144 - 「空を喰らう大木、伐採戦1」
「シュホホホホ。疲れた顔をして、どうしましたかねぇ?」
「いや…… 何でもないです……」
ニドと他の族長達は、早朝に集落へと現れた。
反勢力の部族を吊るし首にして回ったらしく、集落の出入口には、見せしめかのように、反勢力である族長達の首吊り死体が垂れ下がっていた。
こういうことをするから蛮族だと言われるのだろうと思いつつも、一方で、こういう処置がこの無秩序な土地では合理的な対応なのだとも思う。
どちらにせよ、今の自分にはどうでも良い。
どうでも良い気分だった。
「マサト、早く本題にうつれ」
「は、はい……」
豊満な胸を抱えるように、オーリアが両腕を組んで背後に立っている。
夜の一件で、俺とオーリアの立場は逆転してしまった。
負い目を感じる俺と、何かが吹っ切れたように清々しい顔のオーリア。
その表情には自信が満ち溢れている。
ノクトは早々に着替えて部屋を出て行ってからは会っていない。
本人は祖父に会ってくると言っていたが、目を合わせてくれなかったし、絶対に嫌われた。
グーノムの件で傷付いたノクトを、俺が乱暴したのだ。
嫌われて当たり前だ。
ノクトにとっては初めてだったのに……
それを俺が酒に酔った勢いで……
(はぁ…… 考えたら死にたくなってきた……)
シュビラには何故か夜のことは筒抜けだった。
深くは追求してこなかったが、それが返って俺を不安にさせた。
(レイアには何て言おう…… フロンの耳にも入るだろうな…… オーリアはフロンの近衛騎士だし…… はぁ…… なんて昼ドラだよ…… 当事者は俺だけど…… 少しだけ、浮気だの不倫だのでワイドショーで取り上げられる芸能人の気持ちが分かった気がする…… はぁ…… 憂鬱だ……)
すると、肩を落としていた俺に、オーリアが溜息を吐きながら俺の肩に手を置いた。
「マサト。まだ夜のことを引きずっているのか?」
「いっ!? いや、そんなことはないけど?」
思わず声が上擦る。
オーリアはニヤリと口角を上げると、腕で自分の身体を抱きしめながら――
「お前が野獣のように私達の身体をむさぼ……」
「おわぁああ!? 何言ってんの!? あ、ああ! そう! 本題だ! 総族長であるニドに頼みがある!」
俺とオーリアのやり取りを不気味な笑みで見つめていたニドが、ゆっくりと頷きながら口を開く。
「ええ、ええ。何なりと」
「空を喰らう大木を一本伐採したい」
「ええ、構いませんよ」
「無理は承知でお願いして…… えっ? いいの?」
「構いません。食糧が無くて困っているのでしょう?」
「ま、まぁそうだけど」
「サーズを神の大地と崇め、空を喰らう大木を神聖化しているエンベロープ族と敵対することになりますが、些細なことですかねぇ」
「うっ……」
そういう部族がいることは、事前にノクトから聞いていた。
だが、民を助けるために、別の民を殺すのは何だか気が引ける。
まだ殺すと決まった訳じゃないが、恐らく殺し合いに発展する。
ここはそういう土地だ。
「あなたが気にする必要はありません。タン族との抗争で、中立などという立場をとったエンベロープ族は、遅かれ早かれ排除する計画でしたからねぇ」
「そ、そうなのか」
「シュホホホホ。あなたは人の命を大切にし過ぎる節がありますが、一方で、自分で手を下すのでなければ、自分にとって不利益となる者の命が奪われることに、あまり憂いを感じないようですねぇ。本当のあなたの感情は、一体どっちが本物なのか」
ニドに矛盾を突かれて言葉を失う。
確かに元々殺される運命の命なら、まぁ良いかと考えたのは事実だ。
歪な倫理観だけが断片的に残り、本質的に何が重要なのか、核とする信念がブレていたのかもしれない。
それじゃあダメだ。
