25話 神が生まれし時 上
薄れ行く意識の中でも、ゆづりは手だけはしっかりと握っていた。
その甲斐あって、目を覚ましたゆづりの手の中には赤い髪が光っていた。
「くっそ!また戻された!」
無事に遺産を持って帰れたことにほっと息をつくゆづりのそばで、ノアが苛立ちを隠さずに地団駄を踏む。またイルゼの糸に絡まれて、中継場に戻されたことに対してご立腹なのだろう。
つい最近も見た光景だ。ゆづりはデジャブだなと思いつつ、寝たまま薄く汚れた天井を眺める。
イルゼという男が何故か女の姿になっていて、無口な娘が死んだとされていた王族の生き残り、且つ『統治者』。
正体不明だった火敵星の神と眷属は見つけた。しかし、敵視されていて協力どころか、まともに城の捜索すらさせてくれない。
これだと、創造者についての情報を持っていそうな『理想者』の記録探しが滞る。どうにかしてイルゼと話をする場を設けるか、無力化してこちらを邪魔してくるのを阻止したいところだ。
「そういえばさ、呪いって何?」
増えた情報を纏める中、ゆづりはノアとイルゼが揉めた要因を思い出す。「呪い」とやらの話だ。
ノアとイルゼは呪いに対して共通の理解を持っていたが、ゆづりはそんなもの知らないため置いていかれていた。故に、なぜイルゼが急に怒り出したのかすらも、よく把握していない。
「呪いは魔法の一瞬だよ。普通の魔法は発動したらすぐに効果が出るんだが、呪いは違う。しばらく経ってから効果が出るんだ」
「なるほど。じゃあ、あの子は魔法に掛けられている最中だってことだよね」
「そうだ。ほら、アイツの腕に変な模様があっただろ。花みたいな変な模様。あれは呪いが掛けられた印なんだよ」
「あっ、確かにあったような気がする」
ぼんやりとアリーセのことを思い出せば、彼女のきめ細かい肌に小花をあしらった黒い模様があった気がする。
てっきりおしゃれでタトゥーを入れているのだと思っていたが、決してそういう訳ではないようだ。
「呪いってあんまり良くない魔法なんだよね」
「そうだな。呪いは最終的に掛けられたものを死に至らさせる。ジワジワと命を削って、五感を奪って……現にアイツが喋れないのも呪いのせいだろうよ」
「そうなんだ」
ノアは「統治者のことを治してやれば、アイツも少しは胸を開いてくれるかと思ったのにさ」とぼやく。
何で呪いを解くなんて言い出したのかと思ったら、イルゼと話をするきっかけが欲しかったらしい。
確かにイルゼはアリーセには過保護というかデレデレだったため、そこに漬け込むのは悪くない交渉だと思う。なぜか拒否されてしまったが。
「なら…何でイルゼはアリーセの治療を拒否したんだろうね」
「さぁな。理由はあるんだろうけど」
今の百害あって一利なしの状態から、アリーセを助けられるチャンスというのに、イルゼは拒絶した。
理由を考えれば、いくつかそれらしい動機は見つかる。
アリーセが自ら望んで今の状態になったから、とか。イルゼがアリーセに呪いを掛けているから、とか。もうすでにイルゼは解決の糸口を見つけているため、他の人の手助けは不要だから、とか。
しかし、考えたところではっきりとしたことは分からない。ゆづりはイルゼについても、アリーセについても何も知らないのだから。
だからこそ、ゆづりは今も拳を握りしめているわけで。
「それで、ゆづりはなんで手を握ってるんだ。ケガでも負ったか?」
「ううん、違うよ。髪の毛を持ってるだけ」
「か、髪の毛?誰の?」
「統治者の。役に立つかもしれないから、持って帰ってきた」
ゆづりはノアの目前で髪の毛を摘んで揺らす。キラキラと光る赤い髪の毛は、一本しかないのに綺麗だ。かなり手入れしているのだと伺える。
ノアはゆづりの発言が意外だったのか、少しポカンとした顔をしていた。しかし、すぐに「在監者か」とゆづりの意図を汲み取り、嫌な顔をして見せた。
「ゆづり。お前、金時星の機能を使う気なのかよ」
「うん。過去を見れば、何で呪いに掛かったのかとかも分かるかなって」
「凄いな。よくその発想が出たな」
「何か言いたそうにしてたから、あの子」
ゆづりはぼんやりとアリーセの瞳を思い出す。少し曇ったエメラルドの目に宿っていた、確固とした目を。
彼女は間違いなく、何かを話そうとしていた。しかし、彼女は喋れない。声を出せない。
だから、ゆづりはアリーセの髪の毛を取った。彼女の言いたいことを過去から探るために確実な手を取った。
「過去を見れば、あの二人のことも分かるかもしれないなって」
それに、口から出た言葉は嘘が交じる可能性がある。一方、記録は嘘をつかない。
