27話 裏から見守るヒト
金時星の部屋を出たノアは、後ろ手で扉を閉めるとゆづりを振り返る。そこには先程まで滲み出ていた嫌悪感はない。むしろスッキリしたような、解放されたような晴々しい顔をしていた。
在監者と離れられて嬉しそうだ。ゆづりがじっと彼の次の反応を伺っていれば、ノアは困ったように眉を下げた。
「色々とイルゼたちの事情は分かったが、肝心なところは分かんなかったな」
「うん、そうだね」
金時星の映像から分かったことと云えば、アリーセとイルゼの仲が良さげだったこと、アリーセが戦場へ赴き呪いに掛けられたこと、そして一人寂しく神の座を得ていたということだ。
大体のストーリーは掴めるものの、仔細が不明故に大した情報にはなっていない。
折角髪を盗んできたというのに、無残な結果だ。ゆづりが一人落胆していれば、ノアはまぁまあと宥めるように笑った。
「ゆっくり調べていこうぜ。時間は山ほどあるしさ」
「そうだね…」
そもそもイルゼとアリーセのことを知れたとしても、彼らとの関係が良好になるとは限らない。何度も王城へ通って、イルゼの警戒心を解くことが最優先だろう。
ノアのいう通り、一朝一夕でどうにかしようとするのが間違いなのかもしれない。
「じゃ、また扉が開いたら、一緒に火敵星に行こうぜ」
「うん。分かった」
ノアは自分の星で用事があるらしい。手短にさよならを告げて、水魔星へと戻っていった。
一方のゆづりは、火敵星に向かう。もしかしたら扉が開いているのではないかと思ったのだ。
「ダメかぁ…」
しかし、ゆづりの淡い期待に反し、扉は固く閉まったまま動かない。火敵星に行くには、また扉が開くのを根気強く待つしかないらしい。
イルゼはともかく、アリーセの方はこちらに害意はなさそうだったから、待っていればいずれ開けてくれるだろう。
そう考えたゆづりは未練もなく埃の舞う部屋を出る。そして、さてこれから何をしようかと考えて。
「いや、理解者と翻訳やってたんだ」
火敵星に行く前に、理解者と共に叛逆者の手記の修復兼翻訳をしていたことを思い出す。
ちょっと見てくると彼に伝えてから、すでに数時間経ってしまっている。かなり長い間放置してしまったことに、あの神様は怒っているのだろうか。
ゆづりは不安になりつつも木製の扉を押す。すると、理解者は穏やかに「おかえり」と手を振ってくれた。
「火敵星、どうだった」
「行けました。それで統治者に会ってきました。王族の姫が実は生きてたっぽくて」
「名前は」
「アリーセです。それと眷属はイルゼという名前だそうです」
ゆづりがアリーセの名を出せば、理解者は聞き覚えがあるのか顎に指を置く。そして、しばらくうんうんと唸った後、あっと電球がついたように明るく顔を上げた。
「その子、火敵星の家系図の中にいた」
「かけいず……?」
「前、君が持ってきたやつ」
「あっ」
一週間ほど前、火敵星の言葉でかかれた本を訳してもらった。それが確か王族の家系図だったのだが、創造者探しには役に立ちそうにないと判断したため、内容はとうの昔に忘れている。
ゆづりが脳を端っこへ追いやった記憶をなんとか中央に持ってこようとしている最中、理解者はあっけなく答えを示す。
「アリーセは三番目の女の子。上に兄が何人かいる」
「すごいですね。覚えてるんですか」
「つい最近のこと。忘れるほうが難しい」
「そ、それはそうですね」
暗にお前の頭が悪いだけだと言われ、ゆづりは少し落ち込む。
一方、理解者は特に害意があったわけではないのか、不思議そうな顔をして固まるだけだった。
「変なの」
「えっ」
「三番目の女の子なら、神になんて普通なれないのに」
「あぁそっち…」
理解者がさらに追撃を仕掛けて来るのかとひびっていたが、彼が疑問を抱いていたのは統治者のことだったようだ。ゆづりはほっとため息をつきつつ、理解者が示した疑問点に着目する。
「確かに火敵星の神の座には王様がつくから、普通だったら長男とかでしょうね」
「そうそう。統治者が神になった時に長男は死んでたの」
「……それは分からないです。でも、お兄さんの誰かは生きてました。お兄様が出陣すればいいとかなんとか言っていたので」
アリーセが神になった時の長男の生死は不明だ。
しかし、仮に長男が亡くなっていたとしても、アリーセには上に何人もの兄姉がいる。兄を何人かすっ飛ばして、さらに姉も二人飛ばして、三女であるアリーセに王座が渡される確率は極めてゼロだろう。
パッと考えて出てきた答えは、父である異端者が死に逝くアリーセを憐れに思い、神の座を譲ることで救おうとしたとかだが、一時の感情で今までの伝統をぶち壊すような真似が出来るのだろうか。
