14話 一夜明けの出会い
戦争に巻き込まれたゆづりを救ったのは、なんとも憎らしい笑みを浮かべた少年だった。
「ノア!」
「おう、そうだ。久しぶり。あと、おはよう」
知り合いが現れたことに対する安心感。崖から落ちずに済んだという解放感。虚空で停止しているという、地球ではあり得ない現象に襲いくる恐怖心。
一気に占める多種多様な感情に、ゆづりの頭は停止する。そのせいだろう。口からはまともな言葉は出ず、譫言のようにノアノアと言うことしか出来なくなっていた。
「おいおい大丈夫か?とりあえず地上に戻るぜ」
まともに喋れないゆづりに、ノアは呆れたように笑う。そして、空中に蹴りを入れると、ゆづりを上空へと持ち上げ、元いた地面へと送り返した。
「ほら、着いたぞ。生きてるか?」
ノアがパッとゆづりの腕を離す。それに伴い、ゆづりの足が地面へと舞い降りる。ゆづりはそこでようやく現実を飲み込めてきた。
戻ってきた。無事に地上に戻ってこれた、と。
「おーい?死んだか?」
「い、生きてるよ。その…助けてくれてありがとう…」
「あいあい。無事でよかったぜ」
ゆづりは久々の地面に安心してヘナリと脱力する。そして、ペタリと尻をつけてしゃがみこめば、隣にノアが並んだ。
彼もどうやら疲れたらしい。ノアは耳に下げているイヤリングをしきりに触れて、らしくもなくため息をついていた。
「それで?ゆづりは何処にいたんだよ。なかなか見つからなかったぞ」
「なんか花畑に飛ばされて、そこから彷徨い歩いた」
「花畑?変な所に飛ばされたんだな」
「やっぱり変な場所なんだ」
あの花畑は中継場と繋がっている場所ではなかったらしい。そりゃ待てど待てどもノアが来なかったわけだ。
「というか、見捨てられたわけじゃなかったんだ」
「何言ってんだよ。即刻探しに行ったに決まってるだろ」
「え、そうなの」
「あぁそうだよ」
ノアが迎えに来なかった時、ゆづりは彼に見捨てられた線も考えていた。しかし、ノアの何言ってんだお前と言いたげな顔を見るに、そんなことは起こり得なかったのだろう。
やはり、ノアは自分を見捨てることはしないという、根拠のない自信は正しかったようだ。信じてよかった。
「…本当にありがとう。助かったよ」
「いいよ別に。教会を飛び出して、一晩中探し回った甲斐があったって話だ」
「教会?」
「そうそう。この国で一番栄えてるデカイ教会。中継場と繋がっている場所だ」
「へぇ…」
ゆづりも教会らしき建物には行っている。しかし、あそこは人気がなく埃が被っていて、蜘蛛しか住んでいなかった。間違いなく栄えているという状態ではない。違う場所なのだろう。
美姫と蜘蛛。教会にあった奇妙な絵をゆづりが思い返していれば、不意に風が吹き髪をかっさらった。
何事かとゆづりが憮然とした顔で振り返れば、その先で先程の青年と騎士が揉めていた。双方怒り狂っていて、殺意は消えるどころかますます増している。このままだとまた、ゆづりは争いに巻き込まれてしまうだろう。
「邪魔だな」
苛烈に盛り上がる戦火に怯えるゆづりの横、ノアは淡々とした様子で戦場へと指を向ける。そして、彼が指をくるりと回せば、空中に青い無法陣が浮かび上がり、飛んでくる火の粉を消していた。
魔法だ。おそらく防衛魔法。
空想の世界でしか見れない現象に、ゆづりの口からおぉという声が漏れる。しかし、ノアにとっては日常茶飯事のようで、やけに冷めきった目をしていた。そして、熱のない虚ろな目で魔族と人間の争いを睨んだ後、ゆらりとゆづりへ視線を戻す。
「ゆづり。ここは危ないから、街に出ようぜ」
「分かった」
ゆづりもこんな危険なところに留まっていたくはない。故に即座に頷いたのだが、それ以上にノアの動きは早かった。
彼は空中に留めていた指を下ろしたかと思うと、「失礼」と一言放ち、ゆづりを己の胸に迎え入れたのだから。
「うおっ」
狭まる視界、伝わる体温、耳元に揺蕩う呼吸音。
一気にノアとの距離が縮まったことに、ゆづりはたじろぐ。が、ノアはそんなこと気にしていないのか、目立った反応はない。
