154 - 「オーニソプター」
ゆっくりと昇り始めた陽の光を身体全体で受けると、靄のかかった思考が徐々に覚醒していくような感覚になった。
「身体は怠いけど、朝陽は綺麗だなぁ……」
黒死病の影響か、なんだか熱っぽい。
耐えられないほどではないが、ずっと思考に靄がかかったようになり、上手く集中できない。
それだけでなく、ふとした瞬間に睡魔に襲われ、寝落ちのようになることまで起き始めた。
これは流石に不味いと、夜が明ける前に禿山を飛び出してきたのだが、体調は時間の経過とともに悪くなる一方だった。
今は真紅の亜竜の背に乗り、サーズを東へ大きく迂回するように移動している。
禿山には、オラクルを置いてきた。
もちろん、ヴァーヴァとタドタドも禿山に置いてきた。
礼拝堂の守護霊は、姿を消しているが俺の側についている。
結局、あの後再び目を覚ましたヴァーヴァに朝まで搾り取られ、[黒死病] がLv3まで成長してしまった。
俺の肌に浮かんだ黒い斑点を見たヴァーヴァが、「その程度じゃ死にはしないよ!」と言っていたが、タドタドは「そうやってどれいたちは、みんなはしんでいったど」と正反対のことを言っていた。
恐らく、タドタドが正しいのだと思う。
現に、朝目覚めたらライフが3ほど減っていたし。
ここの住人にとっては即死レベルだろう。
目を覚ましたヴァーヴァが、俺の身体が冷たくなっていないことに驚いていた気もする。
いや、確実に驚いていた。
その証拠に、俺が生きていることを喜んだヴァーヴァが更に――いや、もうこの話は止そう。
感染した黒死病は、俺が考えた以上に厄介なものだった。
薬学者の二人に作らせた万能薬もどきが効かなかったからだ。
確かに、使った万能薬は、まだ不完全な試作品だった。
とはいえ、6等級までの状態異常を回復させる代物だったはずなので、黒死病は5等級以上の状態異常ということになる。
つまりは、この世界で黒死病の治療方法を探すのは難しい疫病だということだ。
薬学者の二人に治療できなければ、間違いなく俺は死ぬ。
「我ながら浅はかだった……」
一瞬の快楽のために、欲に身を任せてしまった代償は重い。
最高に気持ち良かったのは間違いないが……
女性経験の少なさ故に、それまで燻らせて肥大化してしまった性欲の塊が、ここ数日の経験を経て解放され、手がつけられない状態になってしまったというかなんというか……
ごめんなさい。
言い訳です。
「はぁ…… 早くエドワードとフレードリッヒに治療してもらわないと」
黒くなった皮膚をぼりぼりとかく。
黒い皮膚の正体は、皮下にできた黒い出血斑だ。
黒死病といわれる起因となった症状であり、このまま放っておくと、手足が壊死し、全身が黒いあざだらけになって死亡するといわれる。
ペスト菌による感染が原因なのだが、性接触で黒死病のLvが上がったということは、ヴァーヴァは背赤同様に、特殊な適性持ち――ペスト保菌者なのだろうか。
それとも、ペスト菌に似た何か別の病原体か。
ゴブリンや地獄の猟犬が、この黒死病を発症していない理由も分からない。
「俺が黒死病に最初に感染した時に受けたあの黒い煙。あれ、タドタドも一緒に受けてたはずなのに、タドタドは元気だったんだよな。もしかしてヴァーヴァはペスト菌を操れたのか? それとも、ゴブリンや地獄の猟犬には抗体がある?」
ここらへんの情報は、忘れずに薬学者の二人に伝えよう。
治療の役に立つかもしれない。
「はぁ…… ヴァーヴァかぁ…… どうするのが正解だったのか……」
ヴァーヴァは見た目も言動も荒々しいが、不思議と邪悪な感じはしなかった。