「アリーセが神になった時の、他の子供の生死は」
「それも分からないです。でも、兄姉が急に全滅するほど、魔族たちに追い込まれていた訳ではなさそうでした」
「へぇ」
兄姉が全員亡くなったのなら、アリーセが神になれた理由に説明もつくのだが、そんなことがあり得るのか。
急に魔族が猛攻を仕掛けてくるとか、災害が起こったとかでないと、おそらく厳重に守られていたのであろう王の卵たちを殺すことは出来まい。
ならば、どうしてはっきり言ってあまり高い身分にはない、アリーセに神の座が渡されたのだろうか。
「……まさかね」
疑問符だらけの頭の中に、ポンと一つのあらすじが浮かぶ。
しかし、それはあまりにも非人道的で、あり得ないと鼻で笑われるような突飛な話だ。ただ、あのトパーズに灯る執着心から、それは嘘でないと言われているような、そんな気もしていた。
「どうしたの」
急に黙ったゆづりを案じてか、理解者が顔を覗いてくる。
しかし、ゆづりは無言で首を振るに留めた。まだゆづりの空想に過ぎないのだ。人に話す必要もない。
ゆづりが次に火敵星に行った時、百年前のこと調べてきますとだけ返事をすれば、理解者はコクりと頷いた。
「じゃあ今度はボクの番。情報あげる」
「情報?」
「叛逆者の翻訳、終わった」
「えっ!」
理解者が手を広げれば、ピピが何処からともなく紙を加えて持ってくる。見覚えのある爛れた紙であるそれは、ゆづりが木黙星に持ち込んだ叛逆者の手記の燃え殻だ。
ゆづりが火敵星に行く前に三冊もの辞書を用いて日本語に翻訳していたものを、理解者は一人で終わらせてしまったらしい。
「すごいですね」
「ピピと頑張った」
理解者は肩に乗っているピピの頭を撫でる。すると、ピピは小さな羽をブンブンと降ってチュンと鳴いた。褒めろと言っているようで、ゆづりはありがとうと伝える。
「じゃあ、読む」
「はい。お願いします」
「一番、月。分かんない分かんない、無。……火。おそらく土か火。なんたらなんたら第三創造、何とか金、……時を戻す、……手星は壊滅」
「おぉ…?」
全文を翻訳されても、何を言っているのか、何を伝えたいのか頭に入って来ない。
ただ、月や火、土に金などといったフレーズが入っているため、八星に関係のある書類だとは分かる。それに加え、一番やら三番やら数字も入っていることを考えると、八星における何かの順番を示したものといったところだろうか。
「これ、何の順番なんですかね」
「さぁ。分からない」
歴代の神の人数順、面積の広さ順、狭さ順、人口密度の大小。色々思い付きはするが、これだというものは出てこない。
折角訳したのに徒労になりそうだなと、ゆづりが絶望する中、理解者は「でも」と口を開く。
「この文章も創造者関連だと思う」
「そうなんですか?」
「うん。叛逆者は創造者に対して異常な執着心を持っていたから」
「異常な執着心…」
「彼、ずっと創造者について調べてた。叛逆者の残した記録は全部、創造者のことか土獣星のこと。それ以外のことには興味を持ってない」
「そ、そんなにですか」
「うん。想像以上にしつこい」
理解者は無言で燃え殻を見下ろす。
古写真の中で紅玉の隣にいた柘榴はいかにも優しそうな人で、『叛逆者』なんて名前がホントにつけられたのか怪しく思っていた。
しかし、理解者の反応を見る限り、名前通り癖のある人物だったのかもしれない。
「叛逆者って、なんで創造者を探してたんですか?」
「儀式が気に入らなかった。で、止めさせようとした」
「へぇ……」
儀式というのは神座剥奪の儀のことだろう。確か、規定で神座剥奪の儀の遂行は絶対みたいなことが書かれていた。
叛逆者はその規定を変えさせるため、創造者を探していたのだという。
ソフィーに半ば強制的にやらされているゆづりとは違い、崇高な意思の元の捜索だったようだ。
「また、資料あったら持ってきてよ。ボクが訳すから」
「ありがとうございます」
理解者は、ゆづりに興味を無くしたらしい。淡々と今後の方針を指示すると背を向ける。そして、生ぬるい風と共に姿を消し、彼の本来の姿である木に戻っていた。
「…私も帰るか」
ゆづりもピッピッ喚くピピに促されるまま、木黙星から離脱した。
次話から日曜日の朝七時過ぎに投稿して行きます。
登場人物
ゆづり…主人公。八星を作ったとされる『創造者』を探している。
ノア…水魔星の神。ゆづりを協力者。魔法が強い。
アリーセ…火敵星の神こと『統治者』。呪いにかけられており体の自由を奪われている。
イルゼ…統治者の眷属。ゆづりとノアのことは嫌い。
理解者…木黙星の神。ありとあらゆる言葉を訳せる。
叛逆者…前々代土獣星の神。創造者について調べていたらしい。




