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ようこそ、最前線の地獄(職場)へ。 私、リナ8歳です ~軍師は囁き、世界は躍りだす~  作者: 輝夜
第七章:『王都に響く断罪の鐘』

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第93話:『玉座の前の、断罪』


運命の日の朝。

王宮の大謁見の間は、むせ返るような香水の匂いと、抑制されたざわめきに満たされていた。

集った百名以上の貴族たち。華やかな礼服が擦れる音とは裏腹に、その視線は落ち着きなく宙を彷徨い、扇子で隠した口元には乾いた笑みが浮かぶ。腹の内を探り合うような視線が、シャンデリアの無数の光に混じり、火花のように交錯していた。


やがて、厳かなファンファーレが鳴り響き、謁見の間の全ての扉が重々しい音を立てて閉ざされる。

静寂の中、玉座へと続く緋色の絨毯を、一人の老王がゆっくりと歩みを進めた。国王レオナルド三世。そのやつれた横顔には、しかし、全てを吹っ切れたかのような威厳が宿る。床に縫い付けられたように、全ての貴族が一斉に頭を垂れた。


王は玉座に身を沈め、しばし瞼を閉じる。そして、吸い込んだ空気を全て吐き出すかのように、静かに口を開いた。老いてなお、その声はこの国の王としての重みを宿していた。


「――皆の者、面を上げよ」

「此度の我が病、そして帝国の侵攻により国は大きく乱れ、民は深く疲弊した。……その全ての責は、この不徳の王である余一人にある」


あまりに率直な懺悔。貴族たちの間に、水を打ったような静寂と、微かな動揺が走る。


「よって余は、本日をもってこの玉座を退くことを、ここに宣言する!」


「なっ……!?」

「陛下、ご乱心か!」


堰を切ったように怒号と悲鳴が渦巻き、会場は大混乱に陥った。王は、その喧騒を疲れたように、だが威厳を込めて手で制す。


「――だが、ただ去るわけにはいかん」


その瞳が、老いた鷹のように鋭く光った。

「我が退位の手土産として。この国を蝕み私腹を肥やしてきた者たちには、ここで退場してもらう!」


粛清の号令。壁際に控えていた国王派の衛兵たちが、一斉に剣を抜く。金属が鞘から放たれる甲高い音が、静寂を切り裂いた。

だが、衛兵が取り押さえに展開するよりも早く動いた者たちがいた。


「――王は乱心召された! 今こそ我らが国を正す時ぞ!」


これまで私利私欲の赴くままに私腹を肥やしてきた貴族が絶叫する。

その合図と共に、謁見の間の左右の扉が蹴破られ、武装した私兵たちが雪崩を打ってなだれ込んできた。鎧の擦れる音、絨毯を踏みしめる荒々しい足音。

「第一王子、クロード殿下こそ正統なる後継者なり!」

彼らは怯える第一王子を盾のように前に押し出し、玉座へと殺到する。王宮は一瞬にして、鉄の匂いが立ち込める戦場と化した。


だが、その混沌を切り裂き。

天上の巨大なシャンデリアから、一つの黒い影が舞い降りた。水晶の飾りが揺れ、光の破片がきらめく中、トン、と猫のように音もなく玉座の前に着地する。黒い仮面で顔を隠し、その手には抜き身の長剣が月光を宿していた。


