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異世界たちと探し人  作者: みあし
二章 火敵星編

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8話 雪が支配する星 


「おっ、戻ってくるの早いな」


 桃と別れて宇宙空間部屋へと戻ってきたゆづり。彼女を迎えたのは、相変わらずクッキーを貪っているノアだ。

 彼は、ゆづりが桃と揉めることなく帰ってきたことにビックリしていた。まぁ確かに、ゆづりは桃との初対面の時に殺されかけているのだ。それなのにどうしたのかと心配するのも当たり前なのだろう。


「桃と仲良くなったのか?」

「ううん。別に。彼女はゲームのために頑張ってるだけだから」

「ゲーム?」

「そう。ゲームを一緒にやる代わりに、創造者の文字がある本を探してって頼んだんだよ」

「へぇ」


 水魔星にもゲームの概念はあるようで、ノアに変な反応はない。代わりに、アイツゲーム好きなんだという至って普通の反応をしていた。


「なぁ、桃が見つけた本とやらを俺様にも見せてくれよ」

「うん。いいよ」


 ゆづりはノアに持ってきた本を手渡す。すると、ノアは表紙を見るや否や、火敵星の文字だなと呟いていた。彼は文字を読めはしないが、何処の星の言葉なのかは分かるらしい。


「この本に創造者っていう文字があって、火敵星の言葉で書かれてる、ってことだよな?」

「そうだよ」

「そんならこれは、理想者の物の可能性が高いな」

「うん。私もそう思ってた。だから、今から理解者の所に行こうかなって」

「あぁいいと思うぜ。今日はまだ誰も木黙星には行ってないから翻訳機も使え……」

「………?」


 あまりにも中途半端かつ不自然なところで声を切ったノア。不審に思ったゆづりがノアの様子を伺えば、彼は時間が止まったのかと錯覚するほどピタリと静止していた。


「ノア?」

「……あぁ、悪い。仕事だ」

「え」

「俺様、行かないと」

 

 ゆづりに声をかけられたノアは、八星へ繋がる部屋がある扉に視線を移す。その横顔には、いつもの人生を舐め腐ってそうな色はない。シュッと研ぎ澄まされた、真剣な表情になっていた。

 それもそうだろう。彼の云う仕事というのは、水魔星で起きている戦争への介入するという、とんでもない責任と重荷が掛かったものなのだから。


「ゆづり。残ったクッキーは全部食べちゃっていいぞ。じゃあまた!」


 下手したら水魔星が壊滅するであろう危機に硬直するゆづりを差し置いて、ノアはスラリと立ち上がる。そして、ゆづりに別れを告げると、振り返ることなく扉の先へと進んで行った。


「…行っちゃった」


 嵐のように喋って消えて行ったノアに、ゆづりはしばらく呆けてしまう。しかし、すぐにクッキーを食べていいと言われたことを思い出し、扉から目の前の皿へと視線を移していた。


「折角だから貰おっと」


 ノアの食べているお菓子は基本高級品だ。平民であるゆづりが手を伸ばせないくらいの良い品。そんなものが目の前にあって、なおかつ食べていいと言われたら、食べるしかないだろう。

 ゆづりは躊躇うこともせず、クッキーを手にとる。もしかしたら、このクッキーも触れた途端に色や形が変わるのかと期待していたが、実際はうんともすんとも言わない、普通のクッキーだった。

 とはいっても味は最高で美味しいため、あっという間に皿は空になっていた。

 まぁ、ノアは全部食べていいと言っていた。怒ることはないだろう。


「さて、私も仕事するか」


 腹も満たしたところだし、この理想者の本を理解者に翻訳して貰いに行こう。ゆづりはノロノロと立ち上がり、ノアが開けたまんまになっている扉をくぐって廊下に出た。

 そして、一番置くにある木黙星へと足を動かしていたのだが。


「ここ…」


 多くある扉の中、一つの扉が開いていることに気づく。スポーツ用具を模したシールで飾られたそれは月祈星の部屋だ。

 この部屋の主である『放棄者』は眠りについている。だから、彼が起きているということはないため、彼以外の人が部屋にいるのだろう。

 ゆづりは部屋に誰がいるのか気になって扉を開ける。すると、放棄者が寝ているベッドの傍にソフィーの姿があった。


「……寝てる…?」

 

 真っ暗な世界の中、ソフィーは放棄者の寝ているベットに腕を預けて目を瞑っていた。ゆづりの呟きにも何も反応しないことから、おそらく寝ているのだろう。

 ゆづりは疲れてるんだなと、すぐに部屋を出ようとする。が、部屋を支配する細やかな騒音に足を止めた。


「扉が開いてるのか」


 ゆづりが音に振り返れば、部屋の奥、おそらく月祈星へと繋がる扉が少し開いていた。

 その扉が外からの風に煽られているのか、パタパタと開閉を繰り返している。その度にギコギコと木が軋む音が鳴っており、ゆづりの耳を刺激していた。

 ゆづりは外で何が起こっているのかという好奇心から、扉に近寄る。そして、隙間から顔を出すと、外を覗き見た。すると。


「寒っ……」


 ビュウビュウという風音とともに、感じたことのない寒波がゆづりの顔を殴った。予想外の寒さにゆづりは軽く悲鳴を上げ、さらけ出している自分の顔を抑える。が、寒さで白く悴んでいる手では、暖など取れない。ガタガタと震えた手で頬を掠めるのが限界だった。