むしろ、この距離でもまだ都合が悪いらしく、さらにゆづりを引き寄せ抱いていた。
「飛ぶ。しっかり捕まってろよ」
「わ、わかった」
ゆづりの頭上、ノアがブツブツと呪文のようなことを呟く。そして、トントンと軽い音を立てながら地面を蹴った。その直後、魔法が発動したようで、ゆづりの足と地面がフワリと離れていく。
浮いた。飛んだ。動いた。
足場が無くなったことに怖くなったゆづりは、咄嗟にノアの胸ぐらを掴む。すると、魔法が最高潮を迎えたらしい。空へ天へと二人の体が一気に舞い上がった。
「は、はやっ」
「だろ?捕まってないと落ちるぞ」
耳を通り抜けていく風切り音にも、足元に広がる小さな地上にも、ノアは怯まない。彼は楽勝そうに口を歪め、物珍しいものを探すかのようにキョロキョロと辺りを見渡している。
一方、ゆづりには空中散歩を余裕はなく、ノアの首を絞めんばかりに服を掴み、彼の胸元に顔を埋めて唸っていた。
なんでだっこをする必要があるのか不思議に思っていた。別に手を繋ぐとか、ちょっと近づくとか、それでも空くらい飛べるだろうと。
しかし、飛んでみて分かる。これじゃないと、とても飛べたもんじゃないと。目を塞がないと高くて怖いし、しっかり抱えてもらわないと落ちそうで怖い。だっこが最適だ。
「ほら、ついたぞ」
「う、うぅん……?」
「おいおい、大丈夫か?」
襲い来る恐怖心と嘔吐感に苦しめられること数十秒。
無事、目的地についたらしい。小さくなっていく風音と空気の圧、加えてノアの声に促されゆづりが顔を上げると、自分の足が地面に着いていた。
そして目前には、褐色のレンガに敷き詰められた道路、芸術が詰め込まれたような形をした街灯、豪奢なドレスやタキシードで埋められている人の往来が広がっていた。
昔のヨーロッパのような町並みだ。
ゆづりが昨日と同じ感想を抱きつつ異世界を堪能する側、ノアがはぁと心からの吐息を漏らす。
「おぉ、なかなかの人だな!さすが王都」
「え、ここ王都なの?」
「そうだ。ほら、あれ見てみろよ。王城だよ」
「えぇ?!」
ノアは道の真ん中に出ると、遠くを指差した。彼の指の先には、大きな城がある。純白で、壮大で、精緻に模様が施されている、王城が。
「じゃあ、早速あそこに…」
「行こうって言いたいところ、だが!その前に、ここで何か食べてこうぜ。折角来たんだしさ」
「……ふーん…」
ノアはキラキラとした眼差しで出店を見つめている。沸き出る興奮が抑えられないのか、体もソワソワと揺れていた。
ゆづりとしてはさっさと城を漁って創造者に関する情報を得たいところだが、まぁ言ったところで聞かないだろう。
「分かった。ここで何か食べよう」
「やった!ちなみに、ゆづりは何食べたい?」
「どれでもいいよ。…それよりさ、気になることがあるんだけど」
「うん。なんだ?」
「ノアって火敵星のお金持ってるの?」
説明するまでもないが、ここは火敵星。ゆづりもノアも普段は縁がない土地だ。
故にここで通用するお金は二人とも持っていないと、ゆづりは疑っていたのだが。
「勿論持ってないぞ。でも平気だ」
「…つまり?」
「ほら」
ノアがフフンと誇らしげにしながら手を広げる。すると、そこには赤、青、黄色、色とりどりの石が光っていた。
「なにこれ。石?」
「違う違う。……ほら」
「あれ」
ノアは一度手を閉じる。そして、再び開いた時には手のひらにあった石は小さな小銭に変わっていた。
見間違えたのか。あれと目を擦るゆづりに、ノアは愉快そうな顔で魔法だと告げる。
「変装魔法だ。すごいだろ?」
「……ただの詐偽じゃん」
「なっ、なんてこと言うんだよ!これだってちゃんと価値ある石だし、魔法が解けても金にはなる。だから詐偽じゃない」
「は、はぁ…」
ノアは謎の理屈を持ち出して首をふる。ゆづりはそれでも詐偽だよなと思いつつ、そっかと頷いた。
万が一、店の人に偽装魔法がバレたとしても、ゆづりが叱られることは一切ない。姿が見られていないのだから。
面倒なことになったとしても、ノアがなんとかするのなら、ゆづりの構うところではない。
