52 -「嘘とハッタリ」
俺は熊の狩人が宿泊している宿に向かった。2階建の民宿で、1階が食堂兼酒場になっている自営の宿屋だ。宿の扉を開けると、ちょうどお昼時だったせいか店は客で混雑していた。
「お客さーん、ごめん今満席ー!」
料理を運んでいた赤毛の店員が叫ぶ。
「熊の狩人はここにいますか!? 急用で!」
俺が大声で熊の狩人の名を出すと、昼飯を食べていた客の一部がこちらを見て何やら騒ぎ始めた。
「あの人、熊の狩人探してるらしいよ? 知り合いかな?」
「ん? おい、あいつ竜語りのリーダーじゃないか?」
「え? うそうそ!? ほんと!? 有名人じゃない!」
「別人だろー。あれは黒髪というより煤被って汚れてるだけだぜ。よく見ろよ」
「ほんとだー。なーんだ。期待して損したー」
この騒ぎようからして熊の狩人はここにはいないのだろう。いればすぐ声をかけてくるはず。
すると店員が、
「お客さん、熊の狩人の知り合い? 彼らなら早めの昼飯食べて出て行ったばかりだよー。どこに行ったかはわからないけど」
「お、ありがと!」
俺は店員にお礼を言って外へ出た。
(取り敢えず次は冒険者ギルドに行ってみて、そこにもいなければ伝言を頼んで先を急ごう)
冒険者ギルドに着くと、マサトはギルドに入るなり、テーブルに座っていたパーティに話しかけた。
「熊の狩人か三葉虫のメンバー見かけなかった?」
話しかけられたパーティは一瞬ギョッとしたようだったが、どうやらここでは見てないとのことだった。
「あ、あの! 竜語りのリーダーのマサトさんですよね?」
先ほど話しかけたパーティのうちの一人が質問をしてきた。灰色の髪をした青年で、まだ駆け出しっぽい余所余所しさを感じる。
「そうだけど……」
「あ、僕たちは < グレイフォックス > ってパーティを組んでて、僕はデクスト。こっちの身体の大きいのがスクープ。それでこっちの女性がラフレイです」
「ああ、俺はマサト。よろしく。じゃ……」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「急いでるんだけど……」
「あ、いや、マサトさんメンバー探してるんですよね? 手伝いますよ?」
「お……?」
本当に? 助かる! と言おうとしてやめる。
この世界の人って、無条件に優しい奴なんかいなかったように思える。
何かあるはず……
「目的は何だ?」
「ひぃっ!? そ、そんな睨まないでください! ただ困ってる人の助けになれればなぁと…… なぁ?」
「んだんだ!」「そ、そうだよ?」
「分かった。じゃあ30分から1時間くらいでここに戻ってくるから、それまでに熊の狩人と三葉虫のメンバーを全員ここに呼んでおいて。頼んだよ」
そう伝えると、俺はギルドから全力疾走で出て行く。
背後から「ええ!? ちょっと待ってぇええー!!」と聞こえたがこの際無視だ。本当に集めてくれたらお礼をしよう。駄目で元々。駄目だったら伝言残すだけなので問題はない。
俺はトレンの店へと急いだ。
ポーションの絵が描かれた看板の古びた店のドアを開けると、トレンがカウンターで欠伸をしているところだった。
「おっ! 丁度良かった。あんたの屋敷の交渉、上手くまとまったよ。その貴族もすぐ金が必要だったみたいでね。即金で出す代わりに値切りに値切って1500万Gだ。オークションであんたの古代魔導具が希望の額に届くかどうかは賭けだが、これも概ね問題ないだろ」
「了解。屋敷の件は、そのまま進めてください。ただ、俺は暫くここを留守にするんで後はトレンさんに任せました」
「お、おう。任された。……いや、ならちょっと条件があるんだが……」
「なんです?」
トレンは眼を逸らすと、言い難そうな表情を見せて言った。
「おれをあんたのクランに入れてもらえないか? 後、屋敷の一室を借りたい」
「ああ、そんなことならいいですよ」
俺の即答に、トレンは眼を丸くする。
そして笑った。
