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ようこそ、最前線の地獄(職場)へ。 私、リナ8歳です ~軍師は囁き、世界は躍りだす~  作者: 輝夜
第十一章:『一年という名の礎』

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第292話:『荒野のティータイム、狼たちの選択』

 

 ゴードとエルラは、弾かれたようにゲルの分厚い幕を乱暴に開け放ち、外へと飛び出した。

 だが、彼らを迎えたのは、いつもの活気ある野営地の喧騒ではなかった。


 日はすでに西の地平線に没し、空は深い群青から闇へと沈もうとしている。

 しん、と静まり返っていた。

 全てのゲルの幕は固く閉じられ、人影一つない。ただ、荒野の風が砂塵を巻き上げ、ヒョウヒョウと虚しく吹き抜けていくだけ。まるで、世界から音が消え失せたかのようだった。


「……な、何だ……この静けさは……!」

 ゴードの背筋を、冷たい汗が伝った。彼らの護衛たちも異様な気配に呑まれ、剣の柄に手をかけたまま動けない。


 その、静寂の中心。

 野営地の中央広場に、パチパチと爆ぜる篝火(かがり火)に照らされた、ありえない光景が広がっていた。


 荒れた土の上に、雪のように白いクロスが掛けられたテーブルと椅子。

 そこに、夜の闇より深いドレスを纏い、銀の仮面をつけた少女が一人、優雅に座っていた。

 揺らめく炎が、銀の仮面と、卓上のティーカップから立ち上る湯気を幻想的に照らし出している。彼女は指先で小さなケーキを乗せた皿の縁をなぞり、時折、楽しげに紅茶を口に運んでいる。まるで王宮の庭園にいるかのような振る舞いだった。


 その背後には、抜き身の剣を構えた女騎士と、影そのものが人の形をとったような男が、石像のように佇んでいた。その二人が放つ殺気だけで、周囲の空気がビリビリと震えている。


 少女が、こちらに気づいた。

 仮面の下で、にこりと微笑む気配がした。


「――お待ちしておりました」


 凛とした鈴のような声。彼女は手招きをした。

 そのあまりにシュールな光景に、ゴードとエルラはただ立ち尽くすしかなかった。


「……族長、囲まれています……!」

 側近の一人が、悲鳴のような声を絞り出した。

 いつの間にか、周囲のゲルの影、水汲み場の陰、あらゆる物陰から、無数の気配が滲み出していた。姿は見えない。だが、数千の瞳に見下ろされているような重圧が、彼らの肌を刺していた。

「……こんな、ハッタリで、我らが屈するとでも……!」

 ゴードは刀に手をかけ、震える声で虚勢を張った。


 その時、仮面の少女がゆっくりと立ち上がった。

「さあ、こちらにいらしてください。急ごしらえで申し訳ありませんが、温かいお茶が入りましたので」

 拒絶を許さぬ、絶対的な招待。


 そこへ、背後から聞き慣れた豪放な声が被さった。

「おお、天翼殿! ようこそおいでなされた! お待ちしておりましたぞ!」


 バラクだった。彼は二人の族長を追い越して悠然と歩み寄ると、さも親しげに少女へ片手を上げた。

「本日は客人が十人ほど来られてのぉ? いやなに、わしらと行動を共にしておった、二部族の長どもよ」


「!」

 ゴードとエルラは、目を見張った。

「ば、バラク! 貴様、やはり裏切ったか!」

「ん? 何のことかの?」

 バラクは飄々と首をかしげる。

「わしは、『部族の者に仇なす者が敵』、という考え方でのぅ。それで、落ち着いて考えてみたら、敵はクルガンであったというだけじゃが……違ごうたかの?」


 彼は、呆気に取られる二人を尻目に、仮面の少女に深々と頭を下げた。

「少なくとも、我らの部族から病の呪いを払い、塩や鉄を売ってくださり、子らに笑顔を取り戻してくださった天翼どのは、まこと救いの天使じゃ」


 そして、バラクは二人の族長に向き直る。篝火の光が、その古狼の瞳を赤く染め上げていた。


「……して、ぬしら、どうするのかの?」


 その声は、どこまでも穏やかで、それゆえに残酷だった。

「せっかく天翼殿が手を差し伸べようとしてくださっておるのに……もったいないのぉ。おそらくは、部族が存続できる、最後の好機じゃと思うが」

 バラクはチラリと、闇に沈む周囲の包囲網へ視線を流した。

「……このまま帰って、クルガンにすり潰される方が、良いと見える。……いや、ここを出る前に、帝国の精鋭にすり潰されるのが先か」


 その言葉が、二人の族長の心に、最後の楔となって打ち込まれた。

 進めば地獄クルガン、退けば地獄(帝国)。

 だが、目の前の白いテーブルには、甘い香りと湯気が立ち上っている。


 ゴードとエルラは顔を見合わせ、武器から手を離した。

 彼らは、ただ固く唇を結び、導かれるように白いテーブルへと歩み出した。


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― 新着の感想 ―
武力による支配 突然の事とは言えリナがここまでしなければならないほど追い詰められてしまったのか
更新お疲れ様です。 満を持しての東上!!^^ 優雅なティータイム?に気圧される二族長が・・・・ そしてバラクの三文芝居と有無を言わせぬ二人への破滅への選択肢。 彼らが腹を括る交渉をリナは成し遂げられ…
 輝夜さん、こんにちは。 「ようこそ、最前線の地獄(職場)へ。 私、リナ8歳です 第292話:『荒野のティータイム、狼たちの選択』」拝読致しました。  包囲されている?  飛び出してみたが、静かすぎ…
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