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異世界たちと探し人  作者: みあし
一章 土獣星編

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三十二話 儀式の終焉


 雨の中、ノアと買い物に行った後、ゆづりは適当に夕飯を済ませて眠りについた。そして、気を重くさせる月曜日を迎え、義務的に学校へと足を進めた。


 八星に招待されて人生が狂ったとはいえ、学校生活は微塵も変わらずつまらないままだった。ほとんどの授業は気づけば寝てて、起きたら終わっている。

 途中ノアが呆れたように頭を叩いて起こそうとしてきたが、彼も繰り返すうちに飽きたらしく、気づいた時には水槽の中にいる金魚と戯れていた。


「学校はやっぱりつまんないな」


 放課後を告げるチャイムが鳴ると同時、ノアは欠伸をしながら本日の感想を洩らす。その手にはどこからか掠め取ったらしい、給食のパンと牛乳がある。どうやら給食は気に入ったようだ。


「学校はどこでもつまらないものでしょ」

「ちぇ。地球なら変わると思ったのに」

「それなら水魔星のほうが面白いでしょ。魔法とかあるんだし」

「あんなの兵器の使い方習うようなもんだから」

「……あぁそっか」


 ゆづりは自然に本にあるようなファンタジーな授業を思い描いていたが、水魔星の現実はそう煌びやかなものではないらしい。戦争中だと聞くし、昭和の時代の戦時訓練に雰囲気は近いのかもしれない。

 

「この後は八星に行くのか?」

「うん。教室から誰もいなくなったら行くよ」


 ゆづりはチラチラと教室から出ていくクラスメイトたちをそっと見ると、ノアに囁く。

 八星に行くにはベランダから飛び降りる必要がある。流石に誰かに見られながら飛び降りる気はない。

 早くどっか行ってくれないかなと、ゆづりがこっそりクラスメイトたちの様子を伺っていれば、最後のグループがこぞって教室を出ていった。

 誰もいなくなった。ゆづりはすかさずベランダに向かうと、ひょいとハードルを飛び越すように柵を越える。


「慣れてきてんな」


 ノアの感心したような声がしたかと思うと、ゆづりの意識が飛ぶ。


 そして、次に目覚めた時もノアの声がした。


「お、おはよう。今回はわりと早かったな」

「え、そうなの?」

「あぁ。三分くらいだぞ、寝てたの」

「えっ、短くなってる…」


 始めてきたときは、おそらく一時間程度寝ていたと言うのに、随分慣れたものだ。

 そういえば、最初と違って頭痛もしない。じわじわと変わっていく体を自覚しつつ、ゆづりは起き上がる。


「んで、今日はどうする?本とか漁るのか?」

「うん、そうだね。良さげな本を見つけたら理解者に翻訳してもらって…」


 現在、土獣星では神座剥奪の儀の真っ最中。いすずも中継場には来れまい。叛逆者の手記探しは一旦お預けだ。

 ゆづりはその間に、創造者についての情報をもっと集めておこう。もしかしたら、資料室に叛逆者の手記以外にも、創造者について何か記述のある本があるかもしれないし。

 ゆづりが今後の予定を話せば、ノアは露骨にめんどくさそうな顔をする。そして、口からも面倒くさい作業が続きそうだと愚痴を吐いた。

 ゆづりは悪態つきのノアを宥めつつ、宇宙空間へ出る。すると、ドンドンと何かが壁や床を殴る音が聞こえてきた。


「なんかうるさいね」

「あぁ。誰か暴れてんな」


 騒音は宇宙空間部屋からではなく、その先の廊下、多くの扉が並んでいるところから発生しているようだ。

 ゆづりが何の音だと不振がる横で、ノアはめんどくさそうに頭の癖っ毛を引っ張ると、観音開きの扉を開けた。なんだかやけに手慣れた様子だ。もしかしたら普段も古参の神として、他の神たちを纏めているのかもしれない。