イルゼとアリーセのことは、本人から聞くよりも、時計を使って過去を覗いた方が、どう考えても確実だし楽だ。
ゆづりの対応は、ノアの呪いを解くことで好感度を上げて、話し合いに持ち込もうとする姿勢とは少し違う。だから、ノアが何か言ってくるかと思ったが、彼はそうだなとあっさり引き下がった。
「アイツに関わるの前提なのはイヤだけどな」
「そんなに怖いの?聞いたら犯罪とかはやってないって言ってたよ」
「バカ正直に犯罪歴語る犯罪者はいないだろ」
「そ、それはそうだけど…」
ノアの指摘通り、在監者が嘘を言っていないという保証はない。もしかしたら大量殺人を行った非道な人なのかもしれないし、詐欺師として多くの人を騙した犯罪人なのかもしれない。
しかし、それでもゆづりにとって問題はない。万が一、彼が錯乱してこちらに襲い掛かって来ても、ゆづりは死なない身だ。特に問題はない。
「気乗りはしないが、まぁ行くか。折角取ってきてくれたんだもんな」
「うん」
ノアは嫌そうにしていた顔を崩すと、埃まみれの部屋を出ていく。ゆづりも髪の毛をしっかり握りしめて後に続いた。
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「へぇ、色々あったんだねぇ」
金時星について早々、ノアが在監者にこれまでの経緯を説明した。
火敵星の神が見つかったものの、呪いによって意志疎通が出来ない。だから、治療しようとしたら彼女の眷属の男に邪魔され、中継場に戻された。そこで自分達はなぜ邪魔されたのか知りたくて、在監者の元を訪れた、と。
かなり聞き応えのあるストーリーのはずなのだが、在監者はあまり興味がないようだ。彼は話を深掘りすることも質問もすることなく、淡々とノアの話を聞いていた。そして、最後に感想とでもいうように、冒頭の台詞を感情も何も乗っていない声で吐いたのだった。
「でもまぁ少し驚いたな。異端者のお子さんが生きてたとはねぇ。アイツは何を見てきたんだか」
「さぁな。流石に全員は見て回れなかったんだろ」
「アイツ?」
「異端者の様子を見に行ったヤツのことだよ。結構前の月祈星の神が見に行ったんだ」
「へぇ」
異端者が中継場に姿を見せなくなった時、彼を探しに火敵星へ降りた神がいたと、理解者から聞いた。二人はその人の話をしているらしい。
スボラなヤツだっただの、変なヤツだっただの、ノアと在監者が言い合うのを傍観していれば、話に一区切りついたらしい。在監者は胸元に下げていた時計を手に取り、チェーンを指に絡めて回し出した。反対の手にはゆづりが渡した赤い髪が纏わりついている。
「じゃあ、さっそく見ようかって言いたいところだけど、見たい部分を聞いておかないとね」
「見たい部分ですか」
「そうそう。一から百まで見てたら百年以上かかるでしょ?だから、見たい所だけ写そうかなって」
在監者の言う通り、統治者の人生全てを見ていたら百年以上かかる。
ゆづりは統治者の生まれや育ち、毎日の過ごした方などには興味はない。ただ、呪い云々の所や神になった時のものを見たいだけなのだが、それが統治者が何歳の時の出来事なのかは知らない。
返答に詰まるゆづりの代わりに、ノアが不意に「百年前を見せろ」と在監者に答えていた。
「百年前か。何かあった日なのかい?」
「異端者が中継場に姿を見せなくなった時代だ。おそらくそのへんで統治者が神になったんだろう。それに統治者が呪いがかけられたのも、それくらいだろうしな」
「へぇ、なんで断定できるんだい?」
「神は神になった時の姿から、容姿は絶対に変わらない。だからアイツの腕の痕も人間時代…神になる前に出来てないとおかしいだろうが」
「ははっ、なるほどね!」
在監者は感心したように手を叩く。ゆづりも理路整然なノアの説明に思わずおぉと声が出ていた。
しかし、ノアの機嫌はかなり悪そうだった。在監者に対して敵意や嫌悪感を隠すこともなく、早くしろと手を回す。
本当に在監者のことが気にくわないのだと、誰が見ても分かるくらいありありと現れていた。
在監者も嫌われていることを自覚しているのか、無言でフツフツと喉で笑いながら、時計の針を回す。すると、ザーザーとラジオが繋がった時の音が鳴り始めた。
登場人物
ゆづり…主人公。八星を作ったとされる『創造者』を探している。
ノア…水魔星の神。ゆづりを協力者。魔法が強い。
アリーセ…火敵星の神こと『統治者』。呪いにかけられており体の自由を奪われている。
イルゼ…統治者の眷属。ゆづりとノアのことは嫌い。
異端者…前代火敵星の神。アリーセの父親。
在監者…金時星の神。多くの神から疎まれている。




