24話 生き残りの娘
「あ、あなたは…」
部屋を開けた先、ゆづりの視線の先にいるのは一人の娘だった。
林檎のような艶のある赤髪。それを飾る赤薔薇を模した髪飾り。夏を閉じ込めたような新緑の瞳。その中に光る緑の差し色。
周りの家具に比べると質素で動きやすさを重視したようなドレス。細い薬指に光る小さな宝石。日に当たっていないのか、異常に白く細い腕。そこに刻まれた黒花の刺青。
一目見ただけの人でも恋に落としそうな、可愛らしい娘だ。
しかし、ゆづりにとっては娘の愛くるしさよりも目を引くものがあった。それが。
「あの…」
ゆづりを見ても何も言わないこと。加えて反応もしないこと。
娘は無垢な瞳を瞬きさせて、ゆづりの腹に抱きつくだけだった。まるで他の火敵人たちと同じく、ゆづりのことが見えていないように。
しかし、それだとおかしい。娘はこうしてゆづりの腰に抱きついているのだから。
「ゆづり!」
腰に手を巻き付けてくる娘にゆづりが戸惑い固まっていると、背中からノアに声が掛けられた。
ゆづりが咄嗟に振り返れば、ノアがヒラヒラと手を揺らしていた。近くにあの男の気配はない。どうやら今回はノアが勝ったらしい。
「その娘はなんだ?なんか懐いてるけど」
「分かんない。喋んないから」
ゆづりがノアに娘を見せれば、彼はふーんと見定めするように隣にしゃがんだ。そして、脈でも確かめるのか娘の首に手を伸ばして、不意に止まる。
空中で釣られたかのように停止するノアの腕。ゆづりがどうしたのかとノアの顔を覗けば、彼は呆然と目を丸くさせ娘の目を見ていた。
「まさか…お前…『異端者』の娘か?」
「…娘?異端者の子供は全員死んでいるんじゃないの」
「それはそうなんだが、この子の髪と目の色、それに顔立ちが異端者とそっくりなんだ。親族としか思えない」
ノアは化物でも見るかのように娘を見下ろす。
ゆづりは異端者がどんな顔をしているのか知らないため、どれくらい似ているのかも分からない。ただ、ノアがこんなに驚いていることから、かなり似ているのだろうとは思われた。
「それにこの子…」
「触るな!」
ノアが更に何かを言い掛けた途端、唐突に背後の扉がバンと開かれた。同時、腰まである黒髪を乱した女が部屋に入ってきた。
見覚えのない人物に困惑するゆづりと、咄嗟に指を向け牽制するノア。
しかし、女は二人のことなど見てもくれない。彼女はゆづりの腰にコアラのように抱きついている娘を引き剥がすと、己の胸に抱き寄せた。そして、譫言でも言うように「アリーセ様、アリーセ様」と繰り返す。
「だ、誰?この人…」
「イルゼ。さっきの男だ」
「あの人なの?!」
ノアはもう起きたのかと感心するように女…イルゼを見下ろす。ゆづりはなんで容姿が異なっているのかと不思議に思いつつ、ノアの後ろに下がった。
「なぁ、イルゼ。その子って異端者の娘か?」
「……そうだ」
「なら、今の火敵星の神はコイツなのかよ」
「そうだ」
イルゼはこちらを見もしない。腕の中にいるアリーセに全意識を奪われているようだった。それでも律儀に返事はしてくれたため、情報は纏まる。
この娘が、百年間行方不明だった火敵星の神『統治者』であると。
「ノア…」
「あぁ、嘘はない。この娘が『統治者』なのは確定だ」
イルゼの心を読んだであろうノアも、与えられた情報が確かだと首肯する。
彼の反応により、イルゼの話したことを完全に信頼したゆづりは、まじまじと娘を見つめる。
すると、その視線が不愉快だったらしい。ジロリとイルゼに鋭い目を向けられてしまった。
「彼女が神だからなんだ?何か貴様らに支障があるのか」
「いや、ないよ。気になっただけだ。興味感心ってやつ」
「なら今すぐ出ていけ。ここは愚民が入る場所じゃない」
「あいあい分かったよ。俺様は二人に干渉しない。なんで中継場に今まで来なかったんだとか、色々聞きたいけど我慢する。でも、一ついいか?」
