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ようこそ、最前線の地獄(職場)へ。 私、リナ8歳です ~軍師は囁き、世界は躍りだす~  作者: 輝夜
第八章:『黄金の港、嵐の前の凪』

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第115話:『プロジェクト始動と、商人たちの海へ』

 

 皇帝陛下の追認を得たばかりのその場は、巨大な計画が動き出す直前の熱に満ちていた。私は、未だ頬を紅潮させ、興奮に目を輝かせているマルコに向き直り、静かに最後の釘を刺す。


「――では、マルコ殿」


 凛とした声が響くと、彼の表情が引き締まった。


「この事業を進めるにあたり、あなたには正式に帝国へ籍を移していただきます。そして、計画の実現に必要と思われる信頼のおける人材には、あなたの判断で声をかけていただいて結構」


「……よろしいのですか?」


 マルコの目が、信じられないものを見るかのように見開かれる。一介の商人に、帝国の未来を左右する計画の人選まで委ねるというのか。


「ええ。多少話が外部に漏れることは想定内。いえ、むしろ漏れた方が都合が良い」


 私の唇が、仮面の下で微かな笑みの形を描く。その言葉に含まれた冷たい刃に、マルコははっと息を呑んだ。背筋をぞくりと冷たいものが駆け上る。

 この若き軍師は、すでに盤上の数手先を読んでいる。

 故郷ヴェネーリアに残る、耳聡く野心に飢えた商人たち。彼らがこの噂を耳にすればどうなるか。沈みゆく旧体制という船から、我先にと逃げ出す鼠のように、この新しい楽園へ雪崩を打って群がってくるだろう。

 それは、血を一滴も流さぬまま、古い時代の心臓を止める、静かなる死刑宣告だ。


 私はマルコから視線を外し、控えていた二人に鋭く指示を飛ばす。


「カイ殿。候補地の範囲の確定と用地の確保を直ちに開始してください。特区に関する法整備も急務です。あらゆる抜け道のない、盤石な礎を」


「マキナ。あなたには技術の確立と試作車両の準備を。最優先は、資材と人員を運ぶための頑丈な『蒸気トラック』です。新しい時代の道を切り拓く、力強い鉄の獣を」


「はっ!」「任せとけ!」


 カイの緊張を帯びた声と、マキナの不敵な声が重なる。二人の瞳に宿る異なる色の炎を見て、私は満足げに頷いた。

 プロジェクトの巨大な歯車が、ギシリと音を立てて回り始めた。


 ◇◆◇


 その夜、私は皇帝陛下の私室に召されていた。宰相閣下も同席している。揺れる暖炉の炎が磨かれた調度品を照らし、上質な茶葉の香りが漂う。まるで穏やかな茶会の延長のような、和やかな空気。だが、銀の仮面をつけた私の存在だけが、その場に冷たい緊張感を持ち込んでいた。


「あの場では皆の士気を高めるため、全面承認の形をとった。だが、軍師よ。改めてそなたの具体的な算段を聞かせてもらえぬか」


 皇帝の穏やかな声に応じ、私はマルコとの会談の最終報告と、カイとマキナへの指示内容を淀みなく説明した。一通り語り終えた後、私は静かに膝をつき、深く頭を垂れる。


「……それで、陛下。一つ、お願いがございます」


「申してみよ」


「もう少し様子を見させていただく必要がありますが、このプロジェクトの実務的な推進は、基本的には、カイ、マキナ、そしてマルコの三名に一任したく存じます。最終的な判断は宰相閣下に仰ぐ、という形で」


「ほう?」


 皇帝が面白そうに眉を上げた。カップを置くカチャリという音が、やけに大きく響く。


「なぜだ? そなたが指揮を執るのではないのか」


「はい。走り出した計画は、もはや彼ら専門家の領域。私が口を挟む余地は少ないでしょう。……そして、この機に私は、しばらく帝都を離れようと考えております」


「何!?」


 私の言葉が、穏やかな夜気を引き裂いた。皇帝の柔和な目が鋭く細められ、宰相の手がぴたりと止まる。部屋の空気が一瞬で凍りついた。


「……今のヴェネーリアを、この目で見ておきたいのです」


 私は顔を上げ、仮面越しに二人を真っ直ぐに見据えた。


「マルコという若き獅子が去った後、年老いたハイエナどもの巣がどうなっているのか。それを知らずして、この特区構想の真の成功はありえません」


「危険だ! そなた一人で行くなど、許さぬぞ!」


 皇帝が身を乗り出して声を荒らげる。その声には、為政者としての懸念と、私個人を案じる響きが混じっていた。


「ご心配には及びません。その点、ヴェネーリアに詳しい聖女マリアにも相談済みです」


 私は努めて落ち着いた声で、用意していた計画を披露する。


「彼女によれば、街の治安はまだ悪化していない、と。ただ、時代の風向きを読もうと誰もが浮足立っているだけ。それに、私一人では参りません」

 私の提案に、室内は一瞬、静まり返った。


 やがて、宰相がこめかみを押さえながら深く長い溜め息をつく。

「……軍師殿。それは、あまりに……大胆というか、その……」

 言葉を探すように視線を彷徨わせる宰相とは裏腹に、隣に座す皇帝は愉快そうに喉を鳴らしていた。


 計画の骨子はこうだ。

 聖リリアン孤児院の卒業生である商人の引率で、年長の子供二人を連れた『社会見学』。護衛には保父に扮したゲッコーと院長先生。そして、街の至る所に潜ませた私の『蜘蛛の糸』。


「……子供の社会見学を、本気で怪しむ者などおりますまい?」


 完璧な計画に、二人は深い深いため息をついた。強張っていた空気が、呆れと感心によってゆっくりと溶けていく。


「……分かった、分かった……」


 皇帝が降参したように手をひらひらと振った。その目には、やれやれという色と、どこか楽しげな光が宿っている。


「では、十分に気をつけて行くのだぞ。旅程は宰相に、事前に伝えておくように。……それと、土産話を楽しみにしておる」


「はっ! ありがたき幸せに存じます」


 望み通り、道は開かれた。

 私は深く一礼し、静かに部屋を辞す。窓の外には満天の星。遠い海の向こう、金と欲望と謀略が渦巻く商人たちの海へと思いを馳せながら、私は新たな冒険への準備を始めた。


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― 新着の感想 ―
アニメ化するならこれが3期のプロローグですね。 目的、ゴールは 「……今のヴェネツィアを、この目で見ておきたいのです」 「マルコという若き獅子が去った後、年老いたハイエナどもの巣がどうなっているの…
他の話でもちょくちょくリナの自画自賛が鼻につきます ↓ 私の口から語られるあまりに周到で、そしてどこか可愛らしい偽装計画 完璧な計画に、二人は深い深いため息をついた
輝夜さん、。こんにちは。 「ようこそ、最前線の地獄(職場)へ。 書記官リナ、8歳です 第115話:『プロジェクト始動と、商人たちの海へ』」まで拝読致しました。  マルコへ、帝国移籍の打診。  故郷を…
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