「な、何者だ!?」

「……ハヤトではないのか!?」


貴族の一人が叫ぶ。その問いに、仮面の男は不敵に口の端を吊り上げた。


「――そのような名は知らんな」


そして剣を構え、昨日何度も鏡の前で練習したであろう決め台詞を、高らかに言い放った。


「悪が栄える試しなし! 我は正義の使者、『黒曜の疾風オブシディアン・ゲイル』! ……いざ、成敗!」


その決め台詞が言い終わるか終わらないかの刹那。


仮面の男の姿が、ふっと掻き消えた。

いや、違う。床を蹴る低い音と共に、黒い影が弾丸となって放たれたのだ。


「――がっ!?」


最初に玉座へ殺到していた兵士の兜に、銀閃が叩きつけられる。甲高い金属音と鈍い骨の軋む音が混じり合い、巨漢が白目を剥いて崩れ落ちた。

そこから先は、もはや人の目では追いきれない蹂躙劇だった。


黒い疾風は、人の間を縫うように、あるいは壁を蹴って宙を舞い、予測不能の軌道で戦場を駆け抜ける。マントが翻るたびに、シャンデリアの光を遮り、目まぐるしく明滅する影を生み出した。

それはもはや剣技ではない。天災だ。

悲鳴を上げる暇すらなかった。恐怖に引きつった顔で剣を構えようとした兵士は、喉笛を狙う切っ先を寸前で止められ、その勢いのまま柄頭で鳩尾を砕かれる。隣の仲間を庇おうとした者は、峰打ちで膝の裏を打たれ、無様に前のめりになったところを後頭部に一撃を食らって沈黙した。


ゴッ、バキッ、と肉と骨を打つ生々しい音だけが、大理石の床に反響する。

剣戟の華やかさなど微塵もない。ただひたすらに効率的に、的確に打ち据えていく無慈悲な連撃。刃引きされた剣は、命を刈り取る代わりに意識を刈り取り、戦意を根こそぎ粉砕していく。


やがて、最後の反乱兵が呻き声と共に倒れると、黒い疾風はぴたりと動きを止めた。

男は玉座の前に静かに立ち、血の一滴も付いていない剣を軽く振るう。その周囲には、ただ折り重なるようにして転がる人体の山。静まり返った謁見の間に満ちるのは、畏怖と、そして人の手によるものとは思えない光景への、呆然とした沈黙だけだった。


その圧倒的な光景に誰もが言葉を失った、まさにその時。

謁見の間の奥、玉座へと続く扉が、ゆっくりと開かれた。

逆光の中に立つシルエット。忘れられたはずの王子、アルフォンスだった。

彼の両脇には賢者グランと、『世直しの聖女』を演じるマリアが静かに控えている。その後ろには、この改革を支持する穏健派の貴族たちがずらりと顔を揃えていた。


「――父上。……ただいま、戻りました」


アルフォンスの凛とした声が、静まり返った謁見の間に響き渡る。

彼は玉座で疲れたように目を閉じる父に深く一礼すると、反乱貴族たちに向き直り、断固たる声で命じた。

「――国王陛下に剣を向けた反逆者どもを、一人残らず取り押さえよ!」


その号令が、全てを決した。

反乱は鎮圧され、多くの貴族たちは成すすべもなく次々と捕縛されていく。


◇◆◇


その全ての音声を。

剣戟の音も、英雄の決め台詞も、王子の帰還も。

私は、賢者の庵のベッドの上で、『囁きの小箱』を通して聞いていた。

傍らでは、セラとヴォルフラムが固唾をのんで私を見守っている。


「(……ふふ。ハヤトさん……。黒歴史、確定ですよ……)」


私は満足げにそう呟くと、全身を包む心地よい疲労感と共に、安堵のため息を漏らした。

そのまま、深い、深い眠りへと落ちていく。


第一段階は、成功した。

だが、物語はまだ終わらない。

東の空に、最後の暗雲がまだ立ち込めているのだから。


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― 新着の感想 ―
この話以降、黒い仮面の英雄がハヤトだと王国民は全員、気付いているはずです。だって、そんな超人は彼しかいないのだから。 王国民たちがハヤトが黒い仮面ヒーローになったことを知りながら、あえて口を閉ざすと…
やり切ったなら、黒歴史ではないよ……! 何時までやり続ければ良いのかって? 「無論、死ぬまで」
ハヤトではないのか!? 一瞬でバレてて吹いた
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