45話 姫の独白
「アリーセ様!なっ、何をしていらしゃるのですか!?」
体調が優れないからと、城で留守番をしているはずのアリーセ。そのはずなのに、彼女は何故か外に出てきており、健気に手を振っている。
体の方は平気なのだろうか。ゆづりが会釈をしつつアリーセを心配し出した彼方、イルゼは目の色を変えてアリーセの肩を揺すりだす。
「だ、大丈夫なんですか?こんなに急に動かれても?!」
「もう元気だよ!イルゼが過保護すぎるの!」
「で、ですが!」
「大丈夫!大丈夫だから!」
ワタワタと慌てふためいているイルゼ。そんな彼に押し掛けるよう、アリーセが声を張りあげていた。加えて手を必死に伸ばしてイルゼの口を塞ぎ出す。
なんだか想像よりもお転婆な人だ。王女と聞くから、もっと品があって慎み深い人なのかと思っていた。
想定と違う性格にゆづりが呆けていれば、アリーセがイルゼを押し退けてこちらに歩み寄ってくる。そして、親しみやすく両手を差し出し、握手を迫ってきた。
「はじめまして。私はアリーセ=カルクと申します。貴女がゆづりちゃんで、貴方がノア君、ですよね」
「あぁ、そうだよ。体は元に戻ったのか?」
「はい。すっかり元通りです。本当にありがとうございます」
アリーセはドレスの裾を摘まんで、ペコリと頭を下げる。前に見たイルゼの礼と同じように、育ちが良く洗練されているお辞儀だ。流石王女様といったところだろう。
ゆづりがへぇと感心した最中、ノアと握手を終えたアリーセがこちらに手を伸ばしてきていた。
「ゆづりちゃんもありがとう。お陰さまで助かりました」
「…いえ。お元気そうで何より」
ゆづりは無造作に前にあるアリーセの掌を掴む。すると、脳内に刺激が走り、デジャブを訴えてきた。
謎の手に火敵星に連れ込まれ、花畑に置いてけぼりにされたあの時の感覚を。二回目にノアと火敵星に降りた際に、首を掴んできたあの手の感触を。
「………え」
アリーセの手を握ったまま、硬直したゆづり。
その顔をアリーセは下から覗く。そして、気付いたかなと悪戯を仕掛けた子供のように笑った。
「うーん、バレちゃったかな?ゆづりちゃんを拐った手が、私だってこと」
「や、やっぱり……」
火敵星に降りた際にゆづりへ干渉してきた謎の手は、アリーセのものだったらしい。
下手な幽霊とかではなくて安心はする。が、納得は出来ない。どうしてそんなことをしてきたのか、一切の予測が立たないからだ。
ゆづりの心中にある質問に、アリーセも勘づいたらしい。彼女はイルゼとノアに「先に行ってて」と指示を飛ばして、イルゼとノアを遠くに追いやる。
そして、置いてけぼりになっていたゆづりの隣に並ぶ。
「私ね、全部知ってたんだ。イルゼのやったことも、イルゼの想いも、イルゼの苦しみも。全部、知ってたの」
「……えっ」
「うん。ずっと遠い昔からね」
「……」
なら、イルゼが苦しむ理由は何処にも無かったわけだ。
アリーセを想って、イルゼが真実を隠したいと願っていたとしても、本人が知ってしまった以上どうにもできないわけだし。
前提条件から覆ったアリーセの言い分に、ゆづりは意表を突かれ、返事に詰まる。
しかし、アリーセはゆづりの理解を気にしていないらしい。それでねと明るく口火を切り、話を続けていた。
「私はイルゼを慰めようとしたんだ。そんなに抱え込まなくて大丈夫だよ、私は平気だよって言いたくて。でも、呪いのせいで口が聞けないし、体もまともに動かない。だから、まず呪いをなんとかしたくてね。他の神ならどうにかしてくれるだろうなって思って、たびたび中継場に行ってたんだよ」
「……中継場にも来てたんですか?」
「そうそう。ゆづりちゃんも聞こえたんじゃない?火敵星の部屋で誰かがドンドンって暴れている音とかノックの音とか」
「あぁ、あれも…」
たびたび、誰もいない火敵星の部屋から壁を殴るような音がしていた。どうやらあの現象は、アリーセが引き起こしていたらしい。
これも下手な幽霊とかではなくて安心はする。が、理解は出来ない。意味が分からないからだ。
「……その、中継場に来ていたのなら、あんな幽霊みたいなことしてないで、まともに会いにくれば良かったんじゃ?そっちの方が神たちだって助けてくれたと思うし…」
「もちろん、私の体がまともに動いてたらそうしてたよ。でも、呪いで蝕まれた体じゃ、全然動けなくてね。全身を使って暴れて、大きな音を立てるのが限界だったんだ」
「……そうなんですか」
