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星空を走るパンを追いかけて

作者: 神崎 月桂
掲載日:2025/12/26

 流星パンを知っているだろうか。


 これを語るには、まずは流れ星について話す必要があるだろう。


 夜空に走る一筋の光。空か落ちてくるその光が消えるまでに願いを三度言えば叶うとも言われる星。

 その正体はというと宇宙に漂っていた小石や塵が、地球の重力に引き寄せられて落下する際、秒速数十キロメートルという超高速に達し、大気中の分子との摩擦によりプラズマ化して発光する――要は、めちゃくちゃに熱くなって光っているわけである。


 ところで、パンというものがある。小麦粉に水と塩、イースト菌などの酵母を混ぜて醗酵させた生地を高温のオーブンにて焼成した、広く親しまれている主食のひとつである。


 そう。パンはその製作過程にて、高温で焼成している。

 だからなんだ、それがどうした、と。多くの人は思ったことだろう。事実としてその認識は正しい。


 だが、いるのである。


 ――流れ星が燃えるときの熱でパンって焼けるんじゃね?


 人の理解を超えた発想をする阿呆が。そして、それを実現してしまう天才が。


 なにを思ったのか、大気圏突入時の熱から内部に伝わる温度を調整してパンを焼くことができるオーブンを開発し。落下の衝撃緩和と焼成時間の確保のために一定高度に達すると落下傘が開傘する仕組みまでご丁寧に備えられ。

 不定期で行われる販売予告ののちに、宇宙から地上に向けて投下される。


「……今回こそは、絶対に買ってみせる」


 森の中。キャンプ用の椅子の上で私は毛布に包まりながら、じぃ、と星空を見上げていた。秋も終わりがけで少しずつやってくる冬の寒さは、毛布一枚ではちょっとばかし心もとない。

 女性ひとりで夜中に森にいるだなんて危ないだろう、と。そう言われてしまいそうなものだが、流星パンを取りに行くにはこうするしかないのである。


 流星パンは販売されている。……が、購入方法は文字通り、取ったもの勝ちである。

 どこに落ちるのか、という予告もなし。ヒントになるのは夜中に走る一筋の光。

 それを頼りに落下地点に向かい、地面に落ちているオーブン兼ケースの表面にあるQRコードで決済を行うと、扉のロックが解除され、晴れて流星パンを食べることができる。


 ここ数回の流星パンの落下地点から、おそらく次はこのあたりの森であろうということは推測がついている。

 だが、そう思っているのは私だけではない。他にも流星パンを狙っているブレッドハンターは数多くいる。


 だからこそ、できるだけ近くに落ちてくれることを願いつつ。流れ星を見落とさないように、空を見つめていた。


 空気が綺麗で、あたりが暗いこともあり。星はいつもの数倍ほどあるように見える。

 こんな緊張の走る時間でもなければ、落ち着いて天体観測でもしているところなのだけれど。


「――ッ!」


 そんなことを考えていた、その瞬間。遠くで一筋の光が星空を走った。ちょうど、こちらに向かって来ているような光の筋。

 流れ星にしては、光っている時間が長い。間違いない。これは、流星パンの特徴だ。

 椅子から跳ねようにして立ち上がり、流れ星を観察する。


 そのうちに光も落ち着いてきて。暗い夜空の中では追いかけるのも困難。でも、たぶんあの飛び方ならばこの近くに来ているはず。

 必死に空を見つめ続けることしばらく。星空に揺れる黒い影を見つけることができた。どうやら、既に落下傘が開いた後らしい。


 おおよそこの森に落ちてくるのではないか、という予想はどうやら当たっていた。しかし、流れ星は私の頭を追い越して、少し遠くへと落ちようとしている。

 急がないと。他のブレッドハンターたちに先を越されてしまう。

 幸いにも、めちゃくちゃに遠くというわけではないし、まだ降下中の流星パンを見つけることもできた。

 これならば、間に合うはずだ。


 私は走り出した。腕に絡みついた毛布も気にせず――いや、ちょっと……そこそこ、ううん、かなり邪魔だったけど――流星パンを目掛けて走る。ときおり、空に揺らめく影に投光されているのも確認できた。他のブレッドハンターが存在に気づいたのだろう。

