【ver.改訂前】第280話:『未来の咆哮』
一度解散し飲み物などを用意してもらいながら、再びユリウスたちには入って来てもらった。
私はテーブルに置かれた『囁きの小箱』を起動させる。ノイズ混じりの快活な声が響いた。
『――おう、リナ! 待ってたぜ! 例のブツの話だな?』
「マキナさん。お願いしていた『超長距離ライフル銃』の開発状況は?」
『ライフル銃? ああ、そんな時代遅れなモン、もう捨てたよ!』
マキナの衝撃的な一言から彼女の独演会は始まった。
『火薬じゃねえ! 『エーテルリキッド』を使うんだ!』
その声は新たな神の啓示を得た預言者のように、熱っぽく震えている。
『いいか!? 火薬の爆発は瞬間だ! 「ドン!」と一発殴って終わり! だがエーテルの気化膨張は持続する! 分かるか!? 長い廊下の端から端まで、ずっと背中を押され続けるようなもんだ! 銃身の中で弾丸が最後まで加速し続けるんだよ!』
その熱弁に私は(なんかよく分からないけど、すごい自信……)と仮面の下でただ瞬きを繰り返す。
隣ではユリウス様たちが「エーテル…?」「持続…?」と未知の単語の洪水に完全に思考を停止させていた。レオン様だけが何とか食らいつこうと必死にペンを走らせるが、マキナの言葉の奔流に紙を引っ掻く音だけが虚しく響いていた。
『つまりだ! 長い銃身にすればするほど弾は無限に加速する! 射程も威力も火薬銃なんざ赤子同然になるってことだ! これぞ技術革命! 題して『マキナ・キャノン』と呼ぶべき――!』
マキナの熱弁が最高潮に達したところで、私は冷静にそして素朴な一言を挟んだ。
「……それで? 使えるんですか? それ」
通信機の向こうで何かがプツリと切れる音がしたようだった。マキナの熱弁がぴたりと止まる。
『……え?』
間の抜けた声が漏れた後、全てを吐き出すような深いため息が聞こえてきた。我に返ったマキナは、今度は誰にでも分かるように性能と課題を要約し始めた。
『……ああ、つまりだ。理論上の射程は1000mを軽く超える。弾も貫通力を重視したタングステン合金の特殊なやつだ』
『ただ、クソ重くて長い。それに反動が特殊すぎて、そこらの兵士じゃ構えることすらできねえ。骨格と筋力が常人離れしてる奴なら使えるかもしれねえが、それでもかなりの習熟訓練が必要だ。弾道にもまだクセがあるし、連続して撃つこともできねえ。次弾の準備に、結構かかっちまう』
『試作品は完成してる。頑丈だから暴発はしねえが、腕に覚えのある奴でもそう簡単には扱えねえっていう、じゃじゃ馬だ』
その言葉を聞き、私の背筋を冷たいものが走り抜けた。
脳裏に浮かぶのは数百メートル先から一方的に騎士が屠られていく未来の戦場。この兵器は戦いのルールそのものを根底から破壊する。それは私が望む未来ではない。
私は即座に決断を下した。その声には一切の迷いもない。
「結構です。その試作品、今すぐこちらへ送ってください。それと追加で二丁、急ぎ生産を。……ただし」
私の声が氷のように冷たく、鋭くなった。
「生産はその三丁で完全に打ち切ってください。設計図、試作品の残骸、関連する全ての資料はあなたの管理下で最高レベルの機密として封印を。この兵器は今日この瞬間より『存在しないもの』として扱います」
『はあ!? なんだってんだ、いきなり! せっかくの傑作を――』
「マキナさん!」
私は彼女の言葉を遮った。その声はもはや懇願に近かった。
「この『力』はあまりに危険すぎます。もしこれが世に出回れば模倣され、いずれ血を流すだけの道具になる。……私はこの武器で人の命を奪うつもりはありません。戦いを終わらせるためだけに、最小限の力として使いたいのです。……分かってくれますね?」
通信機の向こうで長い長い沈黙が落ちた。マキナの荒い息遣いだけが聞こえる。やがて全てを諦めたような深いため息と共に、彼女の声が返ってきた。
『……ちっ、分かったよ! お前の言う通りだ! ……送ってやる! ただし、この三丁はナンバリングして厳重に管理しろ! 一つでも無くしてみろ、ただじゃおかねえからな!』
マキナの捨て台詞と共に通信が切れた。
作戦室には再び静寂が戻る。
ユリウス様たちはただ呆然と立ち尽くしていた。自分たちが知らない場所で知らない技術が生まれ、戦争の形そのものが変わろうとしている。そして目の前の銀の仮面をつけた少女がその全てを動かし、そしてそのあまりに強大すぎる力を自らの手で封印しようとしている。その底知れない覚悟に、彼らは畏怖とそして抗いがたい興奮に身を震わせるしかなかった。
私はユリウスたちに向き直ると、静かにしかし絶対的な圧力で釘を刺した。
「この件、他言は無用です。……よろしいですね?」
三人は声もなく、ただ力強く頷き返した。




