【ver.改訂前】第282話:『鋼の咆哮、未来の弾道』
工房の喧騒が遠のき、マキナは一人静寂に包まれた作業台の前に立っていた。
ランプの灯りが、彼女の前に横たわる黒い長物――『マキナ・キャノン』の無骨な鉄肌をぬらりと照らし出す。
「……さてと。あいつに送る前に、もう少し可愛がってやるか」
油に汚れた顔に獰猛な笑みが浮かんだ。彼女は楽しげに鼻歌を歌いながらその巨大な銃の調整作業に取り掛かる。
銃身に沿うように薄い金属板を数枚慎重に取り付けていく。あの発熱しすぎて失敗作扱いだった超高性能カイロだ。
(火薬銃と違ってこいつは銃身が熱いほどエーテルの気化膨張を助けて弾速が上がる。まさに逆転の発想だな。これで初速はさらに稼げるはずだ)
彼女の指先がまるで精密な楽器を調律するかのように照準器の微調整ダイヤルを回していく。カチ、カチと心地よい金属音が響いた。
◇◆◇
翌朝。
研究所の裏手に広がる広大な射撃試験場にマキナ・キャノンが鎮座していた。蒸気圧緩衝器と滑動式のレールを備えた鉄製の台座に、発射の衝撃を逃がすために計算された形で据え付けられている。その光景を、選抜された数名の技術者たちが固唾をのんで見守っていた。
マキナは銃の後部にある薬室を静かに開いた。カシャリと精巧な機械音が響く。
彼女が手に取ったのは子供の腕ほどもある真鍮製の薬莢。だがその中身は火薬ではない。後部に圧縮された『エーテルリキッド』の小瓶が、前部には流線形に削り出されたタングステン合金の弾頭が精密に組み込まれていた。
それを慎重に薬室へ滑り込ませ、再び閉鎖する。ガチャンという重い金属音が、これから始まる儀式の重みを物語っていた。
次に彼女は銃口の先端に薄い樹脂製の膜を被せ、銃身の側面にある小さなバルブに革のチューブを接続する。チューブの先は蒸気の力で動く小さな吸引ポンプに繋がっていた。
彼女がポンプのスイッチを入れると、ウィーンという低い作動音と共に銃口に被せた膜が内側へ向かって僅かに張り詰めていくのが見えた。銃身内の空気が急速に抜き取られていく。
彼女は銃身に取り付けたカイロのスイッチを入れ、銃身が陽炎のように揺らめき始めるのを確認する。そして自らも防音用の耳当てを装着し、台座から数歩離れた。
「――全速退避!」
号令と共に技術者たちが蜘蛛の子を散らすように防護壁の影へと駆け込む。
マキナは引き金に繋がれた長いワイヤーを握りしめ、深呼吸を一つ。
視線の先、遥か1200メートル彼方に設置された標的を見据える。それは帝国軍の最新鋭の盾を何枚も重ねて作られた、特殊な衝撃吸収材の塊だった。
ワイヤーを引いた。
――キィンッ!
鼓膜を突き破るような轟音ではなかった。
それは巨大な金属の鞭が空気を引き裂くような甲高く鋭い音。銃が「ドン!」と爆ぜるのではなく、「ぐおおおっ!」と唸りを上げて後方へ滑走する。台座の蒸気圧緩衝器が「プシュウウッ!」と甲高い排気音と共に白煙を噴き上げ、凄まじい反動を巧みに受け流した。後退した砲身は、やがて静かに元の位置へと戻っていく。
銃口から放たれたのは、炎や煙ではない。真空を破って飛び出した弾丸が作り出した、一瞬の衝撃波の陽炎。その陽炎の中心を見えない何かが貫いていった。
静寂が戻る。
遥か彼方の標的には何の変化も見られない。
「……外したか……?」
技術者の一人が不安げに呟いた。
「馬鹿言え!」
マキナが一喝する。「今ので外すわけがねえ! 行くぞ! 確認だ!」
彼女は近くに待機させていた蒸気トラックに飛び乗ると土煙を巻き上げて標的へと疾走する。
1200メートルという絶望的な距離を、鉄の獣はわずか数十秒で走破した。
そして彼らは見た。
標的の中心。そこに、まるで巨大な杭を打ち込まれたかのように深く円錐状の風穴が空いていた。
タングステンの弾頭は、その圧倒的な運動エネルギーで何枚もの盾を貫通し、最後の盾にめり込んだまま、まだ熱を帯びて鈍い光を放っている。
「……おいおい……マジかよ……」
技術者の一人が呆然と呟いた。
マキナはその光景に満足げに頷くと不敵な笑みを浮かべた。
「……貫通力は十分。これなら人の脚くらい肉を抉らず綺麗にブチ抜けるだろうさ。骨を砕かれりゃあ、どんな屈強な兵士も戦線離脱だ。致命傷は避けられるかもしれねえが、二度と戦場には立てねえだろうな」
彼女はまだ熱を持つ弾頭を革手袋で慎重に引き抜いた。
「……さて。この『未来』を、どうやってリナの元へ届けるかねぇ……。普通の輸送部隊じゃ、こいつの価値が分からねえ馬鹿に横取りされかねん」