どちらかというと、育ってきた境遇が酷かったたせいで、強く生きるために性格が極度に歪んだレディースという感じだ。
ヴァーヴァがペスト保菌者であるなら、そのヴァーヴァが街に住んでいただけで、それは大問題になるだろうことは容易に想像できる。
ペスト保菌者など、最悪でも隔離して幽閉だ。
この世界なら速攻で火炙りにでもされて終わりだろう。
過酷な人生だったに違いない。
本人に聞いた訳ではないが、何となく想像できる。
どうせ聞いても答えてくれない。
因みに、ヴァーヴァは黒死病の治療については無知だった。
適性であれば、背赤同様に解呪で適性を消してやることもできるが、これは追々でいいだろう。
禿山に引きこもって静かに暮らしていたいらしかったので、今はそっとしておく。
ローズヘイムに連れてきたら連れてきたで修羅場になりそうだし……
なぜなら、ヴァーヴァにローズヘイムへ戻ると切り出した時は暴れて大変だったのだ。
数時間一緒にいただけなのに「アタシを捨てるって言うのかい!? ふざけんじゃないよっ!!」と恐ろしいことを言っていた。
とはいえ、このまま黒死病を治療しないと俺が死ねるので、「黒死病を治療したらまた来る」と何度も約束したら渋々納得してくれた。
オラクルはその人質として置いていくものだと勝手に勘違いしたらしい。
オラクルは「このおねえさん相手なら、間違ってもぼくが倒されることはないですね」と断言していたので大丈夫だろう。
「はぁ…… それでも、オーリアとノクトがローズヘイムに帰ったら、やっぱりややこしいことになるんかな……」
先のことを考えると溜息が出る。
サーズにいるオーリアとノクトは、ベルが灰色の翼竜で迎えに向かった。
ベルには永遠の蜃気楼が護衛でついているので、大抵の問題には対処できるはず。
問題は起きないだろう。
ついでに、薬学者の二人にも、黒死病の特効薬が至急必要になったからと、街から隔離された場所へ緊急治療場を作って待機せよと指示しておいた。
あの二人なら、また俺の身体で実験ができると今頃喜んでいることだろう。
今はそれが頼もしくもある。
「はぁ……」
再び溜息を吐く。
身体は怠く、節々が痛い。
ただ、気分は憂鬱でも、視界に広がる異世界の朝陽は素晴らしく綺麗だった。
熱のこもった身体に、冷んやりと当たる風が気持ちいい。
後は、お世辞にも乗り心地が良いとは言えないガルの乱飛行がどうにかなれば……
滑空しているときは良いが、羽ばたいているときの上下の揺れが酷い。
健康体のときは然程気にならなかったが、黒死病のせいで不調の今は、その揺れが地味に辛いのだ。
「しかし、なんつーか。異世界ってだだっ広くて、集落とかほとんどないのな。ここが地方で、たまたまそうなのかもしんないけど」
人気のない平地に目を向ける。
すると、遠方に土煙をあげながら走る幌馬車が視界の端に入った。
四頭の馬が引いているその幌馬車は、後方に付属車を連結している。
更にその後方には、数匹の野犬が追従しており、幌馬車の進路方向――数百メートル先にも、同様の野犬が彷徨いているのが見えた。
「野犬に追われてるのか。あのままじゃ挟み撃ちされるな…… しゃあない。助けてやるか。ガルに乗ったまま近付けば野犬くらい逃げるだろ」
真紅の亜竜の背をポンポンと二回叩く。
身体に少しの浮遊感を感じ、直後、全速力で走る幌馬車へと進路を変え、滑空していった。
◇◇◇
「だ、旦那ぁ、このままじゃおいつかれちまう! 積荷と付属車を捨てて速度を上げなきゃおれたちお終いですぜ!?」
「バカ言うなっ! 積荷を捨てて明日をどう生きろってんだ! 積荷を捨てるときは俺らが死ぬ時だと思え! 付属車ももちろん駄目だ!!」
