321 - 「鉱業都市パール」
イーディス領の北部、領堺に連なる山岳地帯――スカイクレイパル山脈。
鷲獅子ですら避けて通るほどの巨大な山々の麓には、鉱業で栄えた鉱業都市パールがある。
マサトたちは休憩のため、その都市の酒場――採掘の海に立ち寄っていた。
召喚モンスターたちは山岳地帯へ隠し、洗脳状態にあるヴィリングハウゼン組合員数名は別の場所で休息を取らせているため、酒場に入ったのはいつもの7名だ。
年季の入った木のテーブルに、この酒場の名物料理――メカジギマグロのステーキや、麦酒などの飲み物が運ばれてくると、皆の顔色は明るくなった。
「それで、どの経路で帝都まで行くつもりだ? 空は避けるんだろ?」
ヴァルト帝国、元第一位王位継承の王子、グリフィス・キング・ヴィ・ヴァルトことキングが、小麦色に輝く麦酒の入ったガラス製のジョッキを片手にマサトへ問いかける。
イーディスで大暴れした一行だったが、追手が来ないことは領主ロリーナとの取り決めで分かっていたため、気楽なものだった。
問題の金色の鷲獅子騎士団も、帝都と南部を遮断するように連なっている広大なスカイクレイパル山脈を越えるには多くの時間を必要とするため、休息を挟むだけの余裕はあるだろうという判断で、今に至る。
マサトは、シャルルに口元を拭かれたことで慌てたヴァートから視線を離し、キングの質問に答えた。
「迂回はしない。空から行く」
その回答に、キングがぎょっとする。
飲みかけていたジョッキを木の机の上に戻すと、マサトへ聞き直した。
「お、おいおい、それじゃ本気で金色の鷲獅子騎士団とやり合うつもりか?」
「そのつもりだ。ロリーナとも、そう約束した」
約束、という単語に、キングがなんとも言えない表情に変わる。
マサトが約束を守る性格だということ自体は、キングにとっても大きなメリットがある。
そのため、約束を破れとは言いにくかったのだ。
だが、今回はそれでも食い下がった。
「約束を守るのは大いに結構だが、それは悪魔たちに任せて、俺たちは迂回するとかじゃ駄目か?」
キングには、空を飛ぶ術がない。
そのため、金色の鷲獅子騎士団との空中戦ともなれば、足手まといになることは必至。
空を飛べないことが理由で置いていかれるのはもう懲り懲りだと、反対していたに過ぎない。
それは、最上位支援魔法師であるララも同じだが、ララは何食わぬ顔で出された料理を頬張っていた。
マサトが答える。
「それも考えたが、これを機会に邪魔者を一掃した方が今後の憂いもなくなると判断した。不安ならここに残ってもいいが」
「うっ……」
痛いところを突かれたキングが一瞬言葉に詰まる。
「ふ、不安ってわけじゃねぇんだけど、ほら、俺とかララは……な?」
皆まで言わず、キングがララに助けを求める。
――が、ララは素っ気なかった。
「ララは気にしないかしら。振り落とされないようにしっかり掴まってる自信はあるのよ」
小人族であるララは、体も小さく、体重も軽い。
それに加えてララは、他人に頼ることに対しての負い目やら恥といった感情には非常に無頓着で、図太い神経の持ち主である。
ララの中では、すでに誰かに背負ってもらうことが確定していた。
もちろん、誰もララを背負って飛ぶなど口に出してはいない。
イーディスからパールまでは、キングもララも上級悪魔に運ばれてきたため、その流れで次も運んでもらえると考えているのだろう。
ララじゃ話にならないと判断したキングは、空を飛ぶ術をもっていないもうひとりの人物、イーディスの案内役として後家蜘蛛から派遣されたアシダカへと矛先を変えた。
「あ、あんたはどうなんだ?」
話を振られると思っていなかったアシダカが、糸のように細い目を少しだけ見開いて驚くも、すぐ元の表情に戻り、淡々と答えた。
「私、ですか? 私はマサト様のご方針に従うまでです。ですが、空となると、飛べない私は足手まといになってしまいますので、ここで一旦お別れし、私は私がすべき任務へと戻ろうかとも考えております」
アシダカの回答に、マサトが応じる。
「そうだな。分かった。今まで助かった」
「お役に立てたのであれば、幸いでございます」
マサトに感謝されたアシダカが、席に座りながら深々と頭を下げる。
その顔は、いつもの作られた笑顔とは違い、どことなく満足気だった。
一方で、キングの表情に焦りの色が濃くなる。
「お、俺は付いていくからな? 次はちゃんと乗り物用意してくれるんだろうな? な?」
