37話 呪いを解く方法
イルゼからアリーセを治療することに承諾を得た後、ゆづりとノアはさっそく中継場に戻った。
もちろん、今回は隣にイルゼもいる。彼は眠っているアリーセをお姫様抱っこで支え、心なしか優しい顔付きで彼女の顔を見つめていた。
が、中継場に着くと早々、柔和な顔は険しい顔に変わる。
「な、なんだこの汚い部屋は!埃だけじゃないか」
「そう思うなら掃除しろよ。お前らの部屋だぞ」
中継場にある火敵星の部屋は、長年手入れされていないために埃だらけになっている。綺麗に掃除されていたイルゼとアリーセの王城と比べたら、ここは物置小屋よりも劣るのかもしれない。
部屋の汚さに今にも卒倒しそうになっているイルゼに対し、ノアはどかりと絨毯の上に腰を下ろす。そして、指を下に向けて床にアリーセを下ろせと指示していた。
「…………」
しかし、イルゼは汚い床にアリーセを寝かせるのが嫌らしい。少し、いやかなり躊躇った様子を見せた後、ようやくアリーセを床に寝させた。
不満気にするイルゼ。対称的にノアは満足げな顔を見せると、「よく聞け」と言い、二本指を立てた。
「呪いの解き方は大きく二段階だ。まずは、アリーセに一時的に神の座を降りてもらうこと」
「なぜ、呪いの解除に神の座を降りる必要があるんだ?」
「神は神になった時の身体のまま、金輪際変われないからだよ」
神の座を降りて貰わないと、体に変化は起こせない。つまり、アリーセが神になる前に掛けられた呪いも、彼女が神の身から解放されない限り解けることはない。
ゆづりが脳内で情報を完結させた隣、イルゼも理解したらしい。静かに「なるほど」と頷いていた。
「ということで、まずはアリーセから火敵星の神の座を譲ってもらおう」
ノアは「失礼」と断りを入れて、寝ているアリーセの額に人差し指を置く。
すると、彼女の白い肌から淡い光が漏れだした。まるで蛍が漂っているかのような幻想的な光が。
ゆづりは目の前に現れた美景に見惚れてしまう。が、微光たちは観客の意見など知らぬというように、そくささと一ヶ所に集まった。そして、部屋の中央に白い扉を作り出す。
「……これは…?」
マシュマロで出来ているのような、フワフワとした扉。水でも掛けたら溶けそうな、幻のような入り口。
しかし、儚い見た目とは裏腹に、かなり頑丈に出来ているらしい。ゆづりがちょいちょいと指でつついても、扉は揺れることしなかった。
「おい。この扉は何だ」
「アリーセの意識に介入するための扉だよ」
「……意識に介入?」
「あぁ。神の交代には、今の神が神を止めるという意思が必要なんだ。だから、お前がこの扉の先にいるアリーセと接触して、神の座を退いてもらうよう頼め」
「アリーセ様が神でなくなるなら、次の火敵星の神は誰がなるんだ?」
「いや、お前がなればいいだろ。アリーセの呪いを解き終わったら、もう一回アリーセに神の座を返せばいい話だしな」
一時的にイルゼが火敵星の神の座を預かって、アリーセを神の身分から脱却させる。
そして、アリーセの呪いが解けた後、アリーセに神の座を返せば、元通りになるという話だ。
「承知した。確認だが、アリーセ様に神の座を譲って貰えたら、ここに戻ってくればいいんだよな」
「その通りだ」
ノアはコクりと頷く。そして、もう説明することは無いから早く行けとでも言うように、白い扉を指差した。
「アリーセから神の座を得たら、すぐに戻ってこいよ。チンタラしてると、呪いが進行してそのまま死んじゃうからな」
「心得た」
イルゼはバッと力強く立ち上がる。そして、一直線に扉へと進み、金色のノブを掴んだ。
「行ってくる」
イルゼは驚くほど潔かった。躊躇いも懸念も何もない、騎士のような風格を持ってノブを捻る。そして、こちらを向くこともせず扉の先へ消えていった。