「そ、そんなぁ!?」
小柄な男が悲壮な表情で狼狽えている。
一方で、大柄な男は手綱を必死に振るいながら、バテ気味になりつつある馬を追い立てていた。
「こ、このままじゃ馬が先に死んじまうっ!」
「うるせぇっ! 馬が先ならまだいいだろ! 俺らが先じゃないならなっ!」
「んな、むちゃくちゃな! 馬の次は間違いなくおれたちですぜぇっ!?」
「じゃあ他に手があんのかよっ!? 追い付かれても終わりだろうが!!」
「だからそれなら、まず積荷を、いや付属車を捨てちまいましょうって!!」
「バカ野郎っ! それは駄目だと何度言ったらっ……」
「あ…… 言わんこっちゃねぇ! 馬がバテちまった!」
無情にも、幌馬車を引いていた馬がバテ、目に見えてわかる程に速度が落ちていく。
「ど、どうするんでぇ!? 旦那ぁ!?」
「バカ馬! 何へばってやがる! 速度を落とすなっ! 犬どもに喰われてぇのかっ!?」
「旦那が早く付属車を切り離して、積荷を捨てときゃ良かったんだ!!」
「うるせぇっ! あれがどれほど貴重なものか、おめぇ分かってねぇからそんなことを言えるんだぞ!?」
「知らねぇっすよ! だって旦那教えてくれないじゃねぇですか!!」
「それが言えねぇ程のもんなんだよっ!!」
「命以上に重要なものなんてあるかボケぇ!!」
「なっ!? てめぇ、俺に向かってなんて口を!!」
「うわぁああ!? 犬どもが近付いてきたぁあ!?」
「くっ…… お、おいおい…… 嘘だろ……」
「旦那ぁ! もう少しで追い付かれ…… え……」
大柄の男が前方を見て固まり、それに遅れるようにして、後方から前方へと振り返った小柄な男が前方を見て固まる。
そこには、先回りした野犬の一団と、リーダーらしき大柄な狼が一匹、向かってくる幌馬車を見据えて待ち構えていた。
「お、終わった…… あいつら、群れる猟犬だったのか…… 道理で組織だった嫌らしい動きをしやがる訳だ……」
「旦那ぁ!? 関心してる場合じゃねぇですって!!」
「くそっ! こうなったら破れかぶれだ! あれを使ってやる!!」
「な、なにする気っすか!? まだ奥の手が!?」
「付属車に移るぞ! 俺が積荷を解く間、てめぇは犬どもが近づかないように見張ってろ!!」
「んなむちゃくちゃなっ!!」
「うるせぇっ! やれっ! じゃなきゃ死ぬぞ!!」
「あっダメ! 無理! もう飛び掛かってきちまう!!」
幌馬車が完全に動きを止めると、疲労困憊した馬が足を折り、地面に転がった。
動きの止まった幌馬車へ、今が攻め時とばかりに群れる猟犬達が迫る。
「がぁー!? 間に合わせろぉー!!」
「無理無理無理! 来んな来んな来んなぁあ!?」
群れる猟犬達が幌馬車へ飛びかかろうとしたその瞬間、障害物のない、雲一つない晴れた上空から、一つの影が落とされた。
一斉に身を屈め、全身の毛を逆立たせて空に最大限の注意を向ける群れる猟犬達。
その異変に、幌馬車の中にいた男二人もすぐに気が付く。
「なんだ!? 犬どもは何を警戒してやがる!?」
「旦那ぁ…… お、おれは嫌な予感しかしねぇよ…… お、お願いだから、今のうちにその秘密兵器とやらを出してくれ!!」
「そ、そうだったな!」
男二人は焦りながらも幌馬車から後方の付属車へと飛び移る。
そして、そこでようやく上空を旋回する何かに気が付いた。
「だ、旦那ぁ…… あ、あれ……」
「お、終わった…… 今度こそ、本当に終わった……」
上空には、真紅の巨体に、大きな翼を広げたドラゴンが、朝陽を浴びながら雄々しく羽ばたいていた。
◇◇◇