「なにこれ……」


 ゆづりはあっという間に広がる寒さにしばらく放心した後、今度は全身で殴るように扉を開けた。すると、その先に広がっていたのは雪国だった。

 いや、その表現はおかしいかもしれない。雪に支配された世界。そういった方が明確だ。


 右を見ても左を見ても、下を見てもあるのは純白一色。人の気配どころか生きた痕跡すら無く、すべて雪に侵食されてしまっていた。

 そして、何より寒い。冷凍庫の中に迷い込んで仕舞ったのかと錯覚するほどの寒波が地上を荒らし、何もかもを冷やし凍らせている。このまま立っていたら、人はまず凍死するだろう。


 天災で壊滅した星だとは聞いていたが、まさかこんなことになっていたとは。

 ゆづりは感じたことのない静寂に取り憑かれ、一歩一歩白銀の世界へと踏み出す。しかし、それを阻むように、ゆづりの肩へと柔い手が置かれた。


「外には出ない方がいいですよ」


 ひどく温かく柔らかい声。肩に乗る人の温もり。

 雪をも解かす温度に、ゆづりがはっと正気になる。そして、背後を振り返ればソフィーが立っていた。どうやら起こしてしまったらしい。

 罪悪感と驚きとでゆづりが声を詰まらせる横で、ソフィーは手を伸ばして扉を閉める。直後、部屋から光が消え、何も見えなくなるくらい真っ暗になった。しかし、彼女はすぐに電気をつけたらしい。あっという間に明るい部屋へと戻ってくれた。


「あ、あの、勝手に部屋に入ってすみません。寝てたのに起こしちゃって…」

「いいえ。平気ですよ。私もそろそろ起きる気でしたし。ゆづりこそ、寒くないですか?」

「それは平気なんですけど、その…月祈星ってこんな風になってたんですね」

「えぇ、今回の天災は氷化でしたので」

「氷化…」

「空気中の魔力が暴走して凍っていくんです。それが雪を呼び、あっという間に地を雪で埋めてしまう」

「………」


 ゆづりは無言で月祈星に繋がっている扉を見つめる。こちらの扉にもポップなシールが張ってあり、あたかも子供部屋のような雰囲気を醸している。が、扉の先に待つのは地獄だ。

 思い返すだけで、もう春は来ないと絶望してしまうほどの世界が広がっている。


「あの雪って時間が経てば解けるんですか」

「望みは薄いですね。なにせ何十万の人が力を合わせて、ようやく対処できていたものですから」

「力を合わせる…」

「えぇ。いつもなら戦争を停戦させ、星の人全員が天災を止めるために魔法を使うんです」

「でも、戦争を優先させたからこうなってしまった、と」


 ソフィーは静かに頷く。そして、扉に目線をやった。その姿は故郷を案じているようにも見え、呆れているようにも見えた。


 本当、バカだと思う。対処する術がなく滅んだのなら同情もするが、対処は出来るけど戦争にかまけて油断していたら天災に襲われました、など愚かとしか言いようがない。


「それで、ゆづりはどうしてここに?私に何か用でもありますか」

「いや、そういう訳ではなくて…」


 ゆづりは持っていた本の表紙をソフィーに見せ、経緯を説明する。すると、ソフィーは扉が開けっ放しになってましたかと恥ずかしそうに頬を掻いた後、ゆづりの持っている本を手に取る。そして、一枚ページを捲ると、あっと呟いた。


「これ、『理想者』のですね。火敵星の神の」

「えっ、ソフィーって火敵星の文字読めるんですね」

「いいえ。神の名前しか分かりません。今も、ここに理想者と記名があったから分かっただけですし」


 ソフィーは細い指で紙の上部に書かれている文字を指す。

 どうやら彼女は歴代の神の名前を一通り頭に入れており、さらにそれぞれの星の文字で書かれた名前を見ても、その人が誰か分かるらしい。

 例えるなら、水魔星の言葉でノアと記名されているのを見ても、ソフィーはその文字を示す人物がノアだと分かる、ということになるだろう。神業というべき特技だ。


 凄いですねとゆづりが尊敬の念を込めて呟けば、ソフィーはたいしたことないですよと微笑んでいた。


「私では内容は読めないので、これはお返しします。中身は理解者に翻訳してもらってください」

「はい。じゃあ、行ってきます」

「いってらっしゃい」


 ゆづりはソフィーから本を返してもらうと、ソフィーに別れを告げて部屋を出る。そして、今度こそは真っ直ぐ木黙星へ向かった。



****



 ゆづりが退室する姿を見届けたソフィーは、ふぅとため息を吐く。そして、大きなベットに一人で横になっている『放棄者』を見下ろした。


「テオ」


 ソフィーはベットに腰掛け、弟ことテオの頬を撫でる。しかし、彼は何も反応しない。すぅすぅと安らかな息を立てるだけで、何も話すことも動くこともなかった。


「あと半年になってしまいました」


 現在、テオが睡眠の世界に入ってから、既に半年が経過してしまっている。

 創造者が残した書類によれば、意識を失った神は一年以内に自分の星が修復されないと星と共に死ぬ、ことになっている。

 つまり、月祈星と彼女の弟を救うタイムリミットは残り半年ということになるだろう。


「寝ている場合じゃないですね」


 ソフィーはパンと自分の頬を叩くと眠気を飛ばす。そして、ベットの下から大きな麻袋を引き摺りだした。 

 その中身はかなり重そうで、ソフィーが一歩歩くたびゴロゴロと耳障りな音を立てている。それでもベットで寝ている少年は起きない。起きてはくれなかった。 


「………」


 ソフィーは穏やかな弟の寝顔から無言で目を背ける。そして、一人寂しく雪が支配する星へ姿を消した。

ゆづり…主人公。『創造者』を探している。

ノア…水魔星の神。ゆづりに協力してくれている。

(トウ)…土獣星の神。乱暴な竜娘。

ソフィー…地球の神。ゆづりを不死の体にした。

『放棄者』…月祈星の神。ソフィーの弟。星を壊した罰により眠りについている。

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