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109 - 「トレンの戦場5」

「これは…… どういうことですか?」



 マサトの底冷えするような低い声が部屋に響き、これまでの控え目な眼差しとは異なる――怒りを孕んだ視線がフロンへと向けられていた。


 その声に、その視線に、さすがのフロンも尻込みしてしまう。


 一歩、後ろへと下がったフロンに、マサトが姿勢を正して、正面からフロンを見据えた。



「トレンの言い方は、もしかしたら気に障るものだったのかもしれない。だけど、間違ったことは言ってなかった。話し合いの中で解決できる問題だったはず」


「そ、それは…… 女王である私を脅そうとしたからで……」


「あれが脅し? 俺には、あなたが脅しているように見えました。それに、先に手を出したのはあなたの方でしょう」


「ぐっ…… 王を侮辱することは許され……」



 素直に非を認めないフロンに、最初はすぐ許す気だったマサトも、徐々に苛立ち始めた。



「王がそんなに偉いのかよ。同じ人間だろ。そこに偉いも糞もねーぞ……」



 マサトの怒りを孕んだその言葉に、その場の全員が凍りついた。


 フロンとオーリアは王族を軽視する発言に。


 ヴィクトル、ドワンゴ、ソフィーは、王族すらも平民と変わらないと豪語するその思想に。


 そして、トレンはいつも温和なマサトの心の中に眠る獅子と、マサトの思想の核心に触れた気がして。


 オーリアが堪らず吠える。



「貴様ぁ! 王を侮辱するなど……」



 だが、最後まで言い切る前に、部屋だけでなく、屋敷全体を軋ませる程の大声量が響き渡り、オーリアの言葉を遮るだけでなく、全員の呼吸をも一瞬止めさせた。



「うるせぇえッ!! テメェは黙って見てろッ!! 殺すぞッ!!」


「ひっ!?」



 マサトの怒声が、物音一つしなくなった室内に木霊する。


 さすがのマサトでも、フロンと真剣な話をしている最中に、オーリアに茶々を入れられるのは我慢できなかった。


 突発的にカッとなり、オーリアが震え上がるほどの殺意を込めて「殺すぞ」と脅してしまう。


 日本では本当に殺すことなどあり得ないため、怒りを表すときの脅し文句として軽く使われる言葉だが、この世界において、更にはマサト程の強大な力を持つ強者が、明確な殺意を込めて「殺すぞ」と脅せば、それをまともに受けた者が恐怖しない訳はなかった。


 オーリアが歯をガチガチとぶつけて震え上がる。顔面蒼白で、今にもその場にへたり込みそうなほどだ。


 一方で、マサトは自分の怒声で逆に頭が冷えたのだった。オーリアの姿を見て、「あーついカッとなった…… バカなこと言った……」と反省していた。


 ヴィクトルもドワンゴも、そしてソフィーまでもが、マサトの突発的な怒声に、目を見開いて驚き、固まっている。きっとトレンも同じだろう。


 マサトは「んん!」と喉を鳴らすと、フロンへ話を戻した。



「話し合いの場で、相手が条件を飲まないと分かると、あなたは武器を見せ付けて脅した。それでも相手が折れないと分かると、あろうことかその武器で殴りかかってきた。これでは、最初から話し合いなんてする気がなかったとしか思えない」


「ち、違……」


「まぁ例えあなたが先ほどの行動を否定したところで、それをどう受け取るのかは、もはやあなただけの問題じゃない。俺とトレンは、あなたがどんな言い訳をしようが、今の考えを改めるようなことはしない。犯してしまった罪は消えないし、起こしてしまった事実は変わらない」


「だ、だから……」


「トレンが言ったように、元々俺は誰かの下になんかつくつもりなんてなかった。だけど、協力できるなら協力したいとは思っていた。もはやその気持ちすら薄れてるけど……」


「だ、黙りなさい……」



 一向に謝ろうとすらしないフロンに、再びマサトの苛立ちが大きくなっていく。



「はぁ…… ここまで言っても分からないのか? あなたは間違った行動をした。少なくとも、手を上げるべきじゃなかった。無理に従わせるのではなく、信頼を得るために最善を尽くすべきだった!」


「う、うるさい……」


「それに…… 悪いことをしたら言い訳すんな!」


「うるさいうるさい……」


「まずは俺たちに誠意見せろよ! 『ごめんなさい!』もまともに言えない奴が、デカイ態度してんじゃねぇ!!」


「うるさいうるさいうるさぁあああい! 黙れ黙れ黙れぇええええ!!」



(うわっ!? キレた!?)



 突如、フロンから先ほど以上の激しい光が溢れ出る。


 マサトは、先ほどの怒声と言葉による追及が、フロンの精神状態を、壊れる寸前まで追い詰めていたことに気が付かなかった。マサト本人は気が付いていないが、それ程までにマサトの怒声と、強者が放つ強烈な威圧プレッシャーは、例え当事者でなくとも、その場に居た者を追い詰める力があった。


 フロンとしても、女王としての矜持と、何十万という民の上に立ち、民を牽引していく責任がある。どんなに追い込まれようとも、引けない、引いてはいけないという信念もあった。その強い想いが、マサトという自分の力ではどうすることもできない脅威によってかき混ぜられたことで、錯乱状態となり、出口を失った行き場のないフラストレーションが膨れ上がっていった結果、ついには暴発してしまったのだった。



「フ、フロン様! お気を静めください! さすがにこれ以上はまずいです!」


「うるさいうるさいうるさぁああああい! 私だって! 私だって! 自分の駄目なところくらい嫌というほど分かってるのよぉおおおお!!」



 叫びというより、慟哭に近いそれは、マサトをドン引きさせ、先ほどまでフロンへ感じていた怒りを霧散させるのに十分な威力をもっていた。



「ちょ、と、取り合えず落ち着け!」


「うるさいうるさいうるさい! 私だって好きで女王になった訳じゃないんだから! 生まれてきたときから、そう決められていたんだから! 仕方なかったんだからぁああ!!」



 フロンの両目に涙が溢れ、頬に二筋の線を作る。


 そして具現化する光の剣。


 その数は先ほどの比ではなく、フロンを中心に、まるでハリネズミのように並び、その切っ先を周囲へと向けていた。



「じょ、女王陛下! どうかお気を確かに!!」


「マ、マサト殿! ど、どうにかせい!!」


「あー! だからここへ来るの嫌だったのよ!!」



 ヴィクトルとドワンゴ、それにソフィーも焦っている。



(がぁーー! 癇癪娘がぁーー!)



「だから落ち着けって!!」


「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさぁーあい! 私に指図しないでぇええ!!」



(あーー! くそっ! 恨むなよっ!!)



 泣き喚くフロンへ向けて、マサトは右手を伸ばす。


 その右手からは、虹色の光の粒子が溢れ始めていた。



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