13話 夜明けの邂逅
寂れた教会で奇妙な絵を見た後、ゆづりはまたも王城っぽい建物を遠くに見つけ歩き出した。
そして、長い時間をかけて辿り着いたのだが、そこも城ではなかった。おそらく貴族の邸宅だったのだろう。少し立派な家程度の内装で、とても王城と呼べる建物ではなかった。
それでも諦めるわけには行かず、ゆづりはまた遠くに高貴な建物を見つけては、そこに向かった。しかし、それも王城ではない建物で落胆してまた辺りを見渡して、を繰り返しているうちに。
「朝になっちゃったな」
夜だった火敵星には朝日が昇り、地面を優しく照らしていた。
まぁ、マズい状況だ。
一夜かけても王城は見つかっておらず、ノアとも会えてなければ、中継場に帰る糸口すら見つかっていないのだから。このペースで行ったら、地球に戻るのは当分先になる。
しかし、ゆづりにそこまでの焦りはなかった。
ここで足がヘロヘロでもう動けないといった状況だったら、かなり焦っていたのだろう。
しかし、現在のゆづりの体に疲れはない。給食以来、何も口にしていないのにお腹も空いていない。
現在、ゆづりの体内にあるのは、漠然とした不安だけで、焦りも孤独感も何もなかった。
「道、これで合ってるよな」
ゆづりは今も城らしき建物に向かって進んでいるのだが、それさえも困難にぶつかっていた。
目指している建物への一番の近道をしようとした結果、森へ入り込み、城の姿を見失ってしまったのだ。
そのため、城に近付いているのか遠ざかっているのかすら、よく分かっていない。
だからといって、今更引き返す気力もなく、道と呼んでいい場所なのかも良く分からないところへ迷いこんでいた。
この進路でいいのかと不安になりつつ、ゆづりはそのまま進んでいく。すると、遠くから悲鳴のような甲高い声が聞こえてきた。
「誰かいる」
こんな町から外れた森にも、住んでいる人がいるらしい。気になったゆづりは進路を逸れて、声の方へ歩み寄った。
膝程度まである草を蹴り飛ばし、音源へと近付くにつれて、周りの木の数が減っていく。代わりに、赤い家の屋根が姿を見せた。それと同時、聞こえてきた人の声も大きくなっていく。声は言い争いをしているのか、やけに騒々しくおしゃべりというよりは叫びに近かった。
ゆづりが木の影に隠れてその様子を伺えば、甲冑を纏った騎士が一人見えた。彼は大きな槍のようなものを持っていて、刃先を家の前で座りこんでいる少女に向けている。そして、周りにいる他の騎士と共にがなり声を上げていた。
その怒号に対して答えているのは、少女の背後にいる一人の青年だ。彼は目力で騎士たちを殺すつもりかというように怒りを表し、騎士たちを睨んでいた。
「っていうか、あれが魔族か」
殺されかけている少女と青年の頭には黒い角が二本生えている。加えて剥き出しにされた腕には紋様なものが刻まれており、背中からは羽がユラユラと揺れていた。
今まで見てきた火敵星の人とは大きく変わった容姿だ。おそらく彼らが魔族と呼ばれるヒトたちなのであろう。
それなら、騎士と魔族がこんなに険悪な雰囲気なのも納得がいく。ノアからの「人と魔族は戦争中だ」という前提知識と一致するからだ。
「………」
なんだか桃に似ている容姿をしている魔族だな、なんて思いつつ、ゆづりは険悪な場をそっと見守る。
すると不意に、魔族の青年が騎士に向かって手の甲を向けた。そこには漫画の中で見るような、中二チックな魔方陣が刻まれている。ゆづりがなんだあれと目を細めた刹那、魔方陣が光り暴風が吹き荒れた。
「お、お?!」
ゆづりの周りに生えている木がギシリと軋み、草もザアザアと靡き出す。
魔法だ。おそらく風を起こすとか、そんな系統の魔法。
ゆづりも身を襲う烈風に呆気なく吹き飛ぶ。そして、ドンと派手な音を立てて後ろの木に激突した。