「あっ、そういえばさ、一個聞きたいんだけど」
「おう。なんだ?」
「私、この星の人に認識されてないんだけど、なんで?」
「それはゆづりが魔法のない星の生まれだからだろ。お前は魔法のない星の人からは認識される。魔法のある星の人からは認識されない。逆も然りな」
「なるほどね…」
ゆづりの生まれは魔法のない星である地球。だから、同じく魔法の概念がない土獣星では姿を認識される。が、魔法がある火敵星や水魔星では、ゆづりの姿は認識されない。
ノアは水魔星の人だから、魔法のない地球では姿を認識されないということなのだろう。
そういうことだったのかと、一人過去を振り返るゆづりの視界に、ノアがひょいと入り込む。そして、再び出店を指差すと首を傾げた。
「それで、ゆづりは何を食べたい?好きな食べ物は?」
「ないよ。なんでも食べる」
「じゃあ嫌いなものは?食べられないものとか」
「ないよ。アレルギーもない」
ゆづりは食べろと言われたらなんでも食べる。流石に石やレンガを食えと言われた時は躊躇ったが、虫や土程度ならノータイムで口に入れられる。腹が満たさせればなんでもいいという人生から得た得意技だ。
だから、ゆづりは本当になんでもいいのだが、ノアはゆづりの返答に面食らった顔をしていた。
「お前、ちょっと変わってんな」
「じゃあ、ノアは何食べるの好きなの」
「俺様もなんでも好きだな。特に好きなのはクッキーだけど、朝ごはんにはなぁ。……お、あれとか美味しそうだぞ。あれでいいか?」
「うん。食べる」
ノアの指差す先には串焼きがあった。出来立てのようで湯気が立っている。人もかなり並んでいるし、味には期待できそうだ。
ゆづりがコクりと頷けば、ノアは待ってろといい店に突入していった。そして、手際よく串焼きを二つ買ってくると、ゆづりに一本渡してくれた。
「ほい。どーぞ」
「ありがとう」
ゆづりはノアが先に食べたのを確認してから一口齧る。すると、熱々の肉汁が舌を打ち、ゆづりの頬を落とした。
美味しい。文句無しに絶品だ。
ゆづりが夢中で肉を齧る隣で、ノアがこちらを見つめていた。ニヤニヤとした何かを楽しんでいるような面で。
「どう?うまいか」
「うん。美味しいよ」
「それは良かった。ちなみにだけど、これ何の肉だと思う?」
「……鳥とか牛とか?」
串には肉が四切れ刺さっている。形はどれも歪で上からソースが塗ってあるため、表面は見えない。だが、食感や固さがどれも違うから、違う肉を使っているかなとは思っていた。
ニヤニヤしているノアにゆづりが答えを急かす。すると、ノアは上から肉を指差すと答えを教えてくれた。
「イノシシ、ネズミ、ワニ、ミミズ。ちなみにソースはカエルの油」
「へぇ、珍しいね」
どれも食べたことのない肉だ。イノシシはジビエとして聞いたことはあるが、後は人間が食えることも知らなかった。
ゆづりは上から三番目のワニの肉を齧る。肉は柔らかいとも言えないが、固いともいえない絶妙な固さだった。
それでも美味しいものは美味しい。手を止めること無く串焼きを食い進めるゆづりに、ノアはえっと驚いたような声を出す。
「うわ、ホントに驚かないのかよ」
「え、なんで?」
「俺様、ニホン人は鳥と牛と豚しか食わないって勉強したんだ。だから、得体の知れないモノ食ったって知ったら、ゆづりもビックリするだろうなって」
「まぁ、それは人に依るんじゃ…」
日本人でも虫を食べる人もいれば、虫を見ることすら嫌悪する人もいる。残念だから、ゆづりは後者寄りだから、自分の食べたものがゲテモノだとしても驚くことはない。
「ビックリすると思ったのに」
「………」
ノアはしょんぼりと肩を下ろす。どうやら落ち込んでしまったようだ。
勉強したのに報われないのは普通に可哀想だ。ゆづりはどうしようか悩んだ挙げ句、びっくりしたと棒読みで言っていた。
登場人物
ゆづり…主人公。不死の体を持つ。『創造者』と呼ばれる人を探している。
ノア…水魔星の神。魔法が使える。ゆづりの協力者。




