29話 竜とのデート
家の外は、夜風が涼しく散歩にはうってつけの気温だった。
ゆづりが心地よい環境に目を細めた隣、桃は風に煽られて乱れた前髪を直すこともせず、こちらを見上げた。
「で、どこに行くの」
「そうだな…」
外に出たはいいものの、これからどうしようか。ここは至って普通な住宅街のため、特に珍しいものも、訪れるべきところもない。
ゆづりは薄い笑いを浮かべながら、必死に面白そうなものを探す。しかし、土獣人の桃にとっては、地球にあるもの全てが珍しかったらしい。キョロキョロと首を動かしてモノを視界に映しては、目を輝かせていたのだから。
道路標識を指差し、地面に書いてある止まれを踏み、と些細なものに興味を示していた桃の足は、ありきたりな風体の公園で止まった。
「ね、あれなに」
「ブランコだよ」
桃の視線が捉えているのはブランコだ。何の変哲もない、古びたブランコ。
ゆづりの返事に、桃はへぇと気抜けた返事をして、ブランコに駆け寄る。そして、何を思ったのかチェーンをガチャガチャと鳴らしながら引っ張っていった。
ゆづりは何してるんだと、変わった生き物を観察するような目で見守っていたが、チェーンからピキリと嫌な音がすると同時、止めに入った。
「ちょっ、なにしてんの。壊れちゃうよ」
「は?壊すもんじゃないの」
「そんなわけないでしょうが」
ゆづりが手を引っ張れば、桃は不可思議そうにチェーンから手を離す。野蛮な娘に翻弄されたチェーンは、少し歪んでしまっている気もするが、気のせいだろう。きっとそうだ。
「桃、見てて」
「おー」
ゆづりは桃に正しいブランコの遊び方を実践して教える。すると、桃は大人しく従い、ギコギコとぎこちない動きで漕ぎ出した。そして、五回程度前後に揺れた後、真顔でゆづりを振り返る。
「な、これ何がおもろいの」
「………」
桃の真っ直ぐな疑問が、ゆづりに突き刺さる。あまりにも想定外な質問に、ゆづりは面食らってしまい言葉が出てこなかった。
ブランコの楽しさとはなんだ。遊具だから面白いんだとしか言えない。考えてみれば、滑り台も砂場も具体的に何が面白いんですかと改めて聞かれても、ゆづりは納得できる理由を話せないだろう。
ゆづりがなんで公園にブランコがあるのだろうと、謎の哲学にはまりかける中、桃は飽きたと言い放ち地面に降りていた。そして、遠くでふさふさと揺れる木々の塊を見上げる。
「ね、あれ森?」
「うん。そうだよ」
「お、行く!」
「えっ?ちょっ、待ってよ」
桃はパッとチェーンから手を離したと思ったら、勢いよく公園を出ていく。ゆづりは桃の破天荒さに圧倒され、しばし呆けた後、ダッシュで追いかけた。
先程、悪気なくブランコを壊そうとしたのだ。目を離した隙に道路標識や電柱をへし曲げてもおかしくない。
街を壊される前に桃を確保しないといけない。ゆづりが謎の使命感に駆られながら足を動かせば、桃は道路の真ん中で立ち止まっていた。
「桃、どしたの」
「森から血の匂い」
「えっ?」
「ゆづりの血の匂いがする。かなりの量の」
桃は眉間に皺を寄せ、鼻を押さえる。もちろん、ゆづりには何の匂いもしない。いつも通りなんと形容したらいいのか分からない、生ぬるい空気の匂いがするだけだ。
「これも親戚とかの匂いでいいの?」
「ん。同じ」
「なら、父とかだと思う」
「は」
「姉と父、ここで死んでるから」
今から数年前の夜、姉と父がこの森で亡くなった。
そのためだろう。ゆづりは森に行かないのは当然として、極力視界にも入れないように過ごしてきた。だから、こうして遠くから森の全体図を見るのも久しぶりだ。
「え、事故かなんか」
「うん。まぁそう」
ゆづりは言葉を濁して曖昧な返事をしたが、桃はへぇとぼやくだけで深く聞いてくることはなかった。
意外にもデリカシーや配慮の心は持っているらしい。素行は粗雑でヤンキーのようだが、根はやはり普通の人間なのかもしれない。
「帰ろ」
「えっ、もういいの?」
「ん。つかれた。代わりにおんぶして」
「それはできないよ、重いから」
「女の子に重いって言うな」
なんだか、前にもこんなやり取りをした気がする。
いつだったっけと過去を振り返るゆづりの横、桃は自宅に向かって歩き出していた。
ゆづりは急いで彼女の隣に並ぶ。桃はこちらを興味なさげに一瞥するだけで、何も言わない。
「…………」
「…………」
重々しい沈黙。無言かつ無表情の桃。不思議そうにこちらを伺う通行人。