甘えを捨てろ。
俺は自分の民を守ることを優先する。
食糧がないのであれば、戦国時代の日本のように、他国から奪うしかない。
それを実行できないなら、上に立つべきじゃないのだろう。
自ら望んで王になった訳ではないが、王になること自体、拒否はできた筈だ。
それをしなかった時点で、自分には上に立つ者としての責任が出たとも思う。
こういうことをたまにクソ真面目に考えてしまうあたり、自分の性格が鬱陶しいなとも思うが――
「確かに覚悟が中途半端だった。俺はローズヘイムの食糧問題を優先する。エンベロープ族が邪魔をするようであれば、こちらも対処しよう」
「シュホホホホ。それで良いと思いますよ。私達も出来る限りお手伝いしますからねぇ」
「それは有り難い。でも、何でそんなに良くしてくれるんだ?」
「あなたが私達の王となるからですかねぇ。昨日のあなたの行動で、既にこの集落にいた者はあなたを新たな王として認めました。これは驚くべき事態です。あなたが勇気ある行動をした結果ですかねぇ」
勇気ある行動とは、グーノムを焼いて真紅の亜竜に喰わせたことだろうか。
ここの連中の考えることはよく分からない……
「空を喰らう大木伐採にあたり、何か条件はないのか?」
「そうですねぇ。特にありませんかねぇ。空を喰らう大木がサーズの物という決まりもないですからねぇ」
「そっか……」
何の条件も交渉もなしに、無条件でこの土地の生命線でもある空を喰らう大木を伐採して良いなんて、そんなことがあるのだろうか。
だが、疑っていても始まらない。
ニドが良いというなら良いのだろう。
さっさと一本伐採してローズヘイムへ送るだけだ。
「分かった。じゃあさっそく伐採に取り掛かりたい。伐採してもいい空を喰らう大木があるなら、その場所を教えてほしい」
「ええ、ありますとも。伐採するのであれば、伐採による影響の少ない端の木が良いですからねぇ。うちの者に案内させますよ」
「助かる」
相変わらず不気味な笑みを浮かべるニドを後に、俺とオーリアは空を喰らう大木伐採のための準備へと取り掛かった。
◇◇◇
マサト達が退室した部屋にて、口髭を生やしたギョロ目の男――トロウがニドへと語りかける。
「良いのですかな? エンベロープ族は少々厄介な存在ですが」
「シュホホホホ。問題ありませんねぇ。空を喰らう大木を伐採するのは私達ではなく、彼らですからねぇ」
「なるほど。では、また傍観と」
「そうですねぇ。エンベロープ族を現場に誘導させるくらいのお膳立てはしてもいいですかねぇ」
「では、そのように」
「シュホホホホ。くれぐれも王に悟られぬよう、頼みましたよ。彼を怒らせれば、六つ羽の悪魔に変身するともっぱらの噂ですからねぇ」
「はっ。しかし、六つ羽の悪魔ですか。それは良い二つ名を授かりましたな」
「シュホホホホ。本人が意図してその姿を真似たのかは定かではありませんがねぇ。ワンダーガーデンに住む者が知ったら、フログガーデンまで討伐軍を差し向けてきてもおかしくない内容ですからねぇ」
ワンダーガーデンとは、フログガーデン大陸の東に位置する大陸だ。
大昔から悪魔と深く因縁のある大陸で、人族と悪魔の大戦争――白と黒の女王大戦――では、白い鎧を身に付けた光の騎士団と、黒い鎧を身に付けた闇の騎士団が、それぞれの女王の指揮で、日夜大戦を繰り広げたという逸話がある。
その大戦は数十年も続いた後、一人の英雄の手によって人族側の勝利で終結するのだが、悪魔の軍勢が残した爪痕は大きく、また、悪魔の残党による被害は今でも度々発生しているため、この大陸の者の悪魔に対する遺恨や執着心は強い。
マサトがレッドポーションを出した際、話題としてあがった悪魔の紅い贈り物――レッドポーションの別称――も、元々はこのワンダーガーデン大陸で記録されたものだ。
