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異世界たちと探し人  作者: みあし
二章 火敵星編

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20話 三冊の辞書 

 

 ツキとカケルに別れを告げ、中継場へ戻ってきたゆづりは、手に入れた缶を抱えて木黙星へ足を進めていた。


 目的は勿論、燃えた『叛逆者』の手記の解読だ。こんな状態の紙は翻訳機では訳せないだろう。それでも、言語に精通している理解者なら何とかしてくれるのではないだろうか。


 そんな淡い期待をしながら扉をノックすれば、ひょこりと理解者が首を出す。そして、いらっしゃいと抑揚の無い声で呟いた。

 

「どうぞ。座って」

「あ、ありがとうございます」

 

 理解者は近くにある木製の椅子を指差す。ゆづりが素直に腰掛ければ、理解者はその隣に立った。

 どうやら彼は座らないらしい。何となく気まずいが、理解者の前では気にしないのが吉だろう。


「それで、火敵星には行ったの」

「はい。でも、『統治者』には会えなかったです。謎の男性には会いましたけど」

「謎の男」

「糸を使う黒髪の男です。もしかして誰か分かったりしますか」

「ううん。知らない。でもキミのことを見えたなら、神か眷属だろうね」

「それ、ノアも同じこと言ってました。男は統治者の眷属だって」

「へぇ」


 理解者は気抜けた返事をすると、肩に乗っていたピピと戯れ出す。

 もしかして火敵星の話には興味が無いのか。ゆづりがこの場をどうすればいいのか内心穏やかにいられない。


 しかし、ゆづりの考察は違ったらしい。彼は不意にこちらを見下ろすと、それでと小首を傾げた。

 

「他には」

「ほ、他にはあんまり……色々と分からないことが多くて…」

「じゃあ、また火敵星に行くの」

「はい。星に繋がる扉が開いたら行こうかなって…」

「ふーん。近い内に開くといいね」

「そうですね」


 いや、開くといいではない。むしろ、開いてくれないと困る。

 そうでないと火敵星の眷属と絶縁したままになってしまうのだから。理想者の手記を手に入れることが難しくなる。


「で、今日は報告だけ」

「いいえ。今日はちょっと土獣星の文字について知りたくて」

「文字」

「鬼族が使っていた文字なんですけど」


 ゆづりは土獣星から持ってきた叛逆者の手記の燃え殻を見せる。それを一瞥した理解者は、即座に首を横に振った。彼の肩に乗っているピピも力強くピッと鳴く。


「あっ、翻訳してもらいたいとかじゃなくて…私が土獣星の言葉を勉強して自力で訳そうかなって」

「………」

「そ、それで理解者の力も借りれないかなって…」

「………」


 理解者は無言で燃え殻を見下ろす。やはり、新しい言語を学ぶのは並大抵の努力では無理なのだろうか。

 ゆづりはうんともすんとも反応しない理解者に、不穏な雰囲気を感じとる。

 しかし、次に彼の口から出た言葉は、むしろ良い方向のものだった。


「資料室に鬼語の辞書があると思う」

「辞書…?」

「うん。それ持ってきてくれば一緒に翻訳する」

「えっ、いいんですか」


 理解者は静かに顎を引く。どうやら翻訳を手伝ってくれる気らしい。それなら、彼の気が変わらないうちに辞書を持ってこよう。

 ゆづりはちょっと待って下さいと言い残し、部屋を飛び出した。



****



 木黙星を離れ、資料室から辞書を拾ってきたゆづり。

 ゆづりが離席した隙に理解者が寝てしまう、といったことはなく、木黙星に戻ると彼は早々翻訳を開始してくれた。


「これ、終わったの」

「はい。ほとんど真っ黒ですけど」

 

 ゆづりがバラバラになった紙くずを何となく並べて、元の形へと修復する。それを理解者が辞書を使って日本語に翻訳する。そして、ゆづりも彼の手伝いをする。

 きちんと役割分担をして、休むことなく手を進めていたのだが。


「全然進まない…」


 驚くほど翻訳は難しく、進捗は滞っていた。

 勿論これは理解者がいるから遅くなっているのではない。相手にしている言語が違う星のものかつ、あまりメジャーではない言語だからだ。


 ゆづりが持ってきた辞書は、鬼族の言葉を直接日本語で説明していない。鬼語は土獣星で一番メジャーである竜語で訳され、竜語は地球で一番使われている英語で説明されている。


