35話 集めたピースの完成を 上
呪いにより死へと堕ちていったアリーセ。彼女に執着していたイルゼ。謎に全滅しているアリーセの兄姉。そして、アリーセに渡された神の座。
そんなバラバラのピースが集まった時から、なんとなく予測は立っていた。
イルゼが倫理も道徳もない、最悪で簡潔な行動をしたのではないかと。
「…………」
イルゼは間違いなら名誉毀損にも程があるゆづりの言葉に、何も言って来ない。ただただ無言で色んな感情がごちゃ混ぜになっている黒瞳を、こちらに向けてきただけだ。
そんなイルゼの反応に、ゆづりも大きな反応はできなかった。だって、ほぼ確信していたのだ。やっぱり合っていたんだという、薄い感動も達成感も何も起こらない。
「ど、どういうことだよ。それ」
犯行の動機も聞き終えて物語の終盤を迎えたような雰囲気に、一人残されていたのはノアだ。
彼は全く何を聞かされているのか分かっていないようで、ゆづりとイルゼの間で目線をせわしなく変えている。
「ゆづり。説明してくれよ」
「うん……」
ゆづりが話してもいいのだろうか。チラリとイルゼの様子を伺うものの、彼は何も反応しない。好きに喋れと言っているようだった。
なら、ゆづりが説明しよう。ゆづりは頭の中で文章を構成してから、重い口を開く。
「アリーセは戦地に赴いた時、魔族に呪いを掛けられてしまった。その呪いは放置すれば、彼女を死に至らせてしまうもの……だから、貴方は必死にアリーセを治療し、呪いを解こうとした。彼女を助けるために」
「…………」
「だけど、アリーセは治らなかった。貴方は呪いを取り除くことは出来なかった。このままだとアリーセは死んでしまう。命を失ってきまう。……焦りに焦った貴方が目を付けたのは、神の座だった」
これも前半は事実だけで出来ている。反論の仕様がない。しかし、後半はゆづりの推理だ。合っている保証はない。
このまま進めても平気かと、ゆづりはチラリとイルゼを伺う。しかし、彼は俯くばかりで口出しをしてくる様子はない。
これはゆづりの話が合っていると見なしていいのだろうか。まぁ襲われない内に、ゆづりの見解を話しきってしまおう。
「神になった人は死ななくなる。だから、貴方は神の座をアリーセに継がせようとした。そうすれば、アリーセが亡くなるという最悪な状況は防げるから。
でも、その計画には問題があった。それは、アリーセに多くの兄や姉がいたこと。三女のアリーセに、神の座は譲渡される可能性はほとんどないこと。でも、それを打破する方法はある」
「………まさか、それが兄姉を全員殺すこと、なのか?」
「うん。死人は神にはなれないからね」
神になれるのは生きている人間だけ。
だから、神の座につくであろう生者を死者にしてしまえば、簡単に神の座を得ることが出来る。
アリーセの兄姉を殺戮してしまえば、三女であるアリーセに神の座が譲られたことにも支障はない。
本当に合理的なやり方だ。だけど、それは血も涙もない化物がやることで。
「お前…マジで?嘘だよな、まさか殺すなんて…」
普通の人には理解できない、理解してはいけないやり方だ。
案の定、ノアは卑劣に顔を歪ませ、イルゼを睨んでいる。まるで化物を見るのような、異次元なモノを嫌悪する目をもって。
しかし、イルゼはノアの目にも怯むことはない。長い腕を組んで沈黙を保つ。
「お、おい。何か言えよ!違うなら違うって…」
「合っている」
「え」
「あぁ、合っているよ。全てそこの娘の言う通りだ。……いや、厳密に言えば全部ではないな」
「……全部じゃない?」
「私が殺したのはアリーセ様の兄姉だけじゃない。アリーセ様を傷つけた魔族ども、城にいた多くの使用人たち……そして、『異端者』ことアリーセのお父様も手に掛けた」
イルゼの声には罪悪感も後悔の念もない。まるで事務報告をしているかのように、淡々としていた。
「…そう、なんですか」
アリーセの兄姉だけを殺したのだろうと思っていたから、せいぜい十人程度の殺人だと思っていた。
しかし、そんなもんじゃなかった。予想以上に大胆な殺人をしていた。十人どころか、優に五十人、もしかしたら百人近い人の命をイルゼは奪っているのかもしれない。