「上空を旋回するだけじゃ逃げないな。馬が潰れたみたいだから、少しくらいなら咆哮も平気か?」
少し考えて、真紅の亜竜にはちょっとした微調整や手加減ができないという過去を思い出して止める。
「いや、馬へのトドメの一撃になりかねないから止めておこう。犬は…… いいや、逃げないなら駆除すっか。ガル」
マサトの指示を受けた真紅の亜竜が、群れる猟犬の中でも一際体格の大きな個体へ狙いを定め、急降下を始める。
すると、群れる猟犬達も生命の危機を察知したのか、それぞれが違う方向へ一斉に逃げ出した。
「賢いな。まぁそれもリーダー格を仕留めれば大人しくなるだろ」
一直線に逃げる群れる猟犬の一匹へ、一気に間合いを詰める。
そのすれ違い様、真紅の亜竜の鋭い鉤爪のついた後脚が、逃げる群れる猟犬の背を捉えた。
背中を掴まれた群れる猟犬が、キャィンと鳴き声をあげて必死にもがくも、次の瞬間には、真紅の亜竜の凶悪な顎に頭を噛み砕かれて絶命した。
ぶちぶちと肉を噛みちぎる音の後に、ボリボリと骨を噛み砕く音が続く。
真紅の亜竜は、思わぬご馳走にありつけて満足そうだ。
「腹減ってたのか。じゃあ、そのまま幌馬車へ向かって」
群れる猟犬は追い払ったため、このまま引き返しても良かったのだが、助けた人物がどんな人なのか気になり、真紅の亜竜に指示を出して幌馬車へと向かうことにした。
馬車の上空へと戻ってくると、男二人組が付属車の上で何かに乗り込もうとしているところだった。
「なんだあれ……」
メタリックな楕円状の入れ物に、虫の羽みたいなものが複数折り畳まれた状態でついている。
その入れ物に男達が慌ただしく乗り込むと、少しして両サイドについた羽が広がり、ブーーと音を立てて高速で振動し始めた。
「なっ!?」
見た目は違うが、ナウ◯カで見たような形状の飛行装置に、度肝を抜かれる。
「す、すげぇ!!」
その乗り物は、ふらふらしつつも、少しずつ上昇し始めていた。
男達の騒がしい声が聞こえてくる。
「あ、う、浮いてる!? おれたち浮いてる!?」
「そのために起動したんだろアホんだらぁ! 少しは黙ってろっ! こっちは必死にバランス取ってんだぞっ!!」
「だ、旦那ぁ!? ふ、ふらついてる!!」
「う、うるせぇ! 初めてでここまで動かせただけでも奇跡と思いやがれっ!!」
「あ、あ、あ……」
「だからうるせぇって!」
「ち、違う! 前、前だ! ド、ドラゴンが! いやドラゴンに! ドラゴンに人が!?」
「な、なんだとっ!?」
男達と目が合う。
「どうも」
手を上げて軽く会釈する。
男達が乗った乗り物と同じ高さまで、真紅の亜竜に下がってもらったため、目線は同じ高さにある。
真紅の亜竜はホバリング中のため、こちらは結構激しく上下してはいるが。
「………………」
返事はない。
男二人は、大きく口を開けながら、こちらに向けて間抜け面を晒している。
(あー、ドラゴンに驚いてるのか。まぁそりゃ驚くよな。えーっと、そういえば、王らしく振る舞えとレイアとトレンに言われてたっけ…… 王らしく…… 王らしく……)
一言、ゴホンと咳を挟む。
「取り敢えず、群れる猟犬は追い払った。もう近くに危険はない。だから、少しだけ下で話さないか?」
「あ、ああ……」
操縦席に乗っていた大柄の男が、ぎこちなく答える。
まだ状況を理解できていないらしい。
「先に降りてる」
空中でホバリングし続けるのも大変なので、先に着陸。
着陸するや否や、真紅の亜竜が、ゆっくりと味合うように群れる猟犬を咀嚼し始めた。
落ち着いて食事ができるのが嬉しいようだ。
そんな真紅の亜竜が可愛く思えて、自然と笑みが漏れる。
「よしよし」
「フンスッ」