「早……」
あっという間にいなくなったイルゼ。
ゆづりはイルゼがたじろぐことなく前に進んで行ったことに、目を見開く。
が、ノアにとっては予想通りだったらしい。お気楽にはぁと欠伸をしていた。
「うっし、行ったな。あとは帰りを待つだけだ」
ノアは一仕事終えたというように、腕を空に伸ばす。そして、軽い足取りで立ち上がり、部屋を出ようとする。
が、床に寝たまんまのアリーセを見て、あっと小さく声を上げた。
「アリーセをここに放置したらさ、アイツ怒るかな」
「まぁ、プンプンすると思うよ。ここ、埃っぽいし…」
アリーセは傍にイルゼがいないことに気付いていないように、スヤスヤと寝ている。
こんな無防備な彼女を、長時間汚部屋に置いておくのは忍びない。何処か心地よく眠れる場所に連れていきたいところだ。
ゆづりが彼女を案じるような視線を送っていれば、ノアが「なら」と手を打った。
「アリーセをソファーに置いてくるよ」
「ソファー?」
「ほら、お前と初めて会った部屋だよ」
「あぁ、あそこか」
宇宙空間部屋の隣に、大きな広間がある。桃の歓迎会をした、広いスペースが。
確かにあそこにはソファーがあった。茶色だか黒だかの、四人くらい座れそうなヤツが置いてあるはずだ。
「俺様がアリーセを置いてくる間、ゆづりは釘を拾っておいてくれるか。アレ高級品だから、早くしまっておきたいんだ」
「うん。いいよ」
絨毯の上には、黒い釘が乱雑に捨ててある。火敵星に乗り込む時に使ったヤツが放置されているのだ。ノアの言う通り、早めに片付けておくに過ぎるだろう。
「じゃ、頼んだ」
「あ、ノア…」
ノアは早々にアリーセを抱き上げ、部屋を出ようとする。
が、ゆづりは彼のローブの裾を引いて、彼の足を止めた。ノアに聞きたいことがあるのだ。
『過去なんて簡単に隠せる』
『百年前のことだろ。誰もお前のやったことを目撃している人間はいない。みんなとっくに死んでるからな』
イルゼを説得する際に見せた、ノアの闇を。今までに見せたことのない、狂気を孕んだあの瞳の意味を。
「おー、なんだ?」
しかし、こちらを振り返ったノアの顔に禍々しさは一切無かった。痕跡すらも残っていない。
あるのは、いつも通りの悪戯っ子のような明るさだけ。青い目にもあの暗闇は一切なく、ハイライトが入ってキラキラと輝いているだけだった。
「……やっぱり何でもない」
「ははっ!何だよ、それ」
不自然極まりないゆづりの態度に、ノアはケラケラと笑う。勿論そこにも化物のようなおぞましさはない。
あれは本当になんだったのだろう。演技にしては熱が入っていたし、素にしては普段の態度から解離していた。もしかして、ゆづりの見た幻覚だったのだろうか。
気にはなる。が、今さら掘り返す勇気もない。だから、ゆづりは去り行くノアの背中を見つめるしかなかった。
補足
神になった人の死は、
①誰かを神にした後、その日から一年以内に八星のうちどれか一つの星を選んで転生する。
②誰かを神にした後、どの星も選ばないまま一年過ごしてその場で消滅する。
かの二択で訪れることが基本です。
なので、アリーセが火敵星の神を辞めてしまっても、一年以内にもう一度火敵星の神になれれば死ぬことはありません。
眷属であるイルゼも同じです。主であるアリーセが一度神をやめてしまっても、一年以内にアリーセがもう一度神になり、その上で再び眷属として選んで貰えれば死にません。
登場人物
ゆづり…主人公。八星を作ったとされる『創造者』を探している。
ノア…水魔星の神様。ゆづりの創造者探しに協力してくれている。
アリーセ…火敵星の神様。呪いにかかっており意識不明。
イルゼ…火敵星の魔族。アリーセの眷属。