そして、六つ羽の悪魔とは、悪魔の軍勢を率いていたとされる最上級悪魔の呼び名でもある。
この二つの事実が噂となり、もしもワンダーガーデンへと流れることがあったとすれば、大陸間戦争へと発展しかねない重大な問題となることは明白だった。
「仮に、ワンダーガーデンの討伐軍が攻めてきたとして、王は勝てますかな?」
「シュホホホホ。彼は負けないでしょうねぇ。例え何千、何万の軍隊を引き連れてきたとしても、それを上回る力を発揮するでしょうからねぇ」
「それほどですか。では、やはりあの噂は……」
「ええ。信じてもいいでしょう」
「俄かには信じがたい事実ですな。伝説の魔術師が復活したなど」
「シュホホホホ。その気持ちは私も同じですよ。ですが、彼が本当に “マジックイーター” だったとしても、今のあの性格では宝の持ち腐れですかねぇ」
「優し過ぎますかな」
「それもありますが、まだまだ覚悟と経験が足りていないようですねぇ。ですが、心配は不要でしょう」
「と言いますと?」
「シュホホホホ。彼はこれから、数百、数千、数万と、多くの人族を殺す経験を積むことになるのです。甘さなど自然と消えていくものですよ」
「なるほど。では、私達はそのお手伝いをするということですな」
「ええ。彼が火の粉を振り払う姿勢を貫くのであれば、こちらは彼へと火の粉を誘導するだけですかねぇ。いずれ、火の粉を振り払うだけでは何も解決しないことに気がつくでしょう」
「これからが楽しみですな」
「ええ、ええ。楽しみですねぇ。シュホホホホ」
◇◇◇
真紅の亜竜の背に乗り、森の中を移動すること数時間。
マサト達は、サーズの南端に到着した。
「やっと着いたか」
オーリアがそう呟くと、「うーん!」と言いながら、胸を反らした。
その反動で、オーリアの前に座っていたマサトの背に、オーリアの胸が当たる。
背中に胸の感触を感じたマサトは、それを避けようと少し前傾姿勢になったのだが、オーリアはそれを男の生理現象だと受け取り、なじった。
「何だ? また思い出したのか?」
勘違いしたオーリアがわざと胸を押し付ける。
「ち、違…… 避けただけだろ!? って、そんなくっ付くなって!」
「フ、フフ。お前も一度抱いてしまえば何てことはないな。普通の男だ。こんなことなら、躊躇せずにとっととお前を抱いてしまえば良かったな」
「へ、変な事言うなっての!」
ベッドの上では、見た目通り荒々しかったレイアとは違い、オーリアは加虐性欲が刺激されるような初心な乙女だったとは口が裂けても言えない。
言えば火に油だろう。
あの時の記憶はなかったことになっているのだ。
少しずつ思い出してきたなど言えない。
夢であればすぐ忘れただろうが、あれは現実。
思い出しもする。
(ノクトは見た目によらず積極的で手テクが凄かったなぁ…… ん? 積極的? 俺、もしかして嫌われてない? あっ、やべ…… 思い出したら本当に元気になる。静まれ…… 静まるんだ……)
これ以上、オーリアに攻撃材料は与えたくない。
気持ちとしては、一度寝たくらいで彼女面しないでよね!?とでも言いたい気持ちなのだが、襲いかかったのは俺のため、言えるはずもなく……
もう立ち場がめちゃくちゃ。
いっそのこと開き直ってしまった方がいいのだろうか。
(いや…… 俺には無理だな…… はぁ……)
昨日のオーリアと今日のオーリアは、もはや別人だ。
よく分からない自信に満ち溢れていて、鬱陶しいことこの上ない。
急にボディタッチが激しくなり、何かあれば俺に胸を押し付け、反応を見て楽しんでいる。
彼女の中で何が起きたというのか……
初体験を終えた女性はあんなにも豹変するものなのか?
