さそうだし」
「い、いえ! それなら私がソファで寝ます」
「んー、じゃあ一緒にベッドで寝ようか。大きいから二人くらい余裕でしょ」
「あ、あの……はい」
ニコルは赤くなって俯く。
女二人、別に恥ずかしい事じゃないと思うんだけど。
昨日も一昨日も同じテントで寝てたんだし。
「荷物置いたー? 先に行っちゃうよ」
ルードの声に慌てて荷物を部屋に置き、私たちは食卓へと案内された。
流石は豪邸の食事、高級フランス料理のフルコース的な内容だ。
何とかの何とか焼きとか、何やらの云々とか、耳慣れなさすぎて全く理解できない。
とても美味しい。
美味しいんだけど、正直ジュリアやニコルの手料理の方が好みだ。
そんな私は元の世界でも庶民でした。
「お風呂もあるから、食事が終わったら一緒にどうだい、チカ」
「え、お風呂あるの!? でも一緒にって、混浴?」
「いやいや、男女別だよ。ニコルは女の子だから一緒には無理だけど、君は一緒に入れるだろ」
ああ、私の扱いがぞんざいだった理由が分かった。
「あのー。私、女ですよ」
「え、そうなの!? 余はてっきり男だと。ねえアル、お前もそう思ったよね」
「はい、なのでお部屋も別が良いかと思い進言したのです」
ルードだけでなく、アルも私が男だと思ってたのか。
確かに脂肪より筋肉が目立つ体つきかも知れない。
胸も無い。
だけどそこまで男に見えるのか?
これは、メトロさんと『契約』したからなんだろうか。
うーん、メトロさんと……
……ダメだ!
物凄くいやらしい想像をしてしまった。
「もしかしてその見た目気にしてた? ごめんね」
心の中でもんどり打っている私を見て、男に間違われて落ち込んでいると判断したのだろう。
ルードは素直に謝ってくれる良い人だ。
勘違いだけど。
続けてアルも謝ってくれた。
「私も謝ります。失礼な事を申しました」
「あ、いえいえ。お二人に謝ってもらう程の事じゃないので。お気になさらず」
「そう? じゃあ、ニコルと入っておいでよ。うちのお風呂広くて中々快適だよ」
ニコルを見ると、あまり乗り気ではなさそうだ。
「ニコル、嫌なら私だけ入って来ようか?」
「え? い、いえ。チカさんが入られるなら、お伴します」
「無理しなくて良いんだよ」
「大丈夫です。背中、流させてください」
そこまで言われては仕方ない。
背中を流してもらう必要なんてないけど、一緒にお風呂に入る事にした。
そうしてお風呂に行ったのだが。
「ニコル、お風呂に入るんだから全部脱ぎなさい」
「で、でも……」
「でもじゃありません。私も背中流してあげるから」
「そ、そんな事してもらわなくても」
「だったら私も背中流してもらわなくて結構」
「そんな訳には」
「じゃあちゃんと脱ぐ」
「……はい」
服のまま浴場に入ろうとしたニコルに、私は全裸でお説教していた。
温泉の大浴場のように広いお風呂には、他に誰もいない。
だからといってお風呂に服のままは入れないだろう。
「先に行ってるね」
そう言い残して、洗い場に進む。
自分の体に湯をかけた。
少し熱めのお湯が気持ち良い。
メトロさんと一緒の時は近くの川に洗濯物と浸かるくらいだったし、旅の途中はニコルの魔法で身体が綺麗に保たれていたから、こちらにはお風呂という文化は無いと思っていた。
検問で止められた時はどうしようかと思ったが、ルードには感謝するべきだな。
「お、お待たせしました」
ニコルがこちらへやって来る。
いつもゆったりした服と頭を覆う布の余りで隠れていて全く気づかなかったけど、何て恵まれた体つきだろう。
出る所と引っ込む所が絶妙なバランスを保っている。
美しい容貌と相まって、絵画に描かれた女神のようだ。
「あ、あんまり見ないでください」
見惚れていた私に、ニコルが恥ずかしそうに言った。
「ニコルがあんまり綺麗だから、つい」
「そんな事言ってくれるの、チカさんだけです。背中、流しますね」
「うん」
ニコルは丁寧に私の身体を洗ってくれる。
時折背中に当たる柔らかい感触が悩ましい。
羨ましいなあ、一度で良いからこんな胸になりたかった。
ニコルの気が済んだ所で、交代だ。
背中に湯をかけてあげる時に気が付いた。
身体の各所にある傷痕。
随分前のものなのだろう。薄くて目立ちはしないが、身体中に傷めつけられた痕がある。
もしかしてこれを見られたくないから、服を脱ごうとしなかったのかな。
悪い事をしてしまった。
「ごめん、知らなかった」
その一つに触れると、ニコルはピクリと肩を震わせた。
「い、いえ。町に行ってからは誰にも見せていないので、多分誰も知りません」
「そう、なんだ」
今はもう存在しない村での生活がどのようなものだったか、容易に想像がつく。
それを、この子は今まで一人で抱えていたんだ。
六年前にそこから救われたのか、それともまだ苦しんでいる最中だろうか。
青い春を謳歌しても誰も文句を言わない年頃だというのに、何て大きな枷だろう。
何とかしてあげられると良いんだけど。
ニコルははにかむように笑った。
「こんなにしっかり私の事を見てくれたのも、チカさんが初めてです」
何だか、私はニコルから初めてをもらってばかりな気がする。
ニコルの未来の旦那さん、ごめんね。
ニコルがしてくれたのと同じように身体を洗ってあげて、二人で湯船に浸かった。
「はー、極楽極楽」
「何ですか、それ?」
「元の世界で、お風呂でくつろぐ時に言うんだよ」
「何かの魔法ですか?」
「まあ、そんなもんかな」
これを唱える事で気分が上がるんだから、間違ってはいないだろう。
ニコルは真面目に感心しているようだけど、まあ問題ないか。
お風呂から出ると、アルが待機していた。
家の中で迷ってはいけないからと、ずっと待ってくれていたらしい。
有難いやら申し訳ないやら。
お陰さまで、私たちは迷う事なく部屋に辿り着けた。
のぼせてしまったのか、ニコルの顔が赤い。
「明日も忙しくなるし、早いとこ寝ようか」
「は、はい」
フカフカのベッドに飛び込んでみた。
柔らかすぎて逆に寝辛いんじゃないかという程だ。
そりゃ掛け布団に飛び込んだらそうなるよね。
ニコルもベッドに上る。
二人して横になって、しばし見つめ合う形になった。
「あ、あの、チカさん」
「ん、何?」
「チカさんは、どうして私なんかにそんなに優しくしてくれるんです?」
私はすぐ前にあるニコルの青い髪を撫でた。
「私はこの世界の事を知らないからね。魔物の事も人間の事も」
小さな子供が差別をしないのと同じ、先入観が無かっただけだ。
きっとこの世界に産まれていたら、ニコルとこうして一緒にはいなかっただろう。
しかし「私なんか」って、やっぱり自己肯定感が低いよね。
もっと自分に自信を持ってほしい。
折角美人で恵体で料理が美味しい理想のお嫁さんなんだから。
そんな事を考える内に、眠気がやって来た。
何だかんだ、私も疲れていたらしい。
朦朧とする意識の中で、私は呟く。
「ニコルは、良いお嫁さんになる、と思うよ」
「だったら、私をお嫁さんにしてください」
ん?
今何か聞こえたような……
「んー、おやすみ」
「……おやすみなさい」
そのまま私は深い眠りに落ちた。
私も一度で良いから巨乳になりたいです。