 急がなければいけない、と再確認するとともに。ちょっとだけありがたくはある。走っている状況だと、空をじっとは見上げてられないし。


「っと、ひゃあっ!」


 つんのめって、危ない――と思った瞬間。自身にもっと危険が迫っていたという事実を理解する。

 崖だ。切り立った、というほどではないけれども。少なくとも、走るはおろか、歩くことすら困難に見えるレベルの降り坂。

 流星パンへと最短距離で、前をロクに見ずに走り続けていたら、危うく落ちるところだった。つい先の瞬間には恨みそうだった木の根に、ほんのり感謝を覚える。


「でも、どうしよう」


 今いる場所よりも高いところに落ちた場合に大変だろうとある程度の標高があるところに拠点を構えていたのだけれども。まさか、こんな崖があっただなんて想定外。


 迂回して、通れる場所を探す? でも、既に他のブレッドハンターが流星パンを見つけている現在、あまり猶予もない。崖の下に拠点を構えているブレッドハンターもいるだろうし。


 こんなチャンス、またとないだろうに、と。拳を握りしめかけて。

 握り込んだ毛布を見て、少し考える。本当ならば、考える時間も惜しいのだけれども、さすがに、覚悟が必要だったから。


 けど、行くしか、ない。腕に絡まる形でついてきてくれた毛布くんに感謝をしよう。


 意を決して、私は毛布に包まると、急坂に身を投げる。めちゃくちゃに怖いし痛い。スピードも出てる。

 最後は木の幹にぶつかって止まった。脇腹を抑えながらになんとか立ち上がる。

 うん、とりあえず、無事……ではないかもしれないけど、動けはする。走れはする。


 まだ、チャンスはある。


 森の中を駆け抜けて、落下地点と思われる場所へ。

 たぶん、このあたりに――、


 あたりを探すことしばらく。落下傘が枝に引っかかるようにしてぶら下がっている金属製の箱を見つけることができた。流星パンだ。

 幸い、扉は開いていない。決済を終えるまでは開くことはないので。つまり、私が一番乗りだ。

 ただ、高いところにあるので降ろすのに苦労した。その間にブレッドハンターたちが三人ほどやってきた。彼らは私が先に来ていることに気づくと肩を落として帰って行った。

 ……危なかった。もう少しで先を越されるところだった。


「よし、これでやっと食べられる」


 なんとか流星パンを降ろして――四人目にやってきたブレッドハンターも手伝ってくたけど――ついに、流星パンの箱と正面からご対面。

 周りの汚れを軽く払いながら、QRコードを探す。……これだ。

 決済を終えると、電子音が鳴りながら扉が開く。庫内からはパンの焼けたいい匂いがしてくる。


「これが、流星パン」


 仰々しい箱の割には、中に鎮座しているのはたったひとつのシナモンロール。まあ、こんなトチ狂った方法で焼こうとしているのだから、こんな装備にもなるのだろうけれども。

 ちなみにシナモンロールなのは、渦を巻いている姿が銀河っぽいから、らしい。宇宙つながりといえば宇宙つながりだけど、流れ星と銀河にあんまり関係ない気が――、


 まあ、そんな製作者のうんぬんはいいだろう。ともかく、今大事なのは目の前に流星パンかあるという事実。

 焼き立ての流星パンを手に取り、私はひと思いにかじりつく。

 もっ、もっ、もっ、と。食べ進める。


 なるほど、なるほど。……なるほど。


 おいしい、のは、おいしいのだけれども。

 うん、まあ、なんていうか。ちゃんと温度管理のできるオーブンって素晴らしいんだなって。

 いやまあ、大気圏突入時の熱で焼ける窯もすごいんだけど。どうしても、短時間かつ高温で焼くことになるから、そのあたりはどうしても、ね?

 ……食感のあたりが、うん。


 そうして。こくん、と最後のひとかけを飲み込んで。


「……明日の朝、近所のパン屋さんに行こう」


 そう、ちょっぴり決意した。

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