謎だ……
マサトとオーリアが真紅の亜竜の上でイチャついていると――側から見たらそう見える――先導してくれていた男が申し訳なさそうに話し掛けてきた。
「お取り込み中すみません…… 私達は、ここで……」
「あ、ああ。ごめん、後は俺がやるから、皆は安全な場所で待機してて」
「マサト、本当に一人で大丈夫なのだろうな?」
「まぁ何が起きるかは分からないけど、臨機応変に対処できるのも俺だけな気がするし。オーリアは真紅の亜竜の背に乗って待っててくれればいいよ」
「そうか。悪いがそうさせてもらう。もしお前が死んでも、私が正確にフロン様へ伝えておくから安心しておけ」
「……そっすか。薄情なことで」
「何か言ったか?」
「いや、何も」
一度寝たら俺は用済みか!と心の中でツッコミを入れる。
(……ん? 用済み? 俺と寝ることが目的だった? いや、まさかな……)
嫌な予感がしたので考えるのを止める。
もう起きてしまったことだ。
今更足掻いて後悔してもどうにもならない。
自分のやってしまったことには責任を持とう……
そう割り切る。
(はぁ…… もう考えるの止めよ…… 今はこの空を喰らう大木に集中だ)
目の前に天高く聳え立つ、一本の空を喰らう大木。
その中で、一際幹の太いものを選んだ。
見た目から推測できる体積からして、相当な量の食糧になるはずだ。
もしかしたから、これ一本で1〜2年は保つかもしれない。
幹がそのまま小麦粉代わりになるらしいのだが、一体どんな味なのか。
日本でも、木の食用化なる木材利用方法があった程だし、食べられないことはないのだろうが、何となくだが、美味しいイメージがわかない。
木という先入観は、それだけで食に結び付かないから不思議だ。
まぁそもそも空を喰らう大木は魔物と定義されているので、木のカテゴリに入るのかと問われたら答えられないが。
「皆隠れたようだし、さっそくやるか」
作戦はこうだ。
俺が宝剣で幹を斬り、空を喰らう大木を荒野側に倒す。
すると、切り口から食残虫が溢れ出てくる予定なので、食残虫が森側へと雪崩れ込まないように炎の翼で遮り、荒野側へ誘導する。
荒野側まで誘導できたら、炎で囲んで丸焼きにして終わり――という作戦だ。
もし失敗しても、火走りの靴を装備しているので安心ではある。
いざとなれば、走って逃げればいい。
「ふぅー…… よし!」
最後の気合いを入れ、宝剣から光の刀身を発現させる。
幹は直径で20m近くあるため、刀身1m程度の宝剣だと結構時間がかかりそうだ。
と言っても、空気を斬る感覚で斬れるので、宝剣を持って幹の周囲を往復するだけの簡単な作業である。
取り敢えずガーッと横一直線に大きく斬り、切り口が三角形になるように斬り返す。
「あれ? やっぱり切り口が浅過ぎて一回だけじゃ無理か?」
試しに小さく切り抜いてみたが、1m程度の斬り込みでは、中の空洞までたっしなかったようだ。
空を喰らう大木に変わった様子もなく、倒れる気配もない。
「これ、中の空洞までどのくらいあるんだろ?」
より深く切り抜くと、穴から大量の水が噴き出してきた。
「うぉっ!? 凄い放水だな。つか、どれだけ水溜め込んでんだ?」
仮に幹の体積の五分の一が水だとしても、この小さい穴――と言っても直径50cmはある――の水抜きだけでは日が暮れてしまう。
「あーでも、水抜きし終わったら食残虫出てきちゃうんだよな。仕方ない、一気に行くか」
宝剣を幹へと深く差し込むと、そのまま側面を走るようにして斬り込みを入れていく。
炎の翼で側面を飛び、何往復かしたその瞬間――
突如切り口が弾け飛び、その切り口から大量の水が、まるでダムが決壊したかのように荒々しく噴き出した。
「ふぅ〜、凄いな。一本でこれほどの水を吸い上げてるんだとすると、そりゃあ周辺の土地が干上がって当然だよな」
大量の水の放水により、既に地面には大きな水溜りが出来始めている。
「これだとまだ倒れないかな?」
試しに反対側から押してみたが、倒れる気配はない。
「まだ駄目か。もう少し斬るか」
水が噴き出るその上を、更に何往復もする。
すると、再び切り口が弾け飛び、水が滝のように溢れ出した。
「おいおい、まだ駄目? これ、どういう構造なの?」
倒れてもおかしくないくらいの斬り込みを入れているはずなのだが、一向に倒れる気配がなかった。
「いっそのこと、一周全て斬り込み入れてみるか……」
もしやと思い、水が吹き出る半分の切り口を繋げるようにして、もう半分(半周)を斬ってみる。