「なんだ」
「その娘、呪いにかかってるぞ」
ノアは娘を指差す。そして、憐れむような視線まで送った。
呪い。急に何の話だ。突拍子もない単語に、ゆづりは戸惑う。
しかし、イルゼの反応は異なっていた。図星をつかれた言わんばかりに目を張り、はっと小さく息を呑んでいたのだ。
その反応を快く思うよう、ノアがフツフツと笑う。
「その様子だと気づかなかったって線はないな。なんで放置してるんだ?」
「………」
「治せないから放置しているんなら、俺様が治してやるよ。せっかく会えたんだ。神様のよしみでやってやる」
「………」
ノアは馴れ馴れしくイルゼに近寄り、手のひらを広げる。敵意はない。そう示しているようだった。
イルゼもそれは理解しているようで、迫ってきたノアに攻撃はしない。静粛さを保って、探るような視線を送るに留めていた。
統治者は呪いとやらにかかっていて、ノアがそれを解こうとしている。
詳しくは分からないが、大体はこんなところだろう。とにもかくにも、イルゼには一切デメリットはない話のはずだ。
これで少しはイルゼがこちらの話を聞いてくれるようになるだろうか。ゆづりがそう期待した直後。
「断る」
イルゼは再びトパーズの瞳に殺意を灯すと、手を向けてきた。直後、油断していたノアの体が糸に捕らわれ足元を掬う。
「ちょ…!」
糸に侵食されて、白に染まっていくノア。彼は突如敵意をぶつけられたことに反応しきれなかったらしい。反射的に伸ばした手は空を切って、床に落ちていた。
そして、ゆづりが瞬きを一回してしまった後には、ノアはもう何処にもいなくなってしまっていて。
「う、そだ…」
「次は貴様だ」
姿を消したノアにゆづりが呆気に取られた隙、イルゼの指が向けられる。刹那、爪先から糸がわき出て、ゆづりの首を絞めにかかった。
「くっそ!」
このままだと、また中継場に戻される。『創造者』についての情報が何も掴めずに終わってしまう。イルゼとの敵対関係が解消されずになってしまう。
最悪だ。このままノコノコと帰れるものか。
ぶつける行方の無いやるせなさにゆづりが悶える最中、アリーセと目が合う。こうもゆづりが激情に駆けれていても、彼女は相変わらずの無言だった。
しかし、目は違う。まるでゆづりに言いたいことがあるかのように、真っ直ぐに視線を向けていた。
どうした。何が言いたい。伝えたい。
ゆづりは必死に頭を回す。しかし、アリーセの言いたいことなんて分かるわけがない。話せないのだから。話したこともないのだから。
だから、ゆづりは彼女に対する違和感を忘れようとして。
「……そっか」
テラテラと艶を放って光る彼女の髪に、諦めを捨てる。そして、次の瞬間には、ゆづりはイルゼの方に飛び込んでいた。
「貴様、何を…!」
イルゼは攻撃を仕掛けたのに、ゆづりが自分の方へ寄ってきたことに意表をつかれたらしい。はっと小さく声を洩らして、目を見開いていた。
しかし、ゆづりの指先がアリーセの髪に触れた瞬間、怒りで我に返ったらしい。無防備だったゆづりの頬を、虫でも払うかのように叩きのめした。
「いってぇ」
痛みは無くとも衝撃は残るため、ゆづりの視界はブレる。だから、口からはらしくもない雑な言葉が飛び出ていた。
ただ、殴るには少し遅かったようだ。ぶたれる直前、ゆづりはすでにアリーセの赤髪に指を絡めて、髪を抜き取ってしまっていたのだから。
「貴様…!」
イルゼの怒鳴り声が耳を刺す。そして、声が遠くなり、遠くなり、気づいた時には、ゆづりの意識は途絶えていた。
登場人物
ゆづり…主人公。八星を作ったとされる『創造者』を探している。
ノア…水魔星の神。ゆづりを協力者。魔法が強い。
『異端者』…前代火敵星の神。百年前、唐突に姿を眩ました。
イルゼ…火敵星の神である『統治者』の眷属。ゆづりとノアのことは嫌い。