「お、お前、なんでそんなことを!」
押し黙ったゆづりに代わって、口を開いたのはノアだ。彼はイルゼを許さないとでも言うように、怒気を孕んだ顔でイルゼを睨んでいた。
「何人殺したんだ、お前は!」
「…私にとって大切なのはアリーセ様だけ。他のニンゲンがいくら死のうと知ったことではない」
「ふっざけるなよ!お前は良くても、アリーセはどうなんだよ。そんなことをして、アリーセが喜ぶとでも思ってんのか!」
「そんなわけがないだろう!」
ノアの怒鳴り声に、イルゼの声が重なる。ただでさえ大きいノアの声を描き消す彼の声は、喉を潰すことを考えていないくらい自暴自棄になっていた。
「……アリーセ様がこの事を知ったら喜ばない?そんなこと当たり前だろう。私のこともきっと許して下さらないのも、充分承知している。分かっている」
「な、なら、なんでそんなことしたんだよ。アリーセが嫌がること知ってて、どうして」
「死んで欲しくなかった」
「……は」
「アリーセ様に生きて欲しかった。楽しそうに笑って、安寧の日々を送って欲しかった。呪いに苦しみ、亡くなるなんてことなく、幸せにいつまでも生きて欲しかった」
イルゼの声は大声を出しすぎたせいか、所々掠れていた。しかし、声量はあり、口調もハキハキしているため、弱々しい印象はない。
それでも、彼の訴えは悲痛に突き刺さる。
好きな人が幸福に生きてて欲しかったという、シンプルで、人間誰しも持っていて、ゆづりがもっとも共感できる感情は。
「私だって、初めからあんな殺しをする気はなかった。穏便にアリーセ様を救おうとした。医者や魔法使いが彼女を治してくれたらそれでよかった。しかし、誰もアリーセ様を治せはしなかった」
イルゼの顔から、その時の絶望や失望が読みとれる。ノアのことをやけに毛嫌っているのも、過去に魔法使いが役に立たなかったことが起因しているのだろうか。
「ならばと、私はアリーセ様に呪いを掛けたヤツを殺そうとした。呪いは掛けたヤツを殺せば消え去るから、魔族を皆殺しにすればアリーセ様は助かると。でも、何人殺そうと呪いは解けなかった」
「……まぁ、呪いの術者の特定は難しいからな」
ノアは自分の実力不足だと吐き捨てたイルゼに、小さく首を振る。それは違うだろと慰めているようだった。しかし、彼は止まらない。か細い声で独白を進めていた。
「私が魔族とやりあっている間に、アリーセ様の呪いが完全に回ってしまう時間が迫ってしまった。このまま魔族を殺してても、アリーセ様が助かるか分からない。焦った私に浮かんだ案が、神の座をアリーセ様に渡すことだ」
「……でも、異端者に反対されたのか」
「あぁ。アリーセ様には神の座を渡しやしないと、はっきり告げられた。だから、殺した。そうでもしないと、アリーセ様が犠牲になってしまうだろう」
イルゼはしっかりとした口調で言い切る。まるで、そこに対して迷いはない、多くの人を手に掛けたことに後悔なんぞ無いと伝えるように。
しかし、すぐに「ただ」と呟き、上げていた腕を下ろす。そして、上がった視線が廊下の奥を捉えた。アリーセがいるであろう部屋を見つめるように。
「神の座をアリーセ様に渡した後、彼女は確かに生き延びた。しかし、呪いは解けないまま、話すことも動き回ることもままならない状態だった。加えて、王城には多くの死体と血しか残っていない。アリーセ様の血の繋がった方の……。そこでようやく我に返った。自分はアリーセ様にとって良くないことをしたのではないかと」
イルゼは薄く笑いながら、後ろの壁に背中を預ける。
無気力で脱力しきっているその姿は、最低なら最低だと吠えろ、笑うならいくらでも笑えとでも言っているようにやつれきっていた。
勿論、ゆづりは笑えない。とてもじゃないが、笑顔なんて出せない。ただでさえ固い表情筋を強張らせて、口を噤むしかなかった。
登場人物
ゆづり…主人公。『創造者』を探している。
ノア…水魔星の神。ゆづりの協力者。魔法の腕が良い。
アリーセ…火敵星の神。現在呪いに掛かっており意識不明。
イルゼ…アリーセの付き人。アリーセのことは好きだが、ゆづりとノアのことは嫌い。




