アーノルドの呪いの言葉
――覚えていろ。必ず、やり返してやる。
アーノルドの声を思い出すと私は深く息を吐いた。
言ったことは行動にするのが彼のやり方だ。
きっと火傷を負わせた私に同じ痛みを味わわせてやりたいと思っているはずだ。
こんなにアーノルドのことを考えることになるなんて、苦々しい。
モモを人質に取ったのなら、必ず私に仕掛けてくるだろう。
彼女を盾にすれば私が出てくるとわかっているのだ。
それに利用するだけ利用するのがアーノルドだ。きっとモモにも治癒させようと考えているに違いない。
彼の手札は手足になる親衛隊五人。治癒ができるジェシカと人質のモモ。
……そして、多分、切り札になるカードはきっと神殿長だ。
神殿長がエルフであるキーラなのかはまだはっきりしていない。けれど、今回モモの代わりにした少女に毒を使っていることで私の中ではキーラであると思っている。
なによりその言動でヴィクタがそう確信しているのがわかっていた。
もともとキーラのしていた毒の研究の方は他者に危害を加えることではなく、痛みの軽減や手術時の麻酔に使われるためだったとアテナから聞いている。
そんな毒は扱うにはとても繊細なものだ。モモの代わりを用意するのにぎりぎりの症状を作り出すのも量や作用を熟知している者でないと無理だろう。
ヴィクタの手を借りて聖女たちに薬を配っていると副将軍がテントにやってきた。
「ヴィクタール様、ロッドの国王が自白しました。やはり神殿長はエルフのキーラで間違いありません」
その言葉に私はヴィクタを見ると彼の表情はなに一つ動いていなかった。きっとそうだと覚悟はしていたのだろう。
「フィー、私は国王に尋ねたいことがある」
「わかりました」
ヴィクタはそう言って副将軍とテントを出て行った。きっと国王に尋問するのだろう。
残ったララとルルが私の方を不安そうに見ていた。
「フィーネ様、神殿長がエルフってどういうことですか?」
一瞬この子たちを巻き込んでいいかと考えたけれど、その真剣な目に対等に話すべきだと思い直した。
「実は神殿長は正体を偽っていたのです。彼女は本当はエルフ国から追放されたキーラという元エルフだったようです」
「エルフ……」
「そして、どうやらロッドの王族に隷属させられているようです。普段は見た目を変えることのできる魔法道具のペンダントを使っているけれど、ジェシカと同じ金髪にブルーの瞳をしているそうよ」
「あ……」
その言葉でルルが声を上げた。
「どうかしたの?」
「い、いえ……でも……」
ルルの様子をララと不思議そうに見ていると、意を決したのかルルが続きを話し出した。
「聖女の中で、アーノルド王子とジェシカの逢引きを目撃したことがある者が数人いたのです。私も見かけましたし」
「……前にもそんなこと言っていましたね」
「はい。相手がジェシカだと思っていたのでその時はみんなで怒っていたのですが……見かける場所がちょっと変だったかもって」
「変?」
「その、ロッド王家専用の礼拝堂の方で見かけたのです」
「わざわざ行くような場所じゃないわね。でもそれはあなたたちも同じでしょう?」
王宮内に作られた礼拝堂は代々王家の棺が安置されている場所だ。お墓なので用事がないと誰も近づかない。
「実は野イチゴが生えていた場所があって、それでみんな……」
「なるほど、秘密にして採りに行っていたわけね。それって、いつ頃だったかわかる?」
「野イチゴが生る時期なので……そういえば儀式が近かったような……」
「ほかに目撃した子に聞いてみましょう」
そのままみんなに聞いてみると、どうやら彼らの逢引きはやはり礼拝堂の近くで目撃されていたようだった。
おおよそのことだとしても、それは儀式の近い日が多い。
もしも、みんながジェシカだと思っていた人物がキーラだったとしたら、儀式辺りにアーノルドと礼拝堂近くにいたということになる。
棺が安置されている礼拝堂に毒の研究施設があるのだとしたら?
そこで、『ご神体』と称した毒と魔物の混合物が管理されているのかもしれない。
私はすぐにヴィクタにそのことを報告した。
そうしてそのことでずっと口をつぐんでいたロッド王は、観念して魔獣や毒の研究をしていた施設が礼拝堂の下にあることを認めた。アーノルドと親衛隊たちもそこにいると白状したのだ。
「アーノルドが酷い火傷を負ってそこにいるようだ。なんとか息子の命だけは助けてほしいと懇願していたよ」
「きっとモモ……キーラとジェシカも一緒なんでしょうね。動けないとすれば、あの火傷を完治するのは無理だったのでしょう。アーノルドを助ける、なんてことはないですよね?」
「聖女も失った今、ロッド王はもう交渉できるものなんてないからな。難癖付けて今まで散々私欲のために他国に攻め入ったのだ、王族もアーノルドも助けてやる義理もない。長期戦になってもレリア軍はアーノルドを捕まえる方針だ」
「だとするとアーノルドには逃げるしか道はないでしょうね」
あのプライドの高い男が私に頭を下げて『逃がしてくれ』とは言わないだろう。
モモを盾にとって私をどうにか従わせ、逃げた後で私に仕返しをするのが関の山だ。
それから将軍がすぐに動いてレリア軍は王宮内にある礼拝堂に向かった。
けれどもそこはロッド国の最先端の魔法のシールドに囲まれて、厳重に守られていた。
今回のレリア国軍の奇襲が少しでも遅れれば王族すべてがそこに逃げ込んでいただろう。
いつかは食料も尽きて出てこなくてはならないかもしれないが、アーノルドの回復まではきっと出てはこないだろうと予想された。
「どうしたものか」
レリア軍に囲まれて、もうアーノルドは逃げるしか選択はない。
しかし、モモを盾に私を脅してくるだろうアーノルドの動きはなかった。
中でなにが起こっているのだろうか。
緊迫した空気の中、その日はレリアの陣営で眠った。
「いつアーノルドから接触されても対応できるように眠っておこう」
「モモは……生きているでしょうか」
私が弱音を吐くとヴィクタが優しく抱きしめてくれた。
「大丈夫だ、彼女はフィーの大切な家族であることで守られている。ヤツは大切な人質を捨てたりしない」
「……はい」
「明日、聖女たちはレリア国に移動するからもう安全だ。私たちはもう少しこちらに残ろう」
「はい」
そうして眠れるおまじないだとヴィクタが額にキスを贈ってくれた。
私はぎゅっと抱き着いてそのまま眠った。




