21話 二度目の侵入
火敵星へと繋がる扉が開いている。ほんの僅かの隙間だが、確かに扉は開いている。
まさかこんなに早く開くとは。少なくとも一週間程度は待つ必要があると思っていたのに。
思いがけない幸運に、ゆづりは反射的に扉の奥へ飛び込もうとして。
「いや、誰か呼んだ方がいいのか」
キュッと足を止め、手を壁に添えた。そして、廊下の方を振り返る。
火敵星は魔族と人間が争っている危ない星だ。現にゆづりもその戦禍にのまれ、散々な目に会いかけた。だから、用心棒を兼ねてノアを呼んでくるのがベストだろう。
しかし、彼を呼びに行く間に扉が閉まってしまう可能性がある。折角出来たチャンス。無駄にはしたくない。
「……いーや、行こう」
ノアを呼ぶと自力で行くを天秤にかけた結果、後者に傾いた。
ゆづりは雑念を払うよう首を振る。そして一気に体を扉に投げ込んだ。その直前に。
「おい。待て」
誰かに腕を捕まれ部屋に戻された。ゆづりが目を白黒させて振り返えれば、視界の恥に黒いローブが写った。ノアだった。
「俺様を置いてくなよ。一人で行くのは危ないだろうが」
「ノア。いたんだ」
「あぁ、ずっと気にしてたからな。こんな早いとは思わなかったけど」
「じゅ、準備は?今は全力を出せるの」
「もちろん。こっちは準備万端だ!」
ノアは耳に下がっているイヤリングに触れる。三角形の形をしたそれは小さいものの、明るく紫色に光っていた。同じく彼の指に飾られている指輪もいつもより少し鮮やかに見える。
これが強くなるための準備なのか。ゆづりがまじまじと彼を飾る品を見つめていれば、ノアがゆづりの手を取った。
「じゃ、気を取り直して行こうぜ」
「うん」
ノアが扉の向こうへ飛び込む。同時、彼と手を繋いでいる自分も火敵星へ引き摺りこまれた。
大丈夫だ。今回は離ればなれになることはない。得体の知れない手ではなく、知り合いであるノアに手を捕まれているのだから。
ゆづりがそう安心して、目を瞑った直後。
「……ね、……」
耳元で囁き声がした。ノアの声とは乖離している、可憐な女の子が呼吸まじりに言葉を吐いている声が。
唐突に耳に吐息がかかった衝撃から、ゆづりの思考が止まる。その隙に声の主であろう人に首をそっと掴まれた。そして、そちらに連れていこうというように、引き寄せられる。
「ちょ…」
誰だ。この手はなんだ。彼女は何をしようとしているのか。
さまざまな疑問が浮かんでくるが、全部後回しだ。まずはこの手を払って逃げないと。
ゆづりは手から逃れようと首を振る。しかし、手は離れない。何かを伝えようとしているように、訴えているかのように、力が強い。
「ゆづり!」
確固とした意思の感じられる手に、ゆづりは背後を振り返る。しかし、止められた。異変に気付いたノアが、ゆづりの手を強く引いたのだ。
「ノア…」
「ぼっーとすんな!じゃないと…」
ノアの声が途切れる。彼とはぐれた訳ではない。手は繋がっている。おそらく、五感が麻痺しているだけなのだろう。
何も見えないまま、聞こえないまま、前に進んだ後に暗闇は晴れた。そして、けたましい騒音が再起動したゆづりの耳を刺し殺した。
「ここは……」
「どこだ?」
怒鳴り合う人、飛んでくる血飛沫、折れた剣、転がっている躯。
目を開けて早々、凄惨な景色で埋まっていた己の視界。ゆづりが戸惑いと畏怖から声を出せば、そこに聞き慣れた声が重なった。
反射的にゆづりは隣を向く。すると、そこには顔をしかめて辺りを見渡しているノアがいた。
「ねぇ、ノア。ここって…」
「……なるほど戦場か」
「え」
「ゆづり。ここにいたら巻き込まれる。逃げよう」
