第282話:『未来の咆哮、監査官の沈黙』 -改訂版-
私の告白が終わった後、作戦室はしばらくの間言葉にならない感情で満たされていた。
やがてシュタイナー中将が一つ咳払いをし、その重厚な声で場の空気を引き締めた。
「……軍師殿の覚悟、確かに受け取った。……ヘルマン、皇子殿下と監査官殿を再びお通ししろ」
扉が開きユリウスたちとアイゼンハルトが再び入室する。皇子たちの顔には締め出されたことへの戸惑いと、何か重要なことが起きたのだという緊張感が浮かんでいた。
一方アイゼンハルトの表情は変わらない。だが彼の灰色の瞳は、仮面を着け直した私の顔と部屋に残された者たちのどこか変化した空気を、探るように観察していた。
私はテーブルに置かれた『囁きの小箱』を起動させる。ノイズ混じりの快活な声が響いた。
『――おう、リナ! 待ってたぜ! 例のブツの話だな?』
「マキナさん。お願いしていた『超長距離ライフル銃』の開発状況は?」
『ライフル銃? ああ、そんな時代遅れなモンもう捨てたよ!』
マキナの衝撃的な一言から彼女の独演会は始まった。
『火薬じゃねえ! 『エーテルリキッド』を使うんだ!』
その声は新たな神の啓示を得た預言者のように熱っぽく震えている。
『いいか!? 火薬の爆発は瞬間だ! 「ドン!」と一発殴って終わり! だがエーテルの気化膨張は持続する! 分かるか!? 長い廊下の端から端までずっと背中を押され続けるようなもんだ! 銃身の中で弾丸が最後まで加速し続けるんだよ!』
その熱弁に私は(なんかよく分からないけど、すごい自信……)と仮面の下でただ瞬きを繰り返す。
隣ではユリウス様たちが「エーテル…?」「持続…?」と未知の単語の洪水に完全に思考を停止させていた。レオン様だけが何とか食らいつこうと必死にペンを走らせるが、マキナの言葉の奔流に紙を引っ掻く音だけが虚しく響いていた。
『つまりだ! 長い銃身にすればするほど弾は無限に加速する! 射程も威力も火薬銃なんざ赤子同然になるってことだ! これぞ技術革命! 題して『マキナ・キャノン』と呼ぶべき――!』
マキナの熱弁が最高潮に達したところで、私は冷静にそして素朴な一言を挟んだ。
「……それで? 使えるんですか? それ」
通信機の向こうで何かがプツリと切れる音がしたようだった。マキナの熱弁がぴたりと止まる。
『……え?』
間の抜けた声が漏れた後、全てを吐き出すような深いため息が聞こえてきた。我に返ったマキナは今度は誰にでも分かるように性能と課題を要約し始めた。
『……ああ、つまりだ。理論上の射程は1000mを軽く超える。弾も貫通力を重視したタングステン合金の特殊なやつだ』
『ただクソ重くて長い。それに反動が特殊すぎて、そこらの兵士じゃ構えることすらできねえ。骨格と筋力が常人離れしてる奴なら使えるかもしれねえが、それでもかなりの習熟訓練が必要だ。弾道にもまだクセがあるし連続して撃つこともできねえ。次弾の準備に結構かかっちまう』
『試作品は完成してる。頑丈だから暴発はしねえが、腕に覚えのある奴でもそう簡単には扱えねえっていうじゃじゃ馬だ』
その言葉を聞き私の背筋を冷たいものが走り抜けた。
脳裏に浮かぶのは数百メートル先から一方的に騎士が屠られていく未来の戦場。この兵器は戦いのルールそのものを根底から破壊する。それは私が望む未来ではない。
私は即座に決断を下した。その声には一切の迷いもない。
「結構です。その試作品、今すぐこちらへ送ってください。それと追加で二丁、急ぎ生産を。……ただし」
私の声が氷のように冷たく鋭くなった。
「生産はその三丁で完全に打ち切ってください。設計図、試作品の残骸、関連する全ての資料はあなたの管理下で最高レベルの機密として封印を。この兵器は今日この瞬間より『存在しないもの』として扱います」
『はあ!? なんだってんだ、いきなり! せっかくの傑作を――』
「マキナさん!」
私は彼女の言葉を遮った。その声はもはや懇願に近かった。
「この『力』はあまりに危険すぎます。もしこれが世に出回れば模倣され、いずれ血を流すだけの道具になる。……私はこの武器で人の命を奪うつもりはありません。戦いを終わらせるためだけに最小限の力として使いたいのです。……分かってくれますね?」
通信機の向こうで長い長い沈黙が落ちた。マキナの荒い息遣いだけが聞こえる。やがて全てを諦めたような深いため息と共に彼女の声が返ってきた。
『……ちっ、分かったよ! お前の言う通りだ! ……送ってやる! ただしこの三丁はナンバリングして厳重に管理しろ! 一つでも無くしてみろ、ただじゃおかねえからな!』
マキナの捨て台詞と共に通信が切れた。
作戦室には再び静寂が戻る。
ユリウス様たちはただ呆然と立ち尽くしていた。自分たちが知らない場所で知らない技術が生まれ、戦争の形そのものが変わろうとしている。そして目の前の銀の仮面をつけた少女がその全てを動かし、そしてそのあまりに強大すぎる力を自らの手で封印しようとしている。その底知れない覚悟に彼らは畏怖と、そして抗いがたい興奮に身を震わせるしかなかった。
そしてアイゼンハルト。
彼の完璧なポーカーフェイスに初めて極めて微かな亀裂が入っていた。
彼の灰色の瞳の奥でほんの一瞬だけ、理解を超えたものに対する純粋な驚愕と、そして何かを測りかねるような深い思索の色が揺らめいた。
コストや効率、費用対効果。彼が信じてきた全ての尺度を投げ捨て、手に入れたばかりの圧倒的な力を自ら封印する。その行為は彼の理解の範疇を完全に超えていた。それは非合理で非効率で、官僚としては決して下してはならない判断のはずだった。だがそこに彼が今まで見たこともない、全く新しい価値基準が存在することを彼は認めざるを得なかった。
私はユリウスたちに向き直ると、静かにしかし絶対的な圧力で釘を刺した。
「この件、他言は無用です。……よろしいですね?」
三人は声もなくただ力強く頷き返す。その視線は部屋の隅で静かに佇むアイゼンハルトにも向けられていた。
軍議が終わった後もアイゼンハルトは一人作戦室に残り、誰もいない地図盤をまるでそこにまだ私がいるかのようにじっと見つめ続けていた。彼の心の中で信じてきた正義の天秤が、ギシリと音を立てて大きく揺れ始めていた。