 ゆづりも宇宙空間部屋を出て廊下を覗くが、特に変わった点はなかった。しかし、ドンドンと地響きのような音は大きくなっているため、原因はこの先にあるのは間違いない。

 そのまま前に進んで多様な形をした扉を見て回れば、その足はとある襖の前で止まった。


「土獣星?」


 雅な雰囲気を醸している襖の先から、この異様な騒音は響いているようだった。

 もしかしたら、いすずが転がり込んだのかもしれない。ゆづりが深く考えずに襖を引けば、そこには目を奪われる光景が広がっていた。


「………え」


 部屋は昨日の静寂な空気とは一変し、まるで災害に襲われたかのように荒れていた。

 障子は破かれ穴を開けられ、ボロボロになっている。畳も何かで切り裂かれたように深く跡が刻まれ、痛々しくささくれが立っていた。

 そんな荒んだ部屋の中央、一人の少女が座っている。大きな尻尾を尻から生やし、頭には真っ黒な角が生えた、見覚えのある少女が。


「あ、きみ。あん時の子だね」


 昨日、ゆづりに襲いかかってきた少女こと竜人は、こちらに気付くとヒラヒラと手を振る。

 ゆづりはもちろん手を振り返すことなど出来るわけもなく、呆気にとられて固まるだけ。なんでこの娘が中継場にいるのだと。


 困惑して石同然になるゆづりを差し置いて、竜はひょいと立ち上がる。そして、ノロノロと覚束ない足取りでゆづりに近づいてきた。彼女の中華服にはベッタリと赤いものが付着していて、鉄の香りを放っている。


 嫌な予感がする。それに呼応するよう、心臓もドッドッと激しく鼓動を打ち始めた。背中にはだらりと嫌な汗が伝い、足の筋肉には力が入ってガチガチ震えていた。

 頼むからこの予感は外れていてくれ。そう祈るように、ゆづりはこの震えの正体を目の前の竜に尋ねる。

 

「……いすずは?」

「え。きつねなら殺したよ」



 …………。

 


「…え……」


 予想を裏切ることのない最悪な返答。想定していた答えの内、最低最悪な言葉。

 ゆづりは頭を鈍器で殴られたような衝撃に襲われ、ガクリと膝をつく。その際に自然と視線が落ち、目の前に竜の血でまみれた服が写る。同時、濃く匂う鉄の香りが鼻を刺し、生々しく命の残滓を叩きつけてきた。


「え、どしたの」

「……嘘だ」

「本当。この血だってキツネとオニのもんだし」

「……待ってオニって……まさか紅玉も?」

「うん、(トウ)が殺した」


 もう、言葉にならなかった。

 受け入れがたい現実に、ゆづりは我を忘れて座り込む。

 いすずが殺された。紅玉も死んだ。この竜の少女に殺された。

 怒りはない。悲しみもない。ただ、どうしてという疑問と、そんなわけないという現実逃避のみが胸を占めていた。


「あ、そーいえばキミも死なないんだっけ」


 桃はそんなゆづりの心中など、分かりもしないらしい。ラッキーと言わんばかりに無防備なゆづりの背中を押すと、乱暴に畳の上へと転がす。そして、首を絞めようと真っ赤に染まった手を伸ばして。


「やめろ」


 ドンという空気の振動音と共に畳へと戻された。

 桃はビリビリと痺れている己の手を見下ろすと、敵意の感じる方面を向く。その先にいたのはノアだ。ゆづりと桃のやり取りを部屋の外で静観していた彼は、これ以上見るだけなど出来ないというように部屋に入ってくる。

 桃は分かりやすく苛立ちを態度に出すと、ノアへ鋭い眼差しを向けた。


「ん、だれ?」

「『中立者』水魔星の神だよ。お前は?」

(トウ)。なんかお前、強そうね」

「まぁな」


 ノアは本名ではなく神の名前を名乗ると、ローブをたなびかせゆづりの前に出る。いつものちゃらけた態度と一変して、頼もしく圧倒的強者感を漂わせる彼に、ゆづりは五百年生きた神の貫禄を見た。


 竜こと桃もそんなノアの雰囲気に、呆気に取られたのか一瞬目を見開いて固まる。が、すぐに床を蹴ると、ノアの心臓を貫かんと言わんばかりに手を突き出した。


 昨日、紅玉の胸を貫いたのと同じ動きだ。ゆづりがマズイと青ざめるのと同時、ノアは神速で迫る手を真っ正面から捉えると、ひょいと飛んで軌道からズレた。そして、無防備な桃の背中をつつくと床に押し倒す。