背中を撫でてやると、上機嫌に鼻から炎を噴き出した。
「お前は主人が黒死病で苦しんでるのに、呑気だな」
「グウウ」
低い唸り声とともに、半目を向けてくる真紅の亜竜。
「そっすね。自業自得っすね。ってか、遅いな。何ちんたらしてんだ?」
見上げると、先ほどの位置から動いていないようにも思えた。
「おっと、今のうちにマナ回収しておこう」
真紅の亜竜が食事中の群れる猟犬に向けて、手をかざし、マナを引き寄せるイメージをする。
すると、緑色の光の粒子が舞い上がり、胸へと吸い込まれていった。
「緑マナか。まぁそうだと思ったよ」
それから更に待つこと数分。
上昇した時間の倍かけてゆっくりと下降してきた飛行物体は、最後の最後で横倒しになり、羽を大破させながら盛大に転がった。
「お、おいおい…… 凄い勢いでクラッシュしたけど無事か?」
走って駆け寄ると、大破した入れ物から、頭から血を流した二人が顔を出した。
「な、なんとか……」
「旦那ぁ! なんで最後の最後で転がしたんだよっ!!」
「うるせぇっ! 停め方が分からなかったんだよ!!」
「だとしても、あんな停め方があるかぁっ!?」
「て、てめぇはさっきから俺に何て口を聞きやがるんだ! ただじゃおかねぇぞっ!!」
勝手に口論を始めてしまった。
まぁ元気に喧嘩できるくらいなら大丈夫だろう。
「大破したこの乗り物、これは…… まさか羽ばたき飛行装置では?」
「なっ!? なぜそれをっ!?」
「おーにそ…… なに? なんすかそれ」
旦那と呼ばれた大柄の男の方が、驚きで目を見開いている。
小柄な男は、左右の目の大きさを変えて思案顔だった。
羽ばたき飛行装置とは、MEでも有名な装備品の一つだ。
マナなしで召喚でき、装備コストもない。
その代わりに、能力は [飛行] のみで、人族しか装備ができない。
耐久Lvは1と低く、かなり壊れやすい上に、VRモードだと操作が難しいという玄人向けのカードでもあった。
「昔、見たことがある」
「そ、そうだったのか」
「この装置、どこで手に入れた?」
「そ、それは言えねぇな」
「ちょっ!? 旦那ぁ!? 命を助けてくださった竜騎士様に対して失礼でしょ! 全く…… あ、竜騎士様、これは北の遺跡で発掘された代物らしいですぜ」
「て、てめぇ! なんでバラしちまうんだ!?」
「旦那ぁ、あんたは竜騎士様のドラゴンに食われたいんですかい? 強欲も行き過ぎると死にますぜ? おれはそこまでお供できねっすから」
「こんのやろぉ……」
大柄の男が顔を真っ赤にして怒っているが、突然肩を落としながら溜息を吐くと、おでこに手を当てて頭を振り始めた。
「悔しいがサルの言う通りだ。すまねぇな。助けてもらったのに。俺はカーニルだ。旅商人をやってる」
「誰がサルだ! あ、竜騎士様、おれはサールと言います。以後良しなに」
「ああ、俺は……」
名乗ろうとして思い留まる。
(王が黒死病ってどうなんだ……? もしかして、名前は伏せた方がいい? まぁガルに乗ってるし、すぐバレると思うけど、取り敢えず黙っておくか)
「いや、名乗るほどの者じゃない」
差し出された手をやんわりと拒否する。
握手程度で感染しないと思うが、リスクは少ない方がいい。
相手に黒死病が感染したら危険だ。
「へ?」
サールが呆気に取られ、カーニルが出した手を気まずそうに頭へ持っていき、微妙な顔をした。
「すまない。厄介な疫病に感染していてね。接触は避けた方がいい」
「あんたのその首…… まさか黒死病か?」
「なっ!? 黒死病!?」
サールが驚き、後退る。
「そう。黒死病。だから長居はしないつもりだ。いくつか教えてくれればそれで満足する」