その傍ら、騎士たちの方も咆哮を上げると、少女の首に剣を落とす。そして、この風を引き起こした青年にも襲いかかった。
「ヤバいヤバい」
戦争が始まってしまった。
ゆづりは一気に荒れた場に飲み込まれながら、なんとかその場を離れようとする。しかし、一度火のついた場所から逃れることは容易ではない。
魔族の青年が少女を救うために撃った魔法にゆづりも巻き沿いを食らい、それに対処する騎士たちの反撃にも巻き込まれる。
ゆづりが一歩進めば、それを阻止するよう暴風が体を持っていくし、木に隠れて堪えようとしても炎に焼かれあっという間に炭になっていく。
不死で無かったら、十回は間違いなく死んでいただろう。
「早く終わってくれ…」
ゆづりは殺意をぶつけ合っている魔族とヒトの争いと、自分の後ろへ視線を動かし続ける。
魔法から逃げて逃げて逃げた末路、ゆづりの後ろには崖が広がっていた。
底は見えない。おそらく落下したら死へと一直線だ。
もちろん、ここから落ちてもゆづりは死にはしない。が、再び上がってくるのは難しいだろう。そしたら帰るのが遅くなるどころか、もう二度上がってこれず、底で永遠と生きる羽目になるかもしれない。
「最悪」
そんな危ない場所、さっさと離れたい。しかし、下手に動けば魔法に呑まれて崖から落ちる。
何をしようにも危ない空間を、ゆづりは近くの木にしがみつくことで凌ぐ。そして、心の中で争いが終着することを祈っていたのだが、現実はゆづりの祈りには応えなかった。
魔族の青年が、騎士に脅されていた少女を取り戻したのだ。それに伴い、もう力を抑える必要もないと言うように、彼の魔法が荒くなっていく。勿論、騎士たちの攻めも苛烈に杜撰になっていくわけで。
「お、お、おぉ?」
ゆづりが手を置いていた木が争いの影響を受けてギシギシと軋み出す。地面も何らかの魔法の影響でも受けているのか、ヒビが入り出し、グラグラと大きく揺れていた。そして、ビキリという嫌な音を立て、木の方に亀裂が入る。
「待っ…」
彼らの戦争に耐えきれず、ゆづりが掴んでいた木が折れた。それと同時、火風が吹き荒れ、宙に浮いたゆづりの体をかっさらっていく。
これはまずい。というか終わった。
ゆづりが己のピンチを察した直後、彼女の体が派手に空へ浮く。そして、無情にも暴風は崖の外へと体を放り出していた。
「あ」
底のない崖へと拉致されたゆづりの体は、重力に従ってぐんぐん下へ下へと落ちていく。視界の端にあった城も、どんどん遠のいていく。というか、もう見えない。下へ落ちすぎてしまって、城の輪郭すらも掴めなくなってしまった。
ゆづりはここから落ちても、勿論死にはしない。痛くもないだろう。だから、このまま底へダイブしても平気だ。大丈夫だ。
そう分かってはいるが、体にかかる感じたことのないほどの重力と、ビュンビュン風を切る音を間近に聞いて、冷静にいられるほど人間はできてない。
今からとんでもない痛みが襲ってくるんだという恐怖と絶望に思考は固まり、指一本動かせないくらい体は強張る。
もう終わった。これじゃあ中継場に戻れない。地球にも帰れない。
ゆづりは途方もない喪失感に全てを諦め、ギュッと目を瞑ったが。
「見つけた」
ーー聞き覚えのある声と、腕を掴む人の温度に開眼を迫られた。
青空と朝日に支配され、染まるゆづりの視界。そんな世界の中央に人が一人いた。
黒い重そうなローブと変な癖毛がついた紫紺の髪を靡かせ、大きな青空の瞳と赤と青のマニキュアを光らせている、一人の人間が。
「ノア…」
「あぁ。そうだ。助けに来たぜ」
ゆづりが再会を待ちわびた人物こと、ノア。
彼は背後に太陽を携え、ゆづりの腕を掴み、あっけらかんと笑っていた。
ゆづり…主人公。不老不死の体を持つ。『創造者』を探している。
ノア…水魔星の神。ゆづりの協力者。




