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ようこそ、最前線の地獄(職場)へ。 私、リナ8歳です ~軍師は囁き、世界は躍りだす~  作者: 輝夜
第十一章:『一年という名の礎』

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第298話:『軍師の正解、皇帝の愉悦』

 

 北壁の砦に、針のように鋭い朝陽が差し込む頃。司令部の作戦室は、物理的な温度以上の熱気に包まれていた。

 中央のテーブルに置かれた『囁きの小箱』を囲むのは、シュタイナー中将、セラ、ヴォルフラム、ヘルマン。そして、一睡もせずに帳簿と格闘していたであろう監査官アイゼンハルト。壁際ではユリウス皇子たちが、歴史が動く瞬間に立ち会う緊張感に身を硬くしていた。


 私は深呼吸を一つし、通信機を起動した。


『――大儀である。軍師殿、報告を聞こうか』


 ノイズを裂いて響く、鋼のような威厳に満ちた皇帝ゼノンの声。

「はい。陛下にご報告申し上げます。……北方諸族のうち、国境に接する三つの有力部族、『風』『土』『森』の民との間に、不可侵および相互協力の盟約が成立いたしました」


 その一言が落ちた瞬間、通信機の向こうで宰相アルバートが息を呑む気配が伝わってきた。だが、この場ですぐに声を上げたのは、目の前のアイゼンハルトだった。


「――お待ちください。解せません」

 彼は冷徹な灰色の瞳を私に向けた。

「圧倒的な軍事力を背景に包囲したのでしょう? ならば、なぜ『降伏』させ『属領』としなかったのです。対等な盟約など、帝国にとっては何の保証にもならない甘い判断ではありませんか」


 アイゼンハルトの指摘は、帝国官僚としての「正論」だった。

 私は地図盤の上の駒を一つ、盤外へと弾き飛ばした。


「アイゼンハルト監査官。では、彼らの『首都』はどこですか?」

「……それは、定住地を持たない遊牧の民ですから、特定の場所は……」

「そうです。彼らには陥落させるべき城も、奪うべき穀倉地帯もありません。あるのは、風のように荒野を駆ける騎馬の機動性と、貧弱な土地だけ。そこを攻め取って、帝国に何の利がありますか?」


 私は言葉を畳み掛ける。

「彼らを支配するには、この広大で不毛な土地に無数の砦を築き、莫大な兵站を維持し続けなければなりません。それは帝国の国庫に開いた底なしの穴になります。捕まえようとすれば逃げ、油断すれば背後から襲ってくる……そんな『砂』のような敵を力で押さえつけるのは、最悪の愚策です」


 アイゼンハルトが言葉に詰まる。


「であるなら、その生活圏と自律性を認めた上で、彼らを帝国の『外壁』とするのが最善です。彼らは自らの土地を守るために、北の帝王クルガンに立ち向かう。帝国は血を流さず、維持費もかけず、最強の騎馬民族を味方につける。……監査官、どちらが『合理的』ですか?」


 沈黙が流れた。アイゼンハルトは悔しげに唇を噛み、手元の算盤を弾くような動作を止めた。

「……軍事費の恒久的削減と、潜在的な紛争コストの回避。……確かに、計算上は、これ以上の解はありません」


『くっ……はははは!』

 通信機から、皇帝の豪快な笑い声が弾け飛んだ。

『見事だ! 捉えどころのない風を、金と理屈の檻に閉じ込めたか。リナよ、余はそなたのそういう「タチの悪さ」が大好きだぞ』


 皇帝の声は、子供が最高の玩具を見つけたときのように弾んでいた。

『して、その檻を維持するための「仕掛け」が必要なのであろう? 言ってみろ』


「はい!」

 私は待ってましたとばかりに、作戦室の空気を一気に塗り替えた。

「国境付近の『忘れられた神々の遺跡』を改修し、三部族との『恒久的な交易拠点』を建設する許可をいただきたく存じます!」


『交易拠点、か』

「ただの市場ではありません! 私はこれを、北の荒野に咲く鉄と石のオアシス……名付けて『道の駅・ガレリア北壁店』にしたいのです!」


 私の脳内で、前世の記憶にある賑やかな道の駅が輝き出す。

「新鮮な野菜、精巧な鉄器の直売所! 旅人が足を休める休憩所! 帝都の流行を伝える食堂! そこに三部族の民が集まり、帝国の豊かさに触れる。彼らが白パンの味と石鹸の香りに慣れてしまえば、もう昔の生活には戻れません」


「剣ではなく、パンとスープの温かさで、北の民の心を『侵略』するのです。クルガンの支配下にある他の部族が『なぜあいつらだけが……』という羨望を抱いた瞬間、北の統制は内側から腐り始めます」


 再び訪れた沈黙。

 今度は、皇帝だけでなく、シュタイナー中将までもが戦慄したような顔で私を見ていた。


『……ふむ。武力で制圧されるより、よほど逃げ場がないな。慈悲の仮面を被った毒か』

 皇帝の声は、もはや感嘆を通り越して愉快そうだった。

『良かろう! その「道の駅」とやら、存分に作ってみせよ。資材も人員も、アルバートに手配させる!』

『は、はっ! 承知いたしました!』


「ありがとうございます! では、早速設計に取り掛かります! セラさん、クララさん、忙しくなりますよ!」


 勝利のガッツポーズを決め、設計図を広げようと走り出す私の背中を、シュタイナーとアイゼンハルトは複雑な表情で見送っていた。


 だが、私の胸の奥では、冷徹なタイマーが時を刻んでいた。

(クルガンは馬鹿じゃない。この「毒」が回りきる前に、必ず力で盤面をひっくり返しに来る。それまでに……)


 私の戦いは、これからが本番だった。


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