「そ、そうか……」
カーニルが深妙な顔をして視線を下げた。
「それで、他に何が聞きたい? 命を助けてもらった礼だ。知ってることならなんでも教えてやる」
「助かる。それなら、羽ばたき飛行装置を発見した正確な場所を。北の遺跡とは?」
「北の遺跡ってのは、蛙人達が占拠しているウンカって遺跡だ」
「ウンカ…… 蛙人が占拠している場所からどうやってそれを?」
「あんた知らないのか? 今は公国に占領されちまったが、アローガンス王国が北の蛙人殲滅のために大軍で侵攻していた時があっただろ。あの時にウンカ遺跡も王国領になったんだ。王国がなくなり、北へ侵攻していた軍が引いた影響で、今は再び蛙人達に占領されちまったがな」
「そうか。なるほど。で、その羽ばたき飛行装置を護衛もなしに何処へ運んでいたんだ?」
「はぁ、これも言わなきゃいけねぇのか。そうだな。男に二言はねぇ。これはな、公国へ高く売り付けるつもりだったんだ。あそこはこの手の古代魔導具をかなり高く買い取ってくれるからな。あの大破した羽ばたき飛行装置でも、高く売れるだろうよ」
「まぁそうなるか。そうであれば、その装置は言い値でローズヘイムが買い取ろう」
カーニルとサールが驚き、目を見開く。
「おいおいおい、買い取ってくれるのはありがてぇが……」
「や、やっぱり! 竜騎士様はローズヘイムの重役でしたか! いやぁ、この辺で竜騎士なんてローズヘイムしか考えられないですからね。かの土蛙人の大軍を阻止した奇跡の王――マサトが興した新興国にして、竜騎士を保有する唯一の国! 領地の少ない新興国ながら、公国の進軍をも簡単に退けたという噂を、今やこの大陸で知らない者はいないですぜ? 吟遊詩人達が至るところで歌ってらぁ!」
サールが興奮気味に語っている。
だが、次の一瞬で表情が変わった。
「ですがね、竜騎士様。命を助けてもらった手前、ここにあるものは無条件でお譲りしても良いところですが、おれたちはこの積荷を公国に売って、今後の便宜をしてもらうつもりだったんです。何せ空飛ぶ乗り物なんて代物は、安く見積もっても伝説級だ。下手したら神器級かもしれねぇんです。更には、公国はローズヘイムに対しての商いを固く禁じてるんで、おれたちもこれをローズヘイムに売ったとあれば、公国で仕事ができなくなっちまう危険もあるんです。助けていただいたのに、本当に不躾なお願いだと思ってはいますが、その辺、どうか少しだけでもいいんで、ご配慮いただけませんかねぇ?」
「サール…… お前……」
「ああ、それは大丈夫。ローズヘイムに来てくれれば、最大限の優遇を約束しよう」
「その言葉、信じていいんですね?」
「そうだな…… その証拠になるかどうかは分からないが、道中までの護衛を付けておく」
「護衛? そのドラゴンですかい?」
「いや、違う」
マサトが思案顔のサールの隣へ向けて、掌をかざす。
「ゴブリンの弓術手、召喚」
[UC] ゴブリンの弓術手 1/1 (赤)(2)
[弓攻撃Lv1]
掌がぼうっと薄紅色に輝くと、その先の地面に淡い光の粒子が舞い上がり、その粒子が小柄な人型を形取った。
カーニルとサールが驚きに眼を見張る。
集まった光が霧散すると、そこには背丈と同じくらいの大きさの弓をもった小柄なゴブリンが立っていた。
「なっ!? なんだとぉおおおっ!?」
「しょ、召喚んんん!? んんんなむちゃくちゃなぁああっ!?」
サールがよろけながら後退り、カーニルを巻き込んで二人して尻餅をつく。
カーニルがサールをどやすかと思われたが、マサトが行使して見せた召喚術の衝撃が余程大きかったのか、まるで胡座をかいた父親が息子を足の上に乗せてくつろいでいるかのような体勢のまま、二人で仲良く固まっていた。
