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異世界たちと探し人  作者: みあし
二章 火敵星編

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30話 釘と侵入 


 次の日の早朝、ゆづりは昨日立てた予定通りに家を出て、中継場に向かった。

 現在、ゆづりの右手には開発者の日記、左手には桃の手が入っている。桃は朝早く家を出ることに対して、充電しながらゲームしたいからと渋っていたが、何とか説得して連れてきた。


「じゃ、私は金時星に行くから。充電無くなったらまた声かけて」

「ん、バイバイ」


 桃は宇宙空間部屋の白椅子に胡座をかいた状態で手を振る。彼女の目はゆづりを写してはない。視界の全てを手元のゲームに吸い取られていた。

 このままだと、桃はゲーム中毒になるだろう。ゆづりは心配に思いつつも、止めることはしない。注意したところで殴られるのがオチだと読めているからだ。


「失礼します」


 ゆづりはそのまま寄り道もせず、金時星の扉を叩く。すると、この部屋の主である在監者から、「どうぞ」という返答をもらった。

 すかさずノブを回して部屋に入れば、時計だらけの部屋の中央、一つのパイプ椅子が置いてあるのが見えた。

 しかし、そこに在監者の姿はない。いつもなら、あの椅子に腰掛けているのに、今日は座っていなかった。


「あ、こっちだよ」


 在監者は何処だと視線を泳がせたゆづりに応えるよう、部屋の奥から声が響く。無造作にゆづりが声のする方へ目線を動かせば、数多の時計に埋まれるよう在監者が立っていた。

 

「これは……」


 在監者の手には、銀色のスパナが光っている。加えて、足元にはゼンマイや時計の針、バネやネジなどがばら蒔かれていた。

 彼の近くの壁に掛かっている時計も文字盤が剥がされているし、軽い工事でもしていたのだろうか。


「ごめんなさい、時計の修理中でしたか?」

「いいや、ちょっと見てただけだよ」


 ゆづりが出直した方がいいかと一歩下がれば、在監者は平気だよと言いながら散らばった小物たちを整える。そして、いつものオフィスチェアに腰を下ろすと、ゆづりのことを下から見上げた。


「で、本日はどのようなご用件かな?」

「これなんですけど…」


 ゆづりは教師に宿題を見せるかのように、開発者の日記を在監者に手渡す。そして、誰かによってページの一部が切り取られてしまっているため、その犯人を突き止めたいのだと告げた。


「へぇ。ずいぶんと綺麗に切られてるね。かなり周到なヤツだ」

「はい。多分、痕跡とかも残ってはいないんでしょうけど、念のためお願いしたくて…」

「分かった。試してみよう」


 在監者はあっさりと首を縦に振ると、胸元のポッケから時計を取り出し本の上に置く。

 すると、いつもならノイズが鳴り出し、映像も徐々に浮かび上がってくる…のだが、今回は何も起こらない。ただ古い本の上に金の時計が乗っかっただけの光景になっていた。


「うーん、残念だけど見れないねぇ」

「やっぱりそうですか……」


 こんなに丁寧な仕事をしていたのだ。指紋や髪の毛など残しているわけもない。そう分かっていたものの、やはり失敗したとなると少し落ち込む。


「ま、そんなに落ち込まないで。また何かあったら持ってくればいいだけだからさ」

「そうですよね。また持ってくると思うので、その時はよろしくお願いします」

「うん。待ってるよ」


 在監者は口角を上げて、手をヒラヒラと振る。

 相変わらず親しげで話しやすい雰囲気の人だ。とても他の神から嫌悪されていると信じられない程に。


「でも、あんまり頼りすぎるのも良くないんだよなぁ…」

 

 在監者に会うな。金時星には行くな。

 ノアの忠告が頭の中で反芻する。加えて、あの怒りで満たされている彼の顔も思い出された。


 ゆづりはノアの説教を無視する気はない。だけど、在監者に会いに行くのを止める気もない。過去を見れる時計が、創造者探しに便利なのだ。手離すには惜しい。

 

「ノアにはバレないようにしないと…」


 ゆづりは開発者の日記を衣服の下に隠して、廊下を進む。そして、ノアにバレないように地球へ帰ろうと足を進めて。


「あれっ」


 斜め前にある扉が少し開いていることに気づく。板チョコのような模様が施された白い扉は、紛れもなく火敵星のものだ。

 もしかして、また扉が開いているのか。

 ゆづりは淡い期待を抱きながら、扉に近寄く。すると、部屋の中で蝋燭に灯った火がゆらゆらと揺れているのが見えた。


「ノア…」

「おぉ、ゆづりか」


 揺らめく炎のそばにいたのは、統治者でもイルゼでもなくノアだった。

 彼は床に座り込み、火敵星に繋がる扉に向き合っている。首だけこちらを振り返った彼の口には、一本の釘が咥えられていた。


「おはよう。ゆづりも来てたんだな。開発者が残した本の翻訳でもしに来たのか?」

「うん、まぁそんなところ。ノアは何してるの?」

「俺様は扉を開けようとしているところたよ」


 ノアは左手で唇から釘を取り、右手に持っている金槌を使ってチョコレートの扉へ打ち込んでいく。かなり回数同じことをしているらしく、扉には優に二十を越える釘が刺さっていた。