身を乗り出して懇願してきたキングに、マサトが少し面食らいながら答える。
「乗り物か……」
始めは上級悪魔に乗せれば良いと、深く考えていなかったマサトだったが、改めて考えてみれば、上級悪魔は貴重な主戦力である。
間違いなく最前線での攻撃役として暴れさせることになるだろう。
そうでなくとも、上級悪魔は体格も大きく、一般的な脅威度も高いため、後方に控えさせていたとしても否が応でも目立ってしまう。
敵のターゲットにされる可能性は高い。
となれば、上級悪魔に運ばせるのは自殺行為で、敵の追撃から離脱できるような機動力重視の乗り物が別にあった方が良いだろう。
「少し考える」
「お、おう」
ひとまず納得したキングを余所に、マサトは手持ちのカードを確認し始めた。
キングのように体格の良い成人男性を乗せて飛行が可能、且つ機動力が高いモンスターとなると、候補はかなり絞られる。
(思ったよりも少ないな……)
ざっとリストを順に確認した結果、見つかった目ぼしい候補は、3枚。
走り回るファージ、冥界のファージ、そして、金箔付きドレイクだ。
・【UC】 走り回るファージ、3/2、(黒×2)、「モンスター ― ファージ」、[飛行] [他の召喚呪文行使:手札帰還、ライフ3点を失う]
・【SR】 冥界のファージ、2/2、(黒×3)、「モンスター ― ファージ」、[飛行] [冥界のファージが死亡した状態で、いずれかのファージが死亡した場合、冥界のファージを場に戻し、ライフ2点を失う]
・【SR】 金箔付きドレイク、3/3、(青×3)、「モンスター ― ドレイク」、[召喚時:モンスタートレードLv5] [飛行]
走り回るファージは、手頃に試すことができる召喚コストの軽さが売りの飛行モンスターだが、他のモンスターを召喚したら手札へ帰還してしまう強いデメリットがある。
仮に間違って召喚を行使しようものなら、キングとララは地上へ真っ逆さまだ。
これはさすがに双方のリスクが高すぎると、即座に却下する。
次の候補は、冥界のファージだ。
(迷いどころだな……)
性能としては問題なさそうだが、冥界のファージが死亡したあとに、他のファージが死亡した場合、その死亡起因で勝手にライフを削って場に戻ってきてしまうリスクがある。
非戦闘時であれば大したリスクにはならないが、首領タコスとの一戦のように、再びぎりぎりの戦いになるようなことがあれば、この手の意図しないライフロスで死亡もあり得る。
(残ライフ管理に今以上の気を配らなければいけないのは辛いな。キングを運ぶだけの理由で、このリスクを背負うのは割に合わない)
冥界のファージも却下だ。
一応候補にはあげてみたものの、走り回るファージも冥界のファージも、個体サイズは下級悪魔と中級悪魔の中間くらいのはずで、体格の良いキングを背負って本当に素早く飛行できるのか?という根本的な問題もある。
(結局は、この一択か)
最後の一枚を眺める。
金箔付きドレイク。
マサトにとって感慨深いカードのひとつだ。
[モンスタートレード] という、対戦相手のモンスターのコントロール権を強制的に交換してしまう能力をもつモンスターは、その固有名称から金箔付きシリーズと呼ばれている。
金箔付きシリーズは、登場当初こそ、ハズレレアの部類に入るほど評価の低いカードだったが、カードバリエーションが増えていくにつれて、ユーザー間の評価が見直され、対戦で成果を残す者たちが増えたことで、シリーズ化されるに至った歴史がある。
金箔付きドレイクは、そのシリーズ最初のカードだ。
この金箔付きシリーズのアイデンティティは、まさしく相手のモンスターを奪うことにあるため、金箔付きモンスターで直接戦うことはほぼない。
なぜなら、モンスタートレード効果によって、金箔付きモンスター自体が、相手のモンスターになってしまうからである。
しかし、相手にコントロール権が移った金箔付きモンスターは、手札送還などの魔法で簡単に手札へ戻すことができる。
つまりは、金箔付きモンスターが出た時点で、相手は自分のモンスターだけ奪われて、自分には結局何も残らない、という状況を作ることを基本コンボとしたカードなのだ。
相手にとってはストレス以外の何者でもないだろう。
金箔付きドレイクは、相手の戦力を奪える貴重なカードではあるが、今回はこのトレード効果が逆に邪魔になるのだから、人生何が起きるのか分からないものである。
(さてどうするか。誰を対象にして試せば良いのかが最大の問題だ)
