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ようこそ、最前線の地獄(職場)へ。 私、リナ8歳です ~軍師は囁き、世界は躍りだす~  作者: 輝夜
第十一章:『一年という名の礎』

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第263話:『若き獅子の目覚め』

 

 通信が切れ、部屋に静寂が戻る。

 だが、ユリウスの心の中は嵐が吹き荒れていた。父とリナ。そのやり取りが彼の脳裏に焼き付いて離れない。自分が知らない二人だけの世界。その事実が、彼の矜持を鋭く、深く抉った。


 軍議が終わり、将校たちがそれぞれの持ち場へと戻っていく。その喧騒の中、ユリウスだけが一人、椅子に座ったまま動けずにいた。テーブルの下で固く握りしめられた拳が微かに震えている。


「ユリウス、どうしたんだ?」

 レオンがその異変に気づき声をかける。彼は今日の会議の圧倒的な情報量に興奮し、ユリウスの内心の嵐には気づいていない。

「……いや。少し風にあたってくる」

 ユリウスは絞り出すように言うと、誰の顔も見ずに部屋を出て行った。


「どうしたんだろうな、殿下は」

 不思議そうに首を傾げるレオンの横で、ゼイドは黙って立ち上がった。彼の目はユリウスが消えた扉をじっと見つめている。

「……俺は、殿下のお側に」

 彼はそれだけ言うと、レオンの返事を待たずに後を追った。


 ◇◆◇


 月明かりが砦の中庭を青白く照らし出していた。

 ユリウスは手すりに凭れ、ただ虚空を見つめている。

「――殿下」

 背後からの声に、彼はゆっくりと振り返った。そこに立っていたのは、二本の木剣を抱えたゼイドだった。

 彼は何も言わず、その一本をユリウスに差し出す。

「……今は、そんな気分では……」

 ユリウスが断ろうとするが、ゼイドは無言のまま、ただ木剣を差し出し続けている。その真っ直ぐな瞳が有無を言わさぬ圧を放っていた。


 その時、二人の間にぬっと影が差した。

 いつの間にかゲッコーがそこに立っていたのだ。彼は驚くゼイドの頭をぽんと軽く叩くと、その傷だらけの顔ににぃっと似合わない笑みを浮かべてみせた。

 そして、ユリウスに向き直る。


「……リナ様とご自分を比べるのはおやめなさいませ」

 そのあまりに唐突で、全てを見透かしたような言葉に、ユリウスはハッと顔を上げた。

「そ、そのようなことなど……!」

 語尾が消え入るように小さくなる。

「リナ様はこの世に現れた奇跡。その思慮の深さ、広さ、そして優しさは無二のものです。……殿下がリナ様になる必要はございません」


「がっはっは! 心配する必要はなかったようだな!」

 地響きのような声と共に、シュタイナー中将が姿を現した。彼は満足げに頷くと、ユリウスの背中を軽く押す。

「さあ、行け。若いうちは頭で考えるより、体を動かす方が性に合っておろう」


 促されるまま、ユリウスはふらふらとゼイドの前へ進み出た。そして、諦めたように木剣を受け取る。

「……よろしくお願いいたします」

 ゼイドは一礼すると、中庭の中央で静かに剣を構えた。

 ユリウスもつられるように構える。

「……こうして剣を構えるのも久しぶりですね」


 その言葉が終わるか終わらないかの刹那。ゼイドの剣が閃光となってユリウスの脳天へと振り下ろされた。

 ガキンッ!

 ユリウスは辛うじてそれを受け止めるが、腕に走る痺れと共に、木剣が手から弾き飛ばされた。


「おや。ユリウス皇子の剣の実力はこの程度なのかな。これでは、護る者も大変であろうなぁ」

 シュタイナーの煽るような声に、ユリウスの顔がカッと熱くなる。

「ゼイド! ここからが本気だ! 受け損なうなよ!」


 そこからは一方的な蹂躙だった。

 ユリウスはがむしゃらに打ち込んでいくが、その全てがゼイドにいなされ、いとも簡単に地面に転がされる。泥だらけになり、息も絶え絶えになりながら、それでも彼は何度も立ち上がった。

 やがて、完全に体力の尽きたユリウスがその場にへたり込んだ。


「……ユリウス殿」

 シュタイナーがその隣に静かに腰を下ろす。

「そなたが目指すべきは、皇帝陛下であろう。あの御方も若い頃は、ただの腕白坊主であったわ。だが、多くの者と出会い、多くのことを学び、そして、誰よりも民を想う心で今の帝国を築かれた」


 その言葉がユリウスの心にじんわりと染みていく。

 その時、ふと視線を上げると、ゼイドの前にゲッコーが音もなく立っていた。ゼイドの目が嬉しそうに輝くのが見えた。

 一礼し、ゼイドが突っ込む。その速さは先程の比ではない。ゲッコーの顔面に木剣が迫る――と思った瞬間、ゼイドの身体が宙を舞い、バックドロップで地面に叩きつけられていた。

 ゲッコーは倒れたゼイドの喉元に木剣の切っ先を突きつけ、にぃっと笑う。

「け、剣術の戦いでは……!」

 呻くゼイドに、ゲッコーは静かに告げた。

「……剣など、武器の一つに過ぎぬ」


「ふははは。あちらも楽しそうなことをやっておるな」

 シュタイナーが楽しげに笑う。

 その光景を見ながら、ユリウスの心の中で何かが吹っ切れた。

 そうだ。自分はちっぽけなことで悩んでいた。今はあらゆることを学ぶ時なのだ。

 剣を、知略を、そして人の心を。

 僕は最高の教師たちに囲まれている。

 その事実に気づいた時、彼の口元に久しぶりに心からの笑みがこぼれた。


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― 新着の感想 ―
 輝夜さん、こんにちは。 「ようこそ、最前線の地獄(職場)へ。 私、リナ8歳です 第263話:『若き獅子の目覚め』」拝読致しました。  リナと父である皇帝陛下のやり取り。  ユリウスの心が大いに揺れ…
更新お疲れ様です。 ゼイドの無骨なは励まし。 意外なゲッコーの激励が・・・・(^^;; 中将のいつもの苛烈な励ましもw 次回も楽しみにしています。
ユリウスの周りがいい人達ばかりで良かった… 違ったらどっかのわがまま王子になってたな
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