「はは、あんたならそう言うと思ったよ。じゃあ留守中のことはおれに任せてくれ」
「任せました。あーあと、ちょっと言い難いんですが、俺のクラン、どうやら後家蜘蛛とボンボに眼をつけられているようなので、くれぐれも気を付けてください」
「はっ? おい! そういうことは先に言え!! くっそ、なら商人ギルドに相談しておいた方がいいか…… 後は……」
俺の爆弾発言を聞いたトレンは、何やらブツブツと自分の世界に入ってしまった。その後すぐに復活したトレンにプーアの件を相談し、治療に必要そうな薬草関連を1箱分購入してから店を出た。
冒険者ギルドに戻ると、竜語りのメンバーが出迎えてくれた。
「リーダー、随分慌ただしく動いてるようじゃないか。急用って何事だい?」
真っ赤に燃えるような赤毛に、はち切れんばかりの巨乳を抱き上げるように腕を組みながら、マーレが喋る。
「こいつらが必死な形相でやってきたときは驚いたさね」
マーレが向けた親指の先には、グレイフォックスのメンバーが息絶え絶えに机に突っ伏していた。
「頼みは聞き届けました…… よ……」
デクストが机につっぷしながら、汗だくの顔に笑顔を浮かべ、こちらへ向けて親指を立てている。
俺も親指を立てて返答する。
「よくやった! ありがとう! 恩に着る!」
そして竜語りのメンバーに、個室を借りて話をしようと声をかけた。デクストが何か話たがっているようだったが、今は忙しいので無視する。どうせクランに入りたいとかそんなところだろう。
フェイスに個室の確保をお願いし、皆でそこで待っているよう伝え、俺は受付に行ってヴィクトルかソフィーに今すぐ会いたい旨を伝える。
焦った猫耳のギルド員が、奥の部屋へ走っていき、すぐさま戻ってきた。
「マスターから了承貰いましたにゃ。どうぞこちらへ」
冒険者登録時に適性を調べた部屋に入ると、机で書類仕事をしていたヴィクトルがマサトを出迎えた。
「いらっしゃい。さて、何の件で来たのかな?」
「あなたが仕向けたソフィーから全て聞いてる前提でお話ししますよ。俺はギガンティアの末裔であるベルを匿っていますが、その関係で後家蜘蛛に付きまとわれています。それだけならまだなんとかなったのですが、ベルに興味を持ったボンボを跳ね除けるために喧嘩を売りました。そのせいでボンボからも目をつけられています。恐らく明日辺り、何か動いてくるような気がするので、暫く身を隠そうと思っています」
俺が一気に話すと、ヴィクトルは少し呆気にとられたように目を丸くした。
「これはこれは…… まさか君の方からここまで話してくれるとは思わなかったよ。それで、私に何を期待しているのかね?」
ヴィクトルの目が細められる。
「クランメンバーの保護を」
「私は冒険者ギルドに登録している者全てを等しく保護しているよ」
「貴族の横暴から守る庇護を」
少し間、2人の間に沈黙が流れる。
「それは難しいな。冒険者ギルドが国の利権に関わる政に介入することはないよ。もちろん、個々の問題にも肩入れすることはない」
「それは、俺がマジックイーターだとしても、ですか?」
ヴィクトルの目が見開き、そして睨むような鋭い目つきになる。
「証拠はあるのか?」
ヴィクトルの質問に、俺は召喚で答えた。
「鋼鉄虫、召喚!」
俺の求めに応じるかのように、身体から淡い緑色に光る粒子が舞い上がり、目の前の床に集束する。そして、光が霧散した場所に、体長1m程の鋼鉄虫が姿を現した。
「なっ!? 召喚術だと!?」
ヴィクトルは雷に打たれたかのように顔色を変えた。
だが、まだこれだけじゃない。
俺は心繋の宝剣を取り出すと、光の刀身を出現させる。
「光の剣!? 何をする気だ!?」
「マジックイーターは、万物が消滅するときに発する魔力を喰らう紋章を持ち、万物創造の力を得た超越者なり……」
マジックイーターの公式設定を口ずさみながら、召喚したばかりの鋼鉄虫を宝剣で斬り殺す。
即死した鋼鉄虫からは、再び緑色の光の粒子が舞い上がり、俺の胸へと吸収されていく。