ゲームであれば、明確に対戦相手が存在したが、今は違う。
仮にモンスタートレードの対象が取れなかった場合、ME基準であれば、条件未達で召喚が失敗に終わる。
(試してみるしかないか……)
どうやって試そうか考えていると、酒場に冒険者らしき者たちが、大声で笑いながら入ってきた。
先頭の大男2人のうち1人は、灰色の髪に、うなじから肩にかけて伸びる灰色の鬣が印象的で、大剣を背負っている。
もう1人は両手斧を軽々と肩に担いだ巨漢だ。
どちらも戦士職だろう。
その背後から、大きな荷物を背負った小柄な女性がひとり。
白髪に所々黒髪が混ざっており、こちらもうなじから肩にかけて黒い鬣が生えていた。
首輪をしていることから、恐らく奴隷だろう。
その女性のあとに、猫背の男が続く。
男3人は獣顔だが、女性だけは人族に獣耳を生やした容姿だ。
すると、マサトの視線を察したアシダカが小声で説明し始めた。
「あれは、このパールを拠点に活動するBランクパーティ――灰色の掃除人ですね。元々は猫人族の3人パーティでしたが、元荷運び代行屋を奴隷として引き取ったようですね」
「荷運び代行か」
マサトはすぐ理解したが、ヴァートにはよく分からなかったようだ。
ヴァートが話に割って入る。
「荷物を持つだけの人ってこと?」
アシダカがヴァートにも分かるように丁寧に答える。
「はい、炭鉱には貴重な鉱石資源だけでなく、多様なモンスターも生息しています。地下へ潜る過程で、鉱石資源だけでなく、多くのモンスター素材も採取可能ではありますが、人が持ち帰れる量には限りがあります。更にはダンジョンと違って途中帰還できる場所はありません。そのため、1度の探索で少しでも利益効率があがるようにと、炭鉱へ潜るときは荷運び専門のメンバーを雇うのが主流になっているのです」
「へぇー、そうなんだ。じゃあみんな連れて行ったら、たくさん持ち帰れるね」
ヴァートの無垢な感想に、マサトが口を挟む。
「それはどうだろうな。荷運び代行といっても、実力がある者であれば依頼料も高額になるはず。依頼料を抑えたいなら、必然的に荷運びしかできない者を連れて行くことになると思うが、だからといって、戦えない者を大勢連れて行っても逆に効率が落ちるだけだろう」
「なるほどなぁ」
ヴァートが納得顔で頷く。
だが、すぐ何かを思い付いたのか、アシダカに聞き直した。
「じゃあじゃあ、収納系の魔導具を大量に持って入ってるのが一番効率が良かったり?」
「良い着眼点ですね」
アシダカが柔和な表情で答える。
アシダカは良い教師になれるだろう、とそんな感想を抱きながらも、マサトもアシダカの話に再び耳を傾ける。
「ヴァート様がおっしゃったように、収納系の魔導具があれば、より効率的に資源を持ち帰ることができるでしょう。しかし、その手の魔導具はとても希少で価値が高いのが現状です。それだけ価値の高いものを大量に持ち歩くのは、かなりのリスクが伴うとも言えますね。道中の敵は、必ずしもモンスターだけとは限りませんから」
「だよねぇ。お宝探しに行くより、お宝を大量に持って帰ってきたパーティを襲う方が楽そうだし」
核心をついているとはいえ、無垢な感じでとんでもないことを言うヴァートに、マサトが少しばかり驚かされる。
パークスとの長旅で色々学んできた結果かと、マサトが横目でパークスを見ると、パークスは当然だと言わんばかりの表情で静かに頷いていた。
アシダカが説明を続ける。
「荷運び代行屋は、よく魔持ちとも呼ばれますが、荷運びが主な役割ですから、その多くが貴重な収納系の魔導具を所持していることが多いのです。魔持ちにも、希少な魔導具で身を固めた高ランク冒険者はいますが、この炭鉱で活動する荷運び代行は、まだまだ未熟な者たちが大半を占めるのが現状です」
高ランク冒険者が潜るには、この炭鉱は費用対効果が悪いのだろう。
マサトがアシダカに聞く。
「ここの炭鉱より、イーディスのダンジョンに潜る方が稼げるからか?」
「おっしゃる通りです。ダンジョンにもリスクはありますが、途中帰還できる最大の利点がありますからね。大抵の冒険者や荷運び代行は、リスクも低く、利益効率も良いダンジョンを選ぶでしょう。ただ、一定水準以下の荷運び代行にとっては、ダンジョンも炭鉱もリスクは変わりません」
「騙されたり、襲われたりするリスクが変わらないなら、金に困った弱者は単純に稼ぎの良い方を選ぶだろうな。それが例え罠だとしても構わず。闇ギルドが好みそうな環境だな」