ノアはゆづりの方を向くと同時、ずいっとこちらに身を寄せた。そして、ゆづりがたじろぐ間も作らず、指輪で飾られた指をゆづりの腰に回す。
「えっ、あっ、何?」
「動くな。離れ離れになるぞ」
ノアの真剣な面持ちに、ゆづりは息を殺して体を硬直させる。そして、導かれるまま彼の胸元に顔を埋めた。
何が起きているのか良く分からない。いや、一から百まで全く分かっていない。それでも、今いる場所がマズいこと、ノアに従っておけばどうにでもなることは分かる。
ゆづりがノアの服を掴んだ直後、周りの景色がグニャリと歪む。そして、小さく風切り音がしたかと思うと、目の前の景色が一変していた。
死で満たされていた戦場から、生き生きとした人で溢れる商店街に。
「これって…」
「『一度行ったところなら即座にもう一回行けちゃうよやったね』魔法だ。凄いだろ?」
「……瞬間移動ね」
きゃっきゃっと笑いながら目の前を通りすぎていく子供を片目に、ゆづりは状況を理解する。そして、危険な戦場から安全な町に避難できたことにため息を吐いた。
「おーい、大丈夫か?」
「うん。平気」
星に降りて早々、訳の分からぬ少女に首を締め上げられた挙げ句、戦場に送り込まれるというショッキングな体験をしたゆづり。
今はもう安全な場所にいると理解しているが、奇妙な感覚が首にはびりつき、戦場で響いていた怒号が耳の奥でつんざいている。
「おいおい、本当に平気か?ヘロヘロしてんぞ」
「……そういうノアは元気そうだね」
「あぁ。俺様は戦場には慣れてるからな」
「……そっか」
ノアの管理している星、水魔星は魔法使いと普通の人間の間で戦争が勃発していると聞いている。だから、神であるノアは長年見てきたのだろう。人と人が争い、憎しみ合い、殺し合う。この世の終わりのような光景を体が覚えてしまうほど多く。
ゆづりは彼に対する思慮の足りない発言をしてしまったことを申し訳なく思い、口を閉ざす。
しかし、ノアはそこまで繊細な心の持ち主ではないらしい。薄く浮かべていた自嘲はすぐに取り消し、いつものように明るく無邪気な笑みを浮かべていた。
「ま、とりあえず王城行こうぜ。そんで適当に用件を済ませて、こんな危なっかしい星からは撤退しよう」
「うん」
ノアはローブを翻し、建物の隙間から姿を見せている王城へと歩き出す。ゆづりも、気分を切り替えて彼についていこうと、前を向いて。
「ゆづり行くな!」
不意にノアの腕で進路を塞がれた。加えて、肩を強く押されて後ろへ押し出される。
「ノ、ノア?どうしたの?」
「前方十メートル先不審物発見」
「え?」
「ほら、前。じっくり見てみろよ」
ノアは緊迫した様子で前の道を指差す。赤いレンガで敷き詰められた、メルヘンチックな道を。
一見すると何の変哲も無い道だ。しかし、ノアの指示通り目を凝らせば、道の中央にキラキラと何かが光っているのが分かる。
白くて、細長い、まるで蜘蛛の糸のようなものが。
「まさか…」
「あぁ。アイツは本当に俺様たちのことが嫌いらしいな」
ノアが挑発的に口角を上げる。直後、道から白い糸が這い出てきて、こちらに迫ってきた。
間違いない。王城にいたあの男が、こちらに攻撃を仕掛けているのだ。
「な、なんで…?」
「さぁな。でもまぁ、とりあえずやるぜ」
大量の糸がそれぞれ動き回る姿に、ゆづりが本能的な恐怖感を覚える隣、戦闘慣れしているノアが前に出る。そして、糸の動きには目もくれず、至って冷静に指を上げた。
刹那、彼の指輪が光を放ち、白波を迎撃しにかかった。
登場人物
ゆづり…主人公。八星を作った『創造者』を探している。
ノア…水魔星の神。適当な性格をしているが、魔法の腕は高い。