「そうそう。だから、とりあえず暴れ回って、部屋の様子を見に来た人を無理矢理王城へ連れて行こうとしたんだ。王城に来てもらえれば、状況が分かってもらえるんじゃないかって思ってね」
「なるほど」
「でも、肝心の魔法が上手く使えなくて。瞬間移動の魔法で王城に来てもらうつもりが、全然違う場所に拉致っちゃうし…私は私で気付けば王城で寝ちゃってたし…」
ゆづりはアリーセの手に触れた後、誰もいない花畑やら絶賛戦争中の戦場へと飛ばされていた。
どうやら、あれはアリーセの「一度行ったところならもう一回瞬時に行けちゃうよ」魔法が暴発した結果だったらしい。
アリーセの姿が中継場で確認出来なかったのも、魔法が暴走して城に戻ってしまっていたからなのだろう。
「ビックリしたよね。本当にごめんなさい」
「い、いえ平気です。ノアがいて、まぁどうにかなったので……。とにかく、お二人の仲が改善されて良かったですよ」
「ふふ、別にイルゼと仲違いしていたわけじゃないよ」
「そうなんですか?」
「うん。私が下手な呪いに足を掬われて、イルゼがちょっと人を殺して悩んでいただけだしね」
「……ちょっと人を殺してって。亡くなったのは貴女の家族でしょうに」
「そうだよ。でも、どうでもいいから」
アリーセはあっけらかんと笑う。
強がりではない。心の底から興味が無さそうな笑い方だった。
例えるなら、顔も名前も知らない人が、世界の裏側で寿命が尽きて死んだと聞かされたくらいの反応と近い。それくらい薄い笑みだ。
「イルゼが私のそばにいてくれる。そのこと以外に興味はないの」
アリーセの薄情さにゾッと鳥肌を立てるゆづりを差し置いて、彼女はムフフと音がつきそうな憎らしい笑顔を見せる。
その視線の先にいるのは、もちろんイルゼだ。ノアと口喧嘩でもしているのか声を荒げて顔をしかめるイルゼを、アリーセは楽しそうに見ている。
「……そう、ですか」
イルゼは事実を伝えれば、アリーセがイルゼを嫌った後に、自責に溺れてしまうのではないかと憂いていた。だから、ゆづりはアリーセのことを、弱々しく、周りのことを一に気にかける方なのかと思っていた。
が、実際のアリーセはそんな謙虚な人ではなかった。かなり自我が強く、イルゼのためなら倫理も道徳も捨て去る気概がある、強力な人だった。かなりイルゼに傾倒している、恐ろしいほど愛が重い人だった。
ゆづりがまたも想定と異なるアリーセの有り様に唖然とする最中、アリーセはマイペースに顔を覗き込み、笑みを湛えていた。
「ほら、ゆづりちゃんにもいるんじゃない?貴方のためなら、私は何でもするよっていう人がさ」
「……それは…」
いる。
ゆづりにも、その人のためならどんなことも出来ると言い切れるような、愛していた人がいる。
今のアリーセのようにまでとはいかないが、その人のためなら薄情にもなれる。そんな人が。
「……私にはいません。残念ですが」
しかし、ゆづりは首を振った。
アリーセに本当のことを言いたくなかった訳じゃない。
単純にもういないからだ。ゆづりにとって大切な人は、既にいないから、否定が正解だった。
「そっか」
アリーセは強く言及する気はないらしい。おそらく、気遣いなどではない。ただ関心がないだけだ。イルゼとは全く関係のないゆづりのことに、アリーセは興味を持っていないのだから。
しかし、アリーセは無関心をおくびにも出さず、上品に微笑む。そして、ゆづりの目の前に立つと、もう一度握手を誘ってきた。
「本当に色々とありがとう。今度は私たちが貴方たちのために手を貸すよ」
「ありがとうございます」
握手を終えたアリーセは満足げに踵を返し、イルゼへ駆け寄っていく。そして、トンと大きな背中を叩いて隣に並んだ。
途端、イルゼは分かりやすく頬を赤らめ、一気に口元が緩ませ出す。あからさまにデレていた。
「………」
アリーセとイルゼの望みは叶った。百年ぶりに愛を伝え合い、存分に手に入れた環境を楽しむことを許された。
なら、次はゆづりの番だろう。今度はゆづりの願いが成就する時だ。創造者を見つけるためのヒントを得るという、願いを。
ゆづりははぁと大きなため息をつく。そして、死んだ目でアリーセとイルゼの絡みを見つめているノアへと駆け寄った。
登場人物
ゆづり…主人公。八星を作ったとされる『創造者』を探している。
ノア…水魔星の神。ゆづりの創造者探しに協力してくれている。
アリーセ…火敵星の神。イルゼのことが好き。
イルゼ…火敵星の魔族。アリーセの眷属。