「はい」
弱者や貧困は金になる。
現代でも弱者ビジネス、貧困ビジネスと言われる悪質事業はあった。
貧困層をターゲットに、貧困からの脱却に貢献するようにみせて、実際には困窮した状態から抜け出せないように支配しつつ、不当に利潤を得るビジネスのことだ。
法の支配が緩いこの異世界であれば、金に困った者たちから、労働力などの “金に代わるもの” を奪い続けることは容易いだろう。
マサトとアシダカのやり取りについていけなくなったヴァートが聞き返す。
「え、闇ギルド? なんで?」
アシダカが声のトーンを少し落として答える。
「ひとつ、例え話をしましょう。収納系の魔導具は高価だという話はしましたね?」
「うん」
「では、私がその高価な魔導具を、金に困った者たちへ、荷運び代行の仕事とともに貸し出すとします」
「うん」
「ただ、貴重な魔導具を持って逃げられると私も困りますので、この仕事は “複数名での連帯責任契約を結んだ上での依頼” とすることにします」
「えっと、依頼を受けるには、一緒に仕事してくれる人を探さないといけないってこと?」
「そうです」
「でも、それだと中々受けてくれる人がいないんじゃない? 仲間集めって大変だし」
「おっしゃる通りです。では、私は依頼額の引き上げとともに、興味を持った人たちへ、一緒に仕事を受けようと誘う仕込み役を雇うことにしましょう。これならどうですか?」
「え、おれならそんな怪しいやつと一緒に依頼は受けないけど……でも、それでも他に仕事がなくて、更に報酬も良いなら、ちょっと受けてみようかなって気持ちになるかも……?」
「自身の場合だけでなく、客観的に他の人はどう考えるだろう?と想像する力はとても大切です。これができない人も多いですから。ヴァート様、その調子ですよ」
こまめに褒めることを忘れないアシダカに、ヴァートも乗せられていく。
「では、この依頼を受けた人がどうなる危険があるか?を、想像することはできますか?」
ヴァートが少し固まり、想像できたのか元気に答える。
「分かった! 仕込み役の人が逃げるんでしょ!? それで連帯責任ってことで、依頼を受けた人に逃げた人の分の借金を押し付けるとか!? どう!?」
「正解です。ヴァート様は将来有望でいらっしゃいますね」
「よっしゃー!」
ヴァートが喜び、アシダカが拍手で称える。
酒場の喧騒の中で、そのやり取りは隣の席にすら聞こえないほどの声量だったはずだったが、マサトたちの会話に割り込んできた者たちがいた。
先程酒場に入ってきた猫人族のパーティだ。
そのうちのひとり――猫背の男が、木のテーブルに乱暴に手をつくと、マサトたちを胡乱な目つきで一瞥しながら凄んだ。
「気に入らねぇな。お子様連れでお勉強会か? 舐めてんのか? オイ」
明けましておめでとうございます。
2024年も、よろしくお願いいたします。
▼おまけ
【UR】 猫背の鬣犬、ヤイロ、2/1、(黒)(2)、「モンスター ― 猫人族、盗人職」、[地獄耳Lv3] [俊足Lv2] [気配察知Lv1]
「見た目が犬人族に近いことから、昔は鬣犬人族とされていた種族だが、祖先は麝香猫人族に属することが分かり、今は猫人族と一括りにされている。臭覚よりも聴覚が優れていたりと、猫人族としての特徴の方が強い――獣人研究者アカ・ゴツキ」
【C】 知識の盾、(青)、「エンチャント ― モンスター」、[精神異常耐性Lv3] [耐久Lv1]
「恐怖は理解することで予防できる。理解できないことが恐怖であるなら、理解できないと理解し、受け入れれば恐怖はなくなる――青の大魔導師、ポット・クェの講義」
【C】 メカジギマグロのステーキ、(0)、「アーティファクト ― 消耗品、食料」、[一時心肺能力強化Lv1] [耐久Lv1]
「うちの自慢料理はこいつだ! 炭鉱直送、新鮮なメカジギマグロのステーキ! あ? 馬鹿言え、炭鉱に魚なんぞいるか! メカジギマグロって言ったら、炭鉱ワームのメカジギに決まってるだろ! もしや知らんのか?――鉱業都市パールの酒場、採掘の海の店主、カジキ・ウミ」
★ 挿絵カード(WEB版オリジナル)、pixivにて公開中 ★
https://www.pixiv.net/users/89005595/artworks
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