第272話:『獅子たちの告白』
眠りについたリナが運ばれていく。その一連の光景を、ユリウス、レオン、ゼイドの三人は、ロッジの窓から息を殺して見ていた。
食事が終わった後、昼間の礼も兼ねてリナともっと話がしたいと、テラスへ向かおうとした矢先だった。だが、セラとリナの間に流れる、誰にも踏み込めない神聖な空気を前に、彼らは足を止めてしまったのだ。
彼らが見たのは、帝国の未来を担う『天翼の軍師』ではない。ただ、疲れ果て、傷ついた一人の少女の、か弱い素顔。そして、それを命がけで支える側近たちの、深く、静かな愛情だった。
ゼイドは、テーブルの下で固く拳を握りしめていた。騎士として「守る」と誓ったはずなのに、自分は何もできていない。彼女の心の傷にさえ気づけなかった。その無力感が、彼の騎士としての矜持を鋭く抉る。
レオンは、無意識に眼鏡の位置を直した。知略で彼女を支えると誓いながら、その精神的な負荷を全く計算に入れていなかった。自分の分析がいかに表層的で、浅はかだったかを思い知らされる。
そしてユリウスは、胸が締め付けられるような痛みを覚えていた。未来の皇帝として彼女と並び立つことを望みながら、自分たちはまだ表面的なことに囚われ、彼女の心の深淵に触れることさえできていない。早く一人前になりたい。彼女と同じ目線に立ち、その重荷を分かち合いたい。その渇望が、彼の心を焦がした。
リナが寝室に運ばれた後も、三人は窓辺から動けずにいた。重い沈黙が、彼らの間に落ちる。
最初に口を開いたのはユリウスだった。
「……俺は、駄目だ」
自嘲気味な呟きが、静かな室内に響いた。
「彼女が何を背負っているのか、何も分かっていない」
レオンも、ゼイドも、その言葉を否定することはできなかった。
ユリウスは二人の顔を順に見回すと、決意を固めた目で言った。
「このままではいけない。俺は…俺たちは…もっと、自分にできる事を…」
彼は踵を返し、テラスで後片付けをしているセラの元へと向かった。レオンとゼイドも、覚悟を決めてその後に続く。
テラスで一人、月を見上げていたセラの前に立ったユリウスは、ためらうことなく深く頭を下げた。
「セラ殿。どうか、我々にも彼女を支える手伝いをさせてはいただけないだろうか」
その声は真摯に、そして必死に響いた。
「……まずは、どんな雑用でも構わない。彼女の負担を、少しでも軽くしたいんだ」
プライドを捨てた皇子の懇願に、セラの表情がわずかに和らいだ。彼女は皇子たちの顔を一人一人見つめ、その瞳の奥に宿る本物の覚悟を見極める。
やがて、セラの口元に、少しだけ意地悪な微笑みが浮かんだ。
「……よろしいでしょう。では、明日はまず、薪割りからお願いできますでしょうか」
その予想外の言葉に、皇子たちは一瞬呆気にとられたが、すぐに真剣な顔つきで力強く頷き返した。
夜空の下、若き獅子たちが、誰かに導かれるのではなく、自らの意志で確かな一歩を踏み出した瞬間だった。