すると、幹の周辺――360度全てから水が噴き出した。
「これ、内側にも幹があるのか? そこまで斬らないと倒れないんじゃ……」
マサトの予想は当たっていた。
空を喰らう大木の構造は、外側から、外皮、水、外幹、樹液、内幹、空洞となっており、マサトが斬っていたのは外皮の部分だったのだ。
「さっそく問題発生かよ…… これどうすっか……」
ふと、一枚のカードが頭をよぎる。
「試しにあれ使ってみるか……」
空を喰らう大木から一旦離れる。
爆発で反対側へ倒れても良いように、荒野側と森側の丁度中央――双方が90度となる位置まで移動し、手をかざす。
距離は十分。
これくらい離れれば、爆発の余波も少ないだろう。
マナをどれだけ込めればいいのか分からないが、取り敢えず10マナとする。
(よし、やるか)
「《 火の玉 》!!」
[UC] 火の玉 (X)
[火魔法攻撃LvX]
赤マナのみで発動できる大型魔法であり、マナを込めた分だけ強力になるX火力系の攻撃魔法だ。
詠唱とともに、かざした手の前に炎の渦が発生し、赤く光る炎の球体が急速に成長していく。
「お、おおう…… でかいな……」
直径1m程の球体まで成長すると、表面に小爆発を発生させては、ゴォゴォと音をあげながら炎を撒き散らしている。
「まるでミニ太陽だな…… これでどれだけの威力だろ…… ま、まぁ、試すしかないか」
ゴクリと唾を飲み込む。
そして、意を決して火の玉を放った。
巨大な火の玉が、視界が歪む程の熱波と白煙を引き連れ、空を喰らう大木の幹目掛けて飛んでいく。
そして、次の瞬間――
眩いばかりの閃光が走り――
突風が駆け抜け――
大地が揺れた。
――ドォォォオオオオンンンン!!!!
爆音が轟き、目の前に聳え立っていた空を喰らう大木が消え――
ボタボダボタと空から大粒の雨が降り注いだ。
「あ、ああっ!?」
思わず声を上げてしまう。
特大の火の玉を根元に受けた空を喰らう大木は、地面に根元だけを残し、縦回転しながら反対方向へと、吹っ飛んでいったのだ。
数回転すると、空を喰らう大木の天辺――傘の部分が地面にぶつかり、盛大に土煙と地響きを立てながら荒野へと横たわった。
「す、すげえ威力…… 10マナでこれかよ……」
超高層ビルに匹敵する大きさの大木が、爆風により宙を舞い、縦回転しながら吹っ飛んだ。
その光景に度肝を抜かれたが、まだやることが残っている。
「食残虫!」
マサトは炎の翼を発動すると、紅色の翼を生やし、地面すれすれを飛ぶようにして、空を喰らう大木の折れた根元へと急いだのだった。
◇◇◇
「な、なんだあの威力は……」
真紅の亜竜の背に跨りながら、私はマサトが放った規格外の火の玉に軽く放心状態となっていた。
私だけではない。
ここに居合わせた者、全員が言葉を失っている。
当たり前だ。
マサトが一撃で弾き飛ばした空を喰らう大木は、王城より高く、城壁よりも分厚い大木なのだ。
つまりそれは、マサトであれば火の玉一つで城壁を木っ端微塵にできるという証明でもある。
城壁だけではない。
王城ですら、あの火の玉を撃ち込まれたらひとたまりもないだろう。
魔法障壁で防げる範疇を優に超えている。
「前にマサトが言っていた言葉は、冗談ではなかったということか……」
マサトは、いざとなれば、ローズヘイムに咲かせた炎の大樹よりも大きな火の玉を落としてみせると言い切っていた。
人程の大きさの火の玉であの威力。
それがローズヘイムを覆うくらいの大きさとなれば、大陸ごと消し飛んでもおかしくはない。
そのような魔法をたった一人で、更には大した詠唱もなしに即席で行使してしまったのだ。
その光景を見た私ですら、目の前で起きた現実を受け入れられていない。
そう言えば、誰かが言っていた。
マサトは個人で一国並みの軍事力を保有していると。
マサトが一国並みの軍事力を保有?
違う。
マサト自身が一国並みの実力を身に付けているのだ。
いや、一国どころではない。
複数の国が束になっても勝てない力を身に付けている。
「そ、そんなことがあり得るのか……」
目の前で空を喰らう大木と格闘している男が、私を抱いた男だと、急に思えなくなっていく。
「あいつは、本当にあのマサトなのか……?」
マサトを支配したと思い込んでいた気持ちが嘘のように消え去り、再び計り知れない力を恐れる気持ちが顔を出した。
「い、いや、しかし、あの夜のことは……」
急に不安が押し寄せてくる。
それは大切なものを失ってしまいそうな、胸がざわざわとするような焦燥感に似ていた。