 ドンと相当重いものが床に落ちたような音と振動にゆづりが倒れる側で、ノアはひょいとうつ伏せに倒れた桃の背中に飛び乗った。


「ちょっと痛いかも」


 ノアは桃が返答する前に素早く背中に手を押し当てる。するとドンという空気が揺れる音とともに、衝撃波が竜の体を襲った。


「あ、死んだ死んだ」

「…はは、マジか」


 骨を砕き、筋肉を麻痺させるであろうノアの攻撃。しかし、桃はケラケラ笑うだけで、痛がる素振りは微塵も見せなかった。

 不死と同等の体を持つ桃に、ノアはふっと悲哀じみた笑みを浮かべると、何も言わずに下を向く。いつものちゃけた姿からは想像できない、まるで誰かの死を悼むような姿だ。

 そこで、ゆづりもじわじわと現実を受け入れ始める。

 本当にいすずは亡くなって、この竜が新たな神となったのだと。


「おもーい」


 茫然自失で立ち尽くすゆづりの横、竜はノアの下でバタバタ悶えながら拘束からの脱出を試みる。

 しかし、ノアの手は緩むどころか逆に強くなったようで、ううと竜が苛立ち気に唸る。そして、ノアがひょこひょこ揺れている桃の角を掴むと、その動きは緩慢になっていった。


「え、あれ、なんか…眠い…」


 ノアがまた何か魔法を使ったらしい。桃はへなへなと脱力すると、腕を畳に倒して、ぐうすか寝息を立て始める。うるさく回っていた尻尾も垂れたまま大人しくなった。

 ノアはポイと尻尾を手放すと、もう用はないというように竜の上から退く。そして、ゆづりを振り返る。そして大丈夫かと口を開きかけて、止まった。


「…ゆづ」

「嘘だ」


 ノアのこちらを案ずるような声を、ゆづりはおぼろげな呟きて遮った。ノアへ投げた言葉ではなく、未だ現実を受け入れたくないという逃避から出た悲鳴だった。


「いすずもいない…紅玉も…そんなわけない…」

「……ゆづり」

「だって、約束した…。また会うって言ったんだ…」

「ゆづり!」

 

 ゆづりの現実から逃げる暗示を、ノアが怒鳴って切り捨てる。

 その声に驚いて、ゆづりは俯いていた顔を上げた。涙で頬を濡らして、真っ赤に染まったその顔に、ノアは苦しげに息をつまらせる。が、すぐに動揺を隠すと、事実を語って希望を切りにかかった。


「この竜が言ったことは本当だ」

「うそ」

「嘘じゃない!いすずも紅玉も死んでる。…死んでるよ」

「………」

「じゃないと、この竜人が死なない理由に説明が付かないだろ」


 ノアは気持ち良さそうに寝ている桃を一瞥すると、ぐっと歯を食い縛る。そして、もう一度トドメを指すように言葉を捨てた。

 

「死んだ。…もう死んだんだ」


 ノアはそれ以上口を開くことはない。桃の服の赤を見下ろして、悔しげに唇を噛むだけ。

 ゆづりはしばらく無言で畳へと涙を落とす。が、しばらくすると冷静になり、頭も少しずつ回ってきた。


「まだ…」


 生きている可能性もあるのではないか、と。

 叛逆者の時のように、神やら眷属やらで生死がめっちゃくちゃになっている可能性はないのか。紅玉が死んだ時、彼が自殺していて、いすずが真の神になった可能性はゼロか。いや、あり得る。そうあってくれ。

 ゆづりはその希望に駆られるよう、俯くノアの横を通り過ぎる。


「ゆづり?…おいどこ行くんだ、ゆづり!」


 ノアが何か言っていた。が、気にはしない。余裕がなかった。

 ゆづりは足を止めることなく、開けっぱなしになっている扉へ飛び込んで、土獣星へと降りる。


「ゆづ…」


 そんなゆづりの背中に、ノアははっとなって手を伸ばす。しかし、間に合わない。彼の手は彼女を掴むことはなく、虚空を掠めて落ちていく。


 行ってもムダだ。一回しか見たことないゆづりとは異なり、ノアは今まで何回、何十、何百と体験している。だから、死なんて半ば感覚で分かっている。今回も襖を開ける前から、いすずが死んだことなんて分かっていた。

 しかし、ノアはゆづりの背中に声もかけず、魔法をかけて拘束することもしなかった。いや、出来なかった。 

 ただ黙ってゆづりが土獣星へと消えていくのを見ているしかなかった。

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