 つまり、鬼族の単語一つ調べるために、竜語と英語、二つの言語を通さないといけないのだ。


 だから、当然時間はかなりかかる。それに、何回も違う言語を通していくうちに、元々のニュアンスからどんどん遠ざかっていく。


 それに加え、紙は一度燃えてしまっているのだ。だから、大部分はすでに灰になってしまっていて、文字を読むことは難しい。火の手に呑まれずに残った文字も、ほとんど黒く焦げてしまっていてとても読めたものじゃなかった。


 それでも、なんとなくこれっぽいなと辞書とにらみ合いをしていたが、効果は薄い。


「一番、月、なんちゃらちゃららら、木?」


 小一時間ほどかけて出来た文章が、ゆづりの今の呟きだ。

 創造者のその字もないし、出る気配もない文章。翻訳を進めていくにつれて、ゆづりの胸は不安でいっぱいになっていく。

 

「そもそも、この紙って叛逆者のモノで合ってるんですか。あんまり創造者について知れそうにないですけど…」

「合ってる。筆跡が叛逆者のモノだから」

「そうなんですか」 

「うん。それは間違えない」

 

 理解者は余程の確信があるらしい。彼の顔には、うっすらと自信が滲み出ていた。

 ここまで言うなら信じよう。彼は最古の神様なのだし。


「っていうか、この辞書が無かったら本格的に詰んでたよなぁ」


 ゆづりはしみじみと竜語と英語を結ぶ辞書を見下ろす。

 英和辞典のように、同じ星の中での言語を訳す辞書は文明が発達していれば普通にあるものだろう。


 しかし、違う星同士の言葉を繋ぐ辞書を作るのは神にしか出来ない。二つの星の言葉を使いこなす、天才的な神じゃなければ作れないのだから。


「この辞書つくったのは『開発者』。同じ星同士のやつはそれぞれの星の神が持ってきた」

「これも開発者ですか。開発者って本当に凄い人なんですね」

「うん。最年少でなんかの賞を受賞したと聞いた」

「なんたら賞?」

「うん。詳しくはわからない」


 二十五歳でノーベルなんたら賞を受賞した日本人がいると、理科の教科書に載っていたような気がする。もしかして、開発者はその人なのだろうか。


「ちなみに、開発者ってどんな人だったんですか?」

「女の人。任期は十年くらい」

「へぇ、ちょっと短いですね」

「地球なら普通。ソフィーの前代『不幸者』も数年だった」

「そうなんですか。ちなみに理解者は何年間神様やっているんですか?」

「数えてないから分かんない。多分、千年くらい」

「おぉ、長いですね。その…そんな長い間生きてて、疲れたりしないんですか。神を止めたいと思ったりとか…」

「ない。ニンゲンのこともっと知りたい。それに」

「…それに?」


 不意に口を噤んだ理解者。ゆづりはなんで急にと首を傾げつつ先を促す。すると、彼は少し悩んだ末に再び口を開いた。しかし、理解者の言葉を遮るように、ドンドンと何かが暴れる音が響き出す。


「な、なんの音?!」

「………」


 木製の扉の外から音がする。扉を殴っているかのような、鈍い音が。

 火敵星の心霊現象が起こったときに響いていた、あの音に似ている音が。


「……まさか」


 火敵星に何か起こっているのか。状況を察したゆづりがそわそわしていれば、理解者が扉を指した。


「見てくれば」

「い、いいんですか」

「うん。ボクはここで待ってるから」


 理解者は外で何が起きているのか興味はないようで、再び手元の辞書へと視線を戻す。そして、チラチラと音を立てて、紙を捲りだした。

 その整然とした彼の態度を片目に、ゆづりは廊下へ出る。しかし、廊下に異変はない。人もいない。


 やはり、何か起こっているのは火敵星なのだろう。ゆづりは躊躇いなくチョコレートを模した扉を選ぶと、中を覗く。すると、生ぬるいすきま風がゆづりの頬を掠めた。


「……扉が、開いてる」


 真っ暗の部屋の奥、ほんの僅かだけ火敵星に繋がっている扉に隙間が出来ていた。

登場人物


ゆづり…主人公。八星を作ったとされる『創造者』を探している。

『理解者』…木黙星の神。全ての星の文字を読むことが出来る。

『叛逆者』…前々代土獣星の神。『創造者』について何か知っていたのかもしれない。

『統治者』…火敵星の神。百年もの間姿を見せていない謎の人物。

『開発者』…前々代地球の神。神の死と転生について調べていた人物。

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