マサトは構わず続ける。
「このゴブリンと、光の騎士を護衛につける。これでローズヘイムには顔パスで入れるはずだ。念の為、門番には先に伝えておく」
マサトの呼びかけに応じ、礼拝堂の守護霊が姿を現わす。
突然姿を現わした光の騎士に、カーニルとサールが言葉にならない悲鳴をあげた。
「ああ、心配しなくても彼らがあなた達を襲うことはない。俺の命令には絶対服従だ。それに、先ほどの追い払った狼や野犬程度であれば、この二体でも対処可能なはず。安心していい」
「あ、あんたは一体何者なんだっ!?」
「そ、そうですぜ! 竜騎士ってだけでも伝説級の眉唾物なのに、竜騎士が古代魔法である召喚術を使うなんて、生まれてきてからこの方、お伽話でも夢でも与太話ですら、これっぽっちも聞いたことねぇですぜ!?」
「そうなのか……? ああ、そうか…… ちょっと失敗したかな」
目の前で召喚して見せたのは、少々軽率だったかもしれない。
(黒死病のせいか、意識がボーッとして駄目だ。悪寒もするし、これは本格的に熱が出てきたな…… 早く戻らないと)
「今見たことは、口外しないでもらえると助かる。俺はローズヘイムの王、マサトだ」
「お、王様だとぉおおお!?」
「王様ぁあああ!?」
「ははっ、そんなに驚くほどのことじゃないだろ。あー、それと、俺は黒死病に感染しているが、ローズヘイムでは黒死病は不治の病ではない。だから、心配しなくていい」
「なっ!? それは本当かっ!?」
「ちょっ!? 旦那ぁ! 言葉遣い!!」
「あっ! 本当でございますか!?」
「はは、普通でいいって。普通で。堅苦しいのは慣れてなくてね。じゃあ、そういうことで、俺は治療を急ぎたいので先に行く。道中気を付けてな」
「「は、ははぁっ!!」」
仰々しく傅く二人に苦笑しつつ、マサトは真紅の亜竜に飛び乗り、空へと飛び立つ。
その飛び立つ姿を見送ったカーニルとサールは、半ば呆然としながら眼を合わし、同じようにマサトを見送っていたゴブリンと光の騎士を見て、ポツリと呟いた。
「あの兄ちゃん、あのローズヘイムの王だったのか。案外、気さくで良い奴だったな」
「違いねぇ」
サールが尚も話を続ける。
「旦那ぁ、おれは正直、今回の国家戦争、考える余地すらなく公国一択だと思っていたんですが…… これは分からなくなっちまった」
「確かにな。この護衛は監視の意味も込めてあるだろうが、あの王様に恩を売っておくのも悪かねぇな」
「そっすねぇ。あ……」
「今度はどうした」
「旦那ぁ、あれ」
サールが指をさした場所には、真紅の亜竜が食い残した群れる猟犬の死骸が転がっていた。
「素材、勿体ないんで回収していきやすか。どうせ、馬の休憩も挟まねぇと身動きとれんでしょうし」
「そうだな。しかし、こいつは群れる猟犬の変異種だろ? それを一瞬で討伐――というよりは捕食しちまった。流石はドラゴンといえばそれまでだが、食い残した部分に残る素材には全く見向きもしなかったな」
「価値を知らないのか、この程度は瑣末な物と考えているだけなのか」
「ふっ、そりゃ当然後者だろ。命を助けた奴の持ち物だった上に、ぶっ壊れた羽ばたき飛行装置を言い値で買うなんて即答できる奴ぁ、金銭感覚が相当ぶっ飛んでる証拠だ。普通なら、命を助けた見返りとして、そいつを寄越せ! で、終わるところだぞ? まっ、俺は稼げれば誰が相手でも歓迎するがな」
「そっすねぇ。少なくとも、公国よりは信用できることを祈っときやすか」
※次回、解放したデッキの詳細が分かります





