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捨てられた大聖女はエルフから溺愛されて自国に舞い戻る  作者: 竹輪㋠


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黒い怪物2


**残酷な描写があります。ご注意ください**

 バリバリバリ。

 中から鈍く嫌な音が聞こえてきた。ジェシカを飲み込んだ黒い魔獣は一層大きくブクブクと膨らんだ。

「なっ、なんだ⁉」

 アーノルドが唖然としていると魔獣はドロドロと広がったり膨らんだりして収縮している。

「アーノルド様」

 残っていた親衛隊二人が駆けつけると、アーノルドの体を起こそうと体に触れた。

「え」

「ふごっ」

 瞬間、二人が魔獣に取り込まれる。

「う、うわああああああっ」

 二人を飲みこんだ黒い魔獣はさらに体を大きく膨れさせた。

 バリバリバリ。

 アーノルドの腕とつながっているというだけで、もうそれは大きな真っ黒な魔獣だった。

 時々爪の形を現し、その姿はだんだんとなにかに形どろうとしているようだ。


「一旦、みな後ろに下がって距離をとれ、炎の魔法が使える者は前に出ろ!」

 将軍の指示で魔法が使える者たちが前に集まってアーノルドに向かって炎をぶつけた。

 アーノルドを守るように膨らむと魔獣は炎を防いだ。

 その様子を見たアーノルドは安心したのか、人を三人も飲み込んで強くなった魔獣に希望を持ったようだった。

「ハハハ……無敵だ……ヒャハハ……」

 不気味に笑いだすアーノルドに炎の魔法の攻撃が始まっても、いっこうに彼にたどり着くことはできない。

「化け物め……」

 炎の魔法も効かないアーノルドに将軍が呟いた。


 アーノルドはずりずりと移動をする。きっと今の局面から逃げるつもりなのだろう。

 あの、恐ろしい姿のまま彼を逃しては大変なことになる。

 私はモモを三人に預けると前に出た。

「フィー!」

 私が出てきたことで慌ててヴィクタが隣にやってきてくれた。

「アーノルドを逃がしてはいけないわ。そんなことになったら、もっと人を吸収して取り返しのつかないことになります」

 私がそう言うと将軍が弱気な言葉を返した。

「しかし、炎も効かないとなると、どうやって倒せばいいか」

「あの腕はご神体です。きっと魔獣本体は燃えるはずです」

 私が主張するとヴィクタがそれに加勢してくれた。

「……もしかしたらアーノルドとつながっているおかげでシールドで炎を防いでいるのかもしれないな」

「それなら、魔獣をアーノルド王子から離せば……」

「やってみよう」


 もう一度 体制を整えてアーノルドに向き直ると、彼は地中に潜ることにしたようだった。

 周りに毒をまき散らしながら、ず、ずっ、と魔獣が地面を掘っている。

 止めないと、そう思った私はアーノルドに話しかけた。

「まさか、逃げるの? 無様な格好ね、アーノルド」

 私が声が聞こえたのかアーノルドの動きが止まった。

「きさま……」

 じろり、とその目が私を捉えた。

「断頭台の刃の切れ味は格別だったわね」

「フィイイイイネエエエエッツ!」

 低い声が私を憎々しく呼んだ。

 無邪気にエルフの話をしていた幼い日のアーノルドを思い出す。

 結局、痛めつけようとも、彼の心はキーラを求めていたに違いない。

 それがキーラの魅了の呪いなのかはわからない。けれども執着していたことにかわりはない。

「せっかく手に入れた憧れのエルフだったのに」

「お前が仕組んだんだな、よくも……」

「ねえ……私もエルフを手に入れたの。それにほら見て、健康になって、美しくなったでしょう? なのに、あなたはとっても惨めなのね」

 ヴィクタの肩に手を置いてアーノルドを上から見下ろした。あおるだけあおるとアーノルドは怒りを蓄えた目で私を睨んだ。

 そうよ、怒ったらいい。そうして、私に向かってきたらいい。

 激高すると後先考えなくなるのは昔から変わらない。


 バシュッ!

 黒い爪が伸びて襲ってきた。それは幾重にも分かれて私を狙ってきた。

 ガキン、とそれをヴィクタが目の前ではらってくれる。もうそのスピードに目はついていかない。

 アーノルドと距離をとり、魔獣をできるだけ遠隔から操作するように誘う。彼の体は素早く動ける状態ではない。


 稀である雷の魔力を持ち、圧倒的センスで数々の戦いを勝利に導いてきた天才。

 美しいその姿。

 誰もがうらやむ王子、アーノルド。


 そんな彼がずっと蔑んできた私にこんなことを言われてさぞ屈辱を感じているだろう。

 私を憎めばいい。

 いつだって、うまくいかないことは誰かのせいにしていたのだから。

 そうして怒り狂って、全てを台無しにすればいい。

 新しく手にしたその強大な力も。


「死ねえええええっ!」

 アーノルドは腕の魔獣の部分を限界まで伸ばした。

 ヴィクタはこれを待っていたのだ。

「うおおおおおおおっ!」

 炎の剣を振りかぶるとヴィクタが一気にアーノルドに近づいてその腕を肩から切り落とした。

「ガッ……」

 それは、まぎれもなく人である部分だった。

 ドサリ、とアーノルドが血しぶきを上げて倒れる。

「ぎゃああああああっ」

 転げまわったアーノルドの断末魔が聞こえる。

 離れてしまった魔獣の部分はそれを察知するとすぐさま戻ってきて、今度はアーノルドを包み込んだ。

 それは一瞬の出来事で、その情景をただ見ていることしかできなかった。

「まさか、飲み込んだの?」

 体が離れてしまうとアーノルドは『守るべきもの』ではなくなってしまったのだろうか。

 グチャ……。

 グチャ……。

 先の三人を飲み込んだ時のように魔獣は大きくなったり、広がったりした。

 後に残ったのは大量の血痕だけだった。

 そうしてブクブクと体を変えて、なんとなく毒サソリの魔獣のような形をとった。

 その魔獣は辺りをしばらく観察しているようだった。

 私に対する殺気はなくなり、完全に動きが魔獣のものとなっていた。

 ガキン。

 それでも四肢を伸ばして攻撃するのは同じで、しかし、それに対応してヴィクタが炎の剣で切るとそれは灰になって散っていった。


「燃えた……」

「燃えたぞおおおおおおっ!」

 将軍の声で我に返り、レリア軍の兵士たちが魔獣に魔法をぶつけた。

 アーノルドの魔法が使えた時とは違って、魔獣の体は火に弱かった。

 ものが焼ける嫌な匂いが辺りに広まって魔獣はどんどん体を小さくしていった。


「跡形もなく焼かなくてはならない」

 ヴィクタは丹念に取りこぼしがないよう破片一つにも気を使って魔物を焼いた。

 私はヴィクタの隣で魔力を供給し続けた。

 炎は燃え上がり、全てを灰にした。


 大きな炎は辺りをまるで昼間のように照らしていた。

 枯れていた涙がまた頬を伝う。



 神殿長だったキーラはようやく自由になった。

 アーノルドを最後まで愛したジェシカは結局彼と一緒になれたということか。


 ぼんやりと炎を見ながら、私はそんなことを思った。




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