第43話:『二人の天才と未来の設計図』
「……それで? 天翼の軍師様? 私のこのボロボロの工房に、一体何の御用でしょうかね」
気恥ずかしさの熱がようやく引き、私は本題に入ろうとした。だが、目の前のマキナはまだ拗ねたように腕を組み、不機嫌な視線をこちらに突き刺している。
「もう、その名前で呼ぶのはやめてください。普通にリナでいいです」
「へいへい。じゃあリナ。改めて聞くけど、一体何がどうしてあんたがそんな大層なもんになってんだ?」
「……話せば、長くなります」
「だろうな」
マキナは呆れたように肩をすくめた。
私たちはひとまず、目の前のケーキと紅茶に手をつける。フォークが皿に当たる軽い音だけが、気まずい沈黙を埋めていく。甘いクリームが、ささくれだった神経(主にマキナの)を少しだけ溶かしていくのがわかった。
紅茶の湯気が顔を撫で、ようやく一息ついたところで、私は背筋を伸ばした。ここからは公的な話だ。
「マキナ局長。まずはあなたの工房と現在の開発状況を拝見したいのです。今後の計画を立てる上で、現状の把握は不可欠ですから」
「……局長、ねぇ」
マキナは面白くなさそうに鼻を鳴らしたが、やがて諦めたように立ち上がった。
「まあいいや。こっちだ。ただし、さっきの爆発で中はぐちゃぐちゃだからな。覚悟しとけよ」
マキナに案内され、工房の奥へと足を踏み入れる。
そこは、まさに「カオス」という言葉が相応しい場所だった。熱気と油、そして焦げ付いた金属の匂いがむせ返るように立ち込めている。あちこちに失敗作と思われる鉄の塊が転がり、壁は爆発の煤で黒ずんでいた。しかし、その混沌の中には、確かな熱が渦巻いていた。職人たちはマキナの指示を待つまでもなく自らの判断で作業を進め、その目は新たなものを創り出す喜びに爛々と輝いている。
(……なるほど。マキナさんは技術者としてだけでなく、リーダーとしても人を惹きつける才能があるんだ)
私は様々な試作品や、壁に走り書きされた設計図に目を走らせ、鋭く問いを投げかけていく。
「このボイラー、ミスリル合金だけでは長時間の高圧運転に耐えられないかと。内部に耐熱性の高いセラミックをコーティングする必要があるのでは?」
「ピストンの気密性、もっと高められませんか? ここから蒸気が漏れている分、かなりのエネルギーロスになっています」
「歯車の噛み合わせが少し甘い。動力伝達の効率を上げるなら、もっと精密な加工技術が必要です」
「!?」
次々と的確に問題点を指摘する私に、マキナの目が次第に見開かれていく。
「……リナ、お前……。なんでそんなことまで分かるんだ? 前世は機械工学の権威でもやってたのか?」
「いえ、ただのしがないOLでした。でも、知識だけは色々と……」
そうだ。私の知識は本やネットで得た、体系化されていない断片的なものに過ぎない。だが、それを形にする技術を持つ彼女たちにとっては、一つ一つの断片がブレイクスルーの鍵となり得るはずだ。
工房を一通り見て回った後、私は深刻な顔を作ってマキナに告げた。
「マキナさん。正直に言って、この工房では限界です」
「……分かってるよ。言われなくても」
マキナは悔しそうに唇を噛みしめ、拳を握りしめた。
「設備も広さも、そして何より安全性が全く足りていない。……さっきの爆発だって笑い話で済んだけど、一歩間違えれば大勢の死人が出てた」
「ですから」
私は畳み掛けるように続けた。
「近いうちに、この『技術研究局』は全面的に移転していただきます」
「移転!?」
マキナの声が裏返る。
「はい。機密保持に優れ、大規模な開発にも耐えられる最適な場所へ。……候補地はいくつか考えていますが、あなたも技術者としての視点から必要な条件をリストアップしてください。広大な土地、豊富な水源、そして良質な鉱石が採れる鉱山が近くにあれば、なお良い」
私の壮大な計画に、マキナは呆気に取られたように口を開けていた。だがやがて、その顔に抑えきれない歓喜の笑みが、朝日のように広がっていく。
「……最高じゃないか! それなら今度こそ、本物の『蒸気機関』が作れる! いや、それだけじゃない! 鉄の馬も、鉄の船も、そして……!」
彼女の視線が、工房の天井に吊るされた巨大な翼の模型へと向けられる。その瞳は、星空のようにきらめいていた。
「……空飛ぶ船も、夢じゃない!」
「ええ。その全てを実現させましょう」
私は彼女の夢に、力強く頷き返した。
「これからあなたにしていただくことは山ほどあります。蒸気機関の完成、それを搭載した装甲車両と高速輸送船の開発。それから、ライナーさんたちの『影の部隊』が使う特殊な装備品の開発もお願いすることになります」
未来の設計図を、私は彼女の前に広げてみせた。
「……ははっ」
マキナは天を仰ぎ、乾いた笑い声を上げた。それは絶望ではなく、歓喜の咆哮だった。
「……とんでもない雇い主に捕まっちまったもんだな。……いいぜ、リナ。やってやろうじゃないか。お前がそこまで言うなら、私はこの世界の常識をひっくり返すような、最高の“おもちゃ”を作ってやるよ!」
二人の少女が、同じ夢を見つめて固い握手を交わす。
それはこの世界に新たな時代の夜明けを告げる、小さくも、しかし確かな約束の瞬間だった。
そして、このボロボロの工房が半壊していたことが、むしろ移転の口実として好都合だった、などと私が考えていたことをマキナは知らない。




