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ようこそ、最前線の地獄(職場)へ。 私、リナ8歳です ~軍師は囁き、世界は躍りだす~  作者: 輝夜
第八章:『黄金の港、嵐の前の凪』

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第137話:『狂戦士の咆哮と、忠誠の盾』

 

 ゴオオオオオッ!

 港の方角から、巨大な黒煙が螺旋を描きながら立ち上った。

 間を置かず、断続的な爆発音が腹の底に響き、夕暮れの空気を無慈悲に引き裂く。

 一瞬の静寂の後、街は沸騰した。悲鳴が波のように押し寄せ、人々が我先にと逃げ惑う喧騒が、私たちがいた茶店のテラスまで響いてくる。


「……!」


 隣で茶を啜っていたゲッコーが、音もなく立ち上がる。その横顔は凪いだ湖面のようだったが、瞳の奥には鋭い光が宿っていた。彼は背後に控える二人の『影の部隊』へ、短く、しかし鋼のように鋭い声で命じる。


「他の隊員に伝えろ! カリン殿と子供たちを最優先で保護しろ! 実力行使も許可する! ……お前たちはすぐにここに戻れ!」

「はっ!」


 二つの影が頷くと同時に人混みの中へ溶け込み、瞬く間に見えなくなった。

 テラスに残されたのは、私とゲッコー、ただ二人。張り詰めた沈黙が肌を刺す。


 まさに、その時だった。

 私たちの眼前に、ぬらりと五つの影が立ち塞がった。

 先頭に立つのは、岩のような巨躯を持つ狂戦士バルドル。その瞳には、獲物を前にした獣の光だけがギラついている。


「……リナ様。……お下がりください」


 その声が合図だった。

 バルドルが獣の咆哮を上げ、巨大な戦斧を振りかぶる。それはもはや武器というより、一つの破壊現象だった。轟音と共に振り下ろされた一撃が、テラスの石畳を粉々に砕き、衝撃波が私の髪を激しく揺らす。

 ゲッコーはそれを紙一重で躱し、砕けた石片が舞う中を、流星のように駆けた。彼の双剣が銀の閃光を描き、バルドルの巨躯に襲い掛かる。


 キィン!と甲高い音が響き渡り、闇に火花が咲いては消える。

 戻ってきた二人の『影』も、残る四人の刺客と斬り結び、そこかしこで剣戟の音が鳴り響いた。だが、多勢に無勢。何より、ゲッコーとバルドルの間には、絶望的なまでの力の差があった。


 ゲッコーの剣技は、水が流れるように洗練され、美しい。双剣は舞うように敵の攻撃を受け流し、隙を突いて鋭い切っ先を突き立てる。しかし、バルドルの戦斧は、そのすべてを圧倒的な質量と暴力でねじ伏せた。一撃受け止めるたびに、ゲッコーの腕が痺れ、足元がよろめくのが見て取れた。彼の額には玉の汗が浮かび、呼吸が少しずつ乱れていく。


 茶店のテーブルが薙ぎ払われ、木っ端微塵に砕け散る。椅子が悲鳴を上げて宙を舞い、壁に突き刺さった。


 その混沌の中、敵の一人が守りをすり抜け、私へと牙を剥いた。

「リナ様!」

 ゲッコーが叫び、私を庇おうと、ほんの一瞬、その意識を逸らした。

 その刹那の隙を。

 飢えた獣の眼光が、見逃すはずもなかった。


「――もらったァ!!」


 バルドルの戦斧が、これまでとは比較にならない速度と重さでゲッコーに迫る。

 ガギィィンッ!

 耳を劈くような破壊音が響き渡った。ゲッコーの双剣が、まるで小枝のように弾き飛ばされ、闇の中へと消える。

 がら空きになった胴へ、バルドルの軍靴が容赦なくめり込んだ。

 鎧ごと内臓を砕くような鈍い音が響き、ゲッコーの口から苦悶の息が漏れる。彼の身体は「く」の字に折れ曲がり、店の壁に叩きつけられ、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。


「――さて。……終わりだ」


 気づけば、二人の『影』も血だまりの中に伏している。

 バルドルがゆっくりと、死神のように私へ近づいてくる。私は震える足で後ずさるしかできない。獣の眼光に射抜かれ、金縛りにあったように体が動かなかった。


 彼が巨大な手を伸ばし、私の腕を掴む。抵抗する間もなく、その肩に軽々と担ぎ上げられた。

「――行くぞ」


 仲間へ合図し、彼らは風のようにその場を去ろうとする。

 揺れる視界の中、私は最後の力を振り絞った。倒れ伏すゲッコーたちに向かって、か細い祈りを紡ぐ。


「《――水の精よ、どうか、この者たちの傷を癒やし……》」


 指先から、淡く温かい光が溢れ出した。

 だが、無防備な腹に叩き込まれた肘鉄の衝撃が、私の祈りと意識を同時に刈り取った。光は弱々しく瞬き、霧散する。


(……ごめん……なさい……)


 私の意識は、冷たい闇に沈んでいった。

 しかし、その不完全な奇跡の残光は、ゲッコーたちの命をかろうじて繋ぎ止めることに成功していた。


 ◇◆◇


 騒乱の余韻が残る路地裏で、デニウスはリナを担いだバルドルたちと合流した。そこへ、闇から滑り出るようにリゼットが現れる。彼女は倒れた『影』たちがいた方角を一瞥し、つまらなそうに唇を歪めた。


「意外と手間取ったのね」

「……帝国の『影』だろう。思ったより骨があった」

 バルドルの呟きに、リゼットは冷たい視線をリナへ落とす。

「本当に、帝国の隠れた聖女なのかもしれないわね。……私が追跡の足を止め、情報を撹乱するから。あなたたちは早く船へ運びなさい」


 そう言い残し、リゼットは再び街の闇へと消えていった。


 ◇◆◇


 ……やがて、残された『影』の一人が、ゲッコーたちを発見する。

「隊長! しっかりしてください!」

 肩を揺さぶられ、ゲッコーは朦朧とする意識の中、脇腹の激痛に呻いた。だが、その声は驚くほど明瞭だった。

「……追跡……急げ……」

 彼は的確な指示を飛ばすと、主君セラへと、絶望的な一文を刻んだ報せを送る。


 だが、彼らの追跡はリゼットが撒いた偽情報に翻弄された。稼がれた貴重な時間の中、リナを乗せた船は、まんまと夜の海原へと滑り出していた。



皆様のブックマーク、評価、そして「作者のわがまま、付き合ってやるぜ!」という温かい感想が、私の何よりの執筆エネルギーになります!

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― 新着の感想 ―
店舗の良さとストーリーの作り込みの深さに ハラハラしつつ楽しく読ませていただいています 勇者の時に簡単にさらわれてしまったのに 今回も同じことの繰り返しなのがちょっと気になりました 戦闘がもう少し接戦…
なんてこった!!俺たちのリナたんが攫われてしまった!! ( TДT)
心身ともに疲れてそうなのに、読者にまで配慮あるの心配。 我々の感想も愛のある指摘も余力ないと受け止めれんし、最後まで読みたいし次作も読みたいから、あんま無理しないで欲しいです。リフレッシュして欲しい。…
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