あまりにも気まずい空間に耐えきれなくなったゆづりは、適当に咳払いをしたり、視線をあちらこちらにやったりしていた。
それでも、この空気はマシになるどころか、ますます悪化していったので、ゆづりは「あー…」と謎に言葉を挟んでから、桃に世間話を振っていた。
「土獣星はどう?神様に慣れた?」
「え、まだ星に降りてないから知らん」
「まだ降りてないの?」
「ん、危ないから。それに親族キライ」
「キライなんだ」
「そ、桃に指示してくるヤツ全員死ねばいい」
桃は真顔で物騒極まりないことを口走る。表情相まって冗談には聞こえないのが少し怖いが、指示を飛ばしてくる人間をうざったく思う気持ちは分からなくもない。
初めて見解が合いそうな予感に、ゆづりはふふっと思わず笑う。すると、桃がこちらを振り返り、唖然とした顔でゆづりを見つめてきた。
「桃?どうしたの」
「別に」
まとりつく視線にゆづりが首を傾げれば、桃はふいっと顔を背けた。そして、何事もなかったかのように前へ前へと進んでいく。
自分はあんなにジロジロ見られるほど、変な顔をしていたのか。恥ずかしくなったゆづりは自分の頬を軽くつねって、真顔に戻した。
「や、鍵開けて」
「はいはい」
家につくと早々、桃は部屋に駆け出す。そして、ゲーム機の前で減速してその場にしゃがむと、そっと電源に触れた。すると、充電は貯まっていたらしい。ピカリと画面が白く光った。
「おっ、電源ついた!」
「よかったね」
桃は画面と同じくらい目を輝かせ、地面に寝転ぶ。そして、大きな音を出してゲームをやりだした。
おそらく、これで桃は静かになる。今度こそ、ゆづりは日記の翻訳に全集中できるはず。
ゆづりははぁと息をつく。そして、さっそく続きに取りかかろうとして。
「ね」
「痛った!」
急に背後から頭を殴られた。
理不尽な暴力にゆづりは後ろを振り返る。すると、そこには相変わらずの不機嫌面の桃がいた。
急に殴ったというのに、悪びれる様子もない。ゆづりが桃の狂行に戦く側、桃はさっと腕を伸ばして、開発者の手記に人差し指を向けていた。
「ね、この本ページ抜けてるよ」
「えっ?」
「ん、見てみて。もう少し先、切れてるから」
「うそっ……いや、本当だ」
ゆづりがペラペラと紙を捲って確認すれば、最後から数ページ分の紙が無くなっていた。おそらく誰かが切り取ったのだろう。
切り口が綺麗かつ、そこまで違和感を出していなかったため、全く気付かなかった。
「よく気付いたね。すごいね桃」
「ふむ、褒めろ」
「偉い偉い」
桃はずいっと頭を差し出してくる。撫でてと言っているのだろうか。ゆづりは戸惑いつつも頭を撫でれば、桃はふんと鼻を鳴らした。
「ついでに切られたのは最近。切り込みがまだ鋭いから」
「そうなんだ…」
つまり、ゆづりがこの本を見つけてから、ページが切られた可能性が高いということなのだろうか。
言うまでもないが、ページを盗んだのはゆづりではない。だから、別の誰かが本を傷つけたのだろう。
「誰だ……?」
基本、日記は家に置きぱなしにしている。
だから、素直に考えれば母が犯人となるが、その線は薄いだろう。あの人はこんな細かい作業はまずしない。日記が目障りならそのままゴミ箱に投げるような人なのだから。
「あとは学校……」
授業中に翻訳を進めるために、日記を学校にも持っていっている。日記から目を離す機会も、体育の時間やトイレの時などかなり多い。だから、その隙にページを切り取ることは可能だ。
「でも、一介のクラスメイトが切るか…?」
人の机を漁り日記を盗み、綺麗にカットする。
いたずらにしては悪辣だし、そんなことされる理由もない。それに嫌がらせが目的なら綺麗に切らず、適当に千切るだろう。そっちの方が人の困っている顔が見れるのだから。
「………」
ありそうなのは、この日記に創造者の正体に関わる記述があるため創造者が人知れず切り取った、とかだろう。
しかし、それもおかしい。なぜ開発者が亡くなった時に処理せず、時間が経った今手を出したのかという謎が残るからだ。
「まぁ、在監者のところに行って見てもらえばいいか」
この日記に犯人の指紋等が残っているなら、金時星の機能を使ってページを切り取ったシーンが見れるはず。
正直証拠が日記に付いているとは思えないが、見てもらって損はない。
ゆづりは明日、もう一度金時星へ行こうと決め、日記を閉じた。
登場人物
ゆづり…主人公。八星を作ったとされる『創造者』を探している。
桃…土獣星の神。マイペースな竜娘。
開発者…前前代地球の神。三大賢神の一人。