ヴィクトルはその光景を唖然としながら見つめていた。
「その気になれば、国一つ簡単に潰せる」
その言葉に、驚愕の表情を見せるヴィクトル。
すぐさま鋭い目つきに戻ったが、先ほどまでの威勢はなく、額には汗が浮かんでいる。
簡単に国一つ潰せるなんて本心は思ってないけど、ヴィクトルを味方につけるならこれくらいの脅しがあった方がよい気がしただけだったりする。
「私を脅すとは…… 冒険者ギルド全てを敵に回すつもりか?」
「冒険者ギルドも一枚岩ではないでしょ? 全てが敵に回るとは考え難いですが、俺の利用価値がその程度であれば仕方ないと思って諦めます。でも、俺ならドラゴンですら単騎で狩れますし、たかが辺境にある都市の貴族くらい天秤にかけるまでもないと思いますが……」
ヴィクトルの顔が苦々しいものに変わる。
因みにドラゴンを単騎で狩れる自信はない。
「……分かった。君の要望を飲もう」
ヴィクトルは短い溜息をつくと、再び俺を見据えた。
「ただし、条件がある」
「条件?」
「君には私からの依頼を直接受けてもらう。それが条件だ」
「依頼にもよりますね。後はあなたがどれくらい俺のために動いてくれているかどうかにも。ですが、極力依頼は受けるようにします。それでどうでしょう?」
「……それで構わない」
ヴィクトルは目を瞑りながら下を向いて首を振った。やれやれという感じだろうか。
「先に俺の方からプレゼントがあります。ローズヘイム郊外、7地区のグリーディ農場付近と、更に南に行った森に、木蛇と鋼鉄虫の死骸が放置してあります。木蛇は1匹ですが、鋼鉄虫の死骸は100以上です。素材売却は言い値でいいので、今すぐ回収チームを向かわせてもらえないでしょうか?」
その言葉に、ヴィクトルは再び驚愕の表情を浮かべた。
◇◇◇
「……と、いうことで、俺は暫く姿を隠しますが、何かあればここのギルドマスターであるヴィクトルが相談に乗ってくれるはずなので、困ったら気軽にヴィクトルさんへ助けを求めてください」
俺の説明に、竜語りのメンバーは全員が全員、言葉を失っている。
「う、うむ?」
「驚くことが多過ぎて、逆に冷静に慣れたあたしを褒めてやりたいね」
「おれっちは最初から分かってさ…… リーダーが規格外だってことは……」
「え、えっと…… マサトさんは、勇者様であって、更には伝説で出てくるマジックイーターで、ベルさんはギガンティアの末裔で……」
「オレは何も聞いてない。オレは何も聞いてない。オレは……」
「マサト殿が何者でも拙者は何も変わらないでござるよ」
「道理でマサトさん強い訳だよ〜。うちのパーティリーダーはこんなのだけど、私もラックス同様、命を助けてもらった恩を一生かけて返すから安心してね」
隠しておくのが煩わしくなったので、クランメンバーには全て話すことにした。
……あ、いや、ネスの里のことだけは流石に隠してある。後、ラミアのことも。
後家蜘蛛やボンボの話には、全員渋い顔をしたが、正直に話してくれたことを一様に感謝していた。
トレンが竜語りに加入する話も済ませ、パンちゃんにはトレンへの言伝を頼んだ。
「俺がいない間に、竜語りの拠点となる屋敷の購入手続きが終わったら、先に住んでていいからね」
この発言には全員が大いに喜んだ。
「家賃はいくらにするんだい? まさかタダにするなんて言うんじゃないだろうね?」
「う…… 取り敢えず、俺が戻るまではタダで…… そういう細かい話は落ち着いたらしよう!」
「全く…… このクランの経理担当は別に決めた方が良さそうだね」
どうやらクランで拠点を構えても、家賃やらの経費はメンバーそれぞれが負担するらしいのだが、この世界の常識は知らないので仕方がない。まぁこういうのは分かる人に任せればいい。
クランメンバーへの説明を終えた俺は、グリーディ農場へ戻った。農場の前には荷竜車が数台止まっており、木蛇の死骸を運び込んでいるところだった。
・2017/8/24、誤字修正





