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ようこそ、最前線の地獄(職場)へ。 私、リナ8歳です ~軍師は囁き、世界は躍りだす~  作者: 輝夜
第七章:『王都に響く断罪の鐘』

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第94話:『勝利の舞台裏と、それぞれの算段』


玉座の前で繰り広げられた断罪劇が、その幕を閉じた。

壮麗な大謁見の間は、未だ抑えきれない人々のざわめきに満たされている。

そのざわめきの片隅で、聖女マリアは彼女のもう一つの「戦い」を始めていた。


「――聖女様! 我々は、我々は騙されていたのです! あのバルガス侯爵の甘言に! どうかこの愚かな我らにお慈悲を!」


捕縛された貴族の一部、主に主体性のない日和見主義者たちが、マリアの純白のドレスの裾にみっともなく泣きついてくる。

マリアは、慈愛に満ちた完璧な聖女の微笑みをその顔に貼り付けた。

だが、その瞳の奥は、絶対零度の氷のように昏く冷え切っている。


「……分かりました。皆様の懺悔の気持ちは、神も、そしてこの私も受け入れましょう」


その声は天上の音楽のように優雅に響き渡り、すがる者たちの耳に染み渡る。


「ですが、私が取り次ぐにしても条件があります。これより誕生するアルフォンス様の新たな王国に絶対の忠誠を誓い、そして何よりも、この私マリアの言葉を神託と心得ると、ここに誓えますか?」


貴族たちは、蜘蛛の糸にすがる罪人のように必死の形相で、何度も何度も頷いた。

マリアは満足げに微笑むと、傍らの神官にすっと視線を送る。神官は恭しく羊皮紙とペンを差し出した。

彼女は震える手で署名する貴族たちに血判を押させ、この混乱の最中に、ちゃっかりと自らの派閥を形成していく。


◇◆◇


真新しい念書の束を小脇に抱え、マリアは王宮の一室へと向かった。

扉を開けると、グランとアルフォンス王子が今後の指針について静かに話し合っているところだった。


「――ほら」


マリアはテーブルの上に、分厚い羊皮紙の束をばさりと無造作に置いた。乾いた音が室内に響く。

「新しい国を作るには、駒……いえ、実務のできる者たちがたくさん必要でしょう? 少し補充しておいてあげましたわ」


そのあまりのしたたかさに、グランは思わず細く息を吐いた。

「……ええ。正論ですわね。感謝いたします、聖女様」

「ただし」と、グランは釘を刺すように付け加える。「彼らの手綱は、あなたがしっかりと握っていてください。もし何か問題を起こせば、その時はあなたに対処していただきますわよ?」

「もちろん。私にお任せあれ」


二人の女性の間で、言葉少なに、新たな王国のパワーバランスが静かに形作られていく。

その張り詰めた交渉の場に、全くそぐわない大声が轟いた。


「――はーっはっはっは! 見たか、俺様の大活躍を! まさに正義の鉄槌だったな!」


仮面を外したハヤトが、意気揚々と胸を張って部屋に入ってくる。

その場の空気を微塵も読めない態度に、グランとマリアの額にぴくりと青筋が浮かんだ。


「……ねえ。『黒曜の疾風』さん?」


マリアの声が、砂糖菓子のように甘く、毒のように冷たく響く。

「あなた、ご自分の正体がバレたらどうなるか、分かっているのかしら?」

「……え? ど、どうなるんだ……?」

「『剣聖ハヤト』という名前が、今この国でどんな評価を受けているかご存じでしょう? あまり浮かれていると、その辺に放り出しますわよ?」

「お、おい! 俺は正義の……!」


「ええ」

グランがその言葉を、氷のように静かな声で引き継いだ。

「正義の味方は、そのような大声で高笑いしたり、慢心して可愛い女の子に鼻の下を伸ばしたりはしないものですよ」

「そうそう!」

マリアが完璧な連携で追い打ちをかける。

「『黒曜の疾風』は、もっと寡黙で、陰のあるクールな……必要な時に颯爽と現れる、頼れるヒーローだと思ったんだけどなー。こんな、すーぐ調子に乗るおバカさんだったなんて、がっかりだわ」


「!!! み、見てろよ!」

ハヤトの顔がみるみるうちに真っ赤に染まる。

「俺は寡黙でクールで頼れるヒーローだぞ! これからをよく見てくれ!」

彼はそう言い残すと、わざとらしくクールな歩き方を意識しながら、ぎこちない大股で部屋を出ていった。


そのあまりに単純な背中を見送りながら、マリアは内心でほくそ笑む。

(……ふふ。リナの言ってた通りね。これは扱いやすそうだわ)


グランがマリアに向き直った。

「……マリアさん。これからもハヤトさんの力は必要になります。その時は、貸してくださいね?」

「うん、いーよー。どうせあいつ、力余らせてると問題起こすんだから。どんどん使っちゃって」

「助かりますわ。……さて、今後の方針を決めないと……」


「あー、その辺の面倒な政治のことは私パス」

マリアはひらひらと手を振った。

「リナとグランとアルフォンスで良いように決めちゃって。私は私でやることがあるから。……あ、でも私の見せ場はちゃんと用意しておいてよね! 『世直しの聖女』としての!」

彼女はそう言い残し、片目をつぶってウインクすると、軽やかな足取りで去っていく。


残されたグランは、やれやれと肩をすくめながらも、その口元には確かな笑みが浮かんでいた。

個性豊かすぎる仲間たち。

だが、新しい時代の歯車は、確かに、今、回り始めた。

彼女は帝国の拠点でこの一部始終を聞いて笑っているであろう、もう一人の友人の顔を思い浮かべるのだった。


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― 新着の感想 ―
ハヤトは余計な事をするタイプの馬鹿だから心配だわ
勇者、ちょっと可愛く思えてきた笑
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