 この釘で扉を苛めればまた火敵星に行けるのか。

 ゆづりは何か特殊な釘を使っているのかと、足元にばらまかれている釘を一本拾ってみる。しかし、地球の釘と何も変わらない様相と重さだった。


「これを刺せば、火敵星に行けるの?」

「あぁ、多分な」


 ノアはゆづりに釘を一本渡してくる。そして、トンカチも渡してきた。どうやら、お前もやれと行っているらしい。


 ゆづりは見様見真似で扉に釘を打ち込む。慣れていないためノアが刺したものと違い、曲がっていたり穴が少し大きくなったりしてしまっているが、妥協の範囲内だろう。

 丑時参りに似ているなと思いつつ、二本目の釘を手に取れば、ノアがゆづりの刺した釘に手を添えていた。


「ごめん。私のやったヤツ下手くそかも」

「いや、釘を直してる訳じゃない。魔力を注いでいるだけだ」

「魔力を注ぐ…?」

「そうそう。この釘を介して扉の奥に魔法を届ける。そしたら、まぁ、イルゼ辺りが出てくるはずだぜ」

「……?へぇ」


 なんで魔法を撃てばイルゼが来るのかは分からないが、聞いたところで無駄だ。どうせ魔法だからの一言で済んでしまうのだから。


 ゆづりがじっと釘を見ているのにも関わらず、ノアは淡々と人差し指で釘をこねくりまわしていく。

 これによって、扉の先で魔法が炸裂しているというが、こちらには波動も何も感じない。扉に耳を当て周囲の音を探ってもみたが、少しの音も靡いていなかった。

 本当にこんなので開くのかと怪しむゆづりのそばで、ノアは黙々と作業を進めている。普段からは想像も出来ないくらい勤勉で真摯な姿だ。


「ノア、今日は結構頑張るんだね」

「まぁな。色々気になるからな」

「それはそうだね」


 呪いにかかっているというアリーセは心配だし、彼女に対して謎の執着を見せるイルゼのことも何をしてくるか分からないため少し怖い。早め早めに対処するに越したことはないだろう。


 だが、それにしてもいささか熱があるというか、やけに真面目に向き合っている印象は残っている。 

 答えを貰ったのに、不可解そうな顔のままのゆづり。すると、ノアは「それにさ」と手を止めることはしないまま、更に説明してくれた。


「ほら、月祈星のこともあるだろ」

「………?これと月祈星が関係あるの?」

「もちろんあるよ。月祈星の崩壊を止めるために、俺様以外の魔法使いも必須なんだ。アリーセとイルゼはかなりいい腕の魔法使いそうだし、何とか協力してもらうところまで持ち込むつもりだぞ」


 喋っている間にも、ノアはトントンと釘を扉に叩きつけ続ける。その横顔は真剣に研ぎ澄まされていて、容易に触れることを許さないというような鋭さがあった。 


 彼はたびたび月祈星のことを気にかけているような素振りは見せていた。

 しかし、ここまで執念に取り組んでいたとは思わなかった。いつものズボラで適当な性格はむしろ飾りで、本質は計略高く頭脳派な人間なのかもしれない。


 こう改めて考えてみれば、ゆづりはノアのことをあまり知らないのかもしれない。いや、ノアだけじゃないか。ソフィーのことも、桃のことも、在監者のことも、たいして知らない。

 過去のこととか、人間時代のこととか、色々と聞いたら教えてくれるのだろうか。

 ゆづりがノアの横顔を伺った矢先、彼は急に「おぉ!」と叫び声を上げだした。


「ゆづり、来たぞ!」

「えっ、本当?」

「ホント!ほら!」


 ノアがドアノブを引っ張れば、黒いチョコレートの扉も対応して動いていく。

 本当に扉が開いたらしい。

 こんな裏技も使えたのだとゆづりは感心しつつ、扉に近づく。そして、出来た隙間を更に広げようと手を伸ばして。


「…あ?」


 急にゆづりの視界から光が消え失せる。そして、真っ黒に染まり、何も見えなくなった。

登場人物


ゆづり…主人公。八星を作ったとされる『創造者』を探している。

(トウ)…土獣星の神。マイペースな竜娘。

開発者…前前代地球の神。三大賢神の一人。

在監者…金時星の神。何か怪しい過去を持っているかもしれない。

ノア…水魔星の神。腕のいい魔法使い。

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