残りの聖女たち
「聖女たちは薬を服用したか?」
私がテントから出ると外で待っていてくれたヴィクタに声をかけられた。
「はい。でもララとルルはモモたちが無事に帰ってくるまで服用しないって聞かなくて」
「フィーが説得したのに? どういうことだ?」
「私になにかあった時に力になりたいと言っていました。もう無理なんてしないのに」
「そうか……」
「レリア軍はもう出たのですか?」
「ああ。アーノルドに痛手を与えた今が叩きどころだろう。奇襲がうまく行った。ロッド王も自分たちの保身に残った聖女を渡すしか手はない。神殿の像の台座の仕掛けも燃やしてあるからどのみち治癒力は使えない。そちらはテイラーたちが上手くやってくれた。しかし……ご神体は見つからなかったようだ」
「どうやらモモたちは王宮の方へ連れられて行ったようです」
「どこかに隠し部屋があるのだろうな。研究施設も見つからなかったというから、そこにアーノルドたちも隠れているのかもしれない」
「神殿長も一緒でしょうか」
「神殿長が魔獣と毒の研究をしていたキーラなら、そうかもしれんな」
「もしもキーラなら、どうなるのですか?」
「さあ……ただ、首輪は外してやらないと」
「外せるのですか?」
「多分……その時は命を落とすだろう。けれど、キーラにエルフの気質が残っているなら、きっと自分で外せるなら迷いなく外していたはずだ」
「死さえ自由ではないのですね」
「おそらく」
そうしてロッド国はレリア国の大軍勢に王宮を囲まれることになった。
その数は圧倒的にレリア国が上回っており、アーノルドも戦力外で、治癒力も持たないロッド国にもうなす術はなかった。
三日経たないうちにロッド王を含む王族は投降し、後日断罪されることになった。
奇しくも神殿長、アーノルドと親衛隊五名は行方不明だ。
それはまだ油断ならないことを示していた。
「みんな!」
しかし残りの聖女たちは将軍の交渉のおかげで無事に全員引き渡された。けれど、その健康状態はいいとは言えない。
「ライラ! ルイーゼ!」
先に陣営についていた聖女たちが駆け寄って再会を喜んだ。
再会した聖女たちは声をかけてもみんなうつろな目をしていて、立てる様子さえなかった。
けれどそれは儀式を避けられた子たちで支えていくつもりだ。
もちろん、私も。
聖女たちはみんなレリア国の魔術団が用意した施設で保護されることになっている。年齢の低い者は残った資料に照らし合わせて、本当の家族の元に帰る者もこの先出てくるかもしれない。
そちらの方は面談を重ねて慎重に対処するつもりだ。
まだまだこれから、やることはたくさんある。
でも、なんとか聖女を救えたことにホッとしていた。
やっと心の底から喜ぶことができる。
「フィーネ様」
聖女たちの健康状態をひとりひとり確認をしているとララとルルが私のところへやってきた。
端から順番に診ていた私はその声で顔を上げる。
「どうかしたの?」
「それが……」
「モモが、モモがいません」
「え? でも、将軍に二十四名名簿で確認して引き渡してもらったのよ?」
「モモの服を着ていましたが、全くの別人でした」
それを聞いて私は急いで見に行った。
テントの端に寝かされていたのは、ララが言う通り、モモの服を着た別人だった。
「この人は知っている人?」
聞くと二人は首を横にふった。
「でも、食堂の下働きにきた女の子がモモと背格好が似ているって聞いたことがあります」
ルルの言葉に息をのんだ。
ハアハアとうつろな瞳で苦しそうに息をする少女は一見他の聖女と同じような症状だ。
毒でも飲ませたのだろうか……。
こんなこと、できるのはアーノルドしかいない。
いや、モモを人質にするためにアーノルドが仕組んだに違いない。
「神殿長……」
将軍に彼女の確保もできなかったと聞いている。
アーノルドに聖女が区別できるなんて思わない。彼にとって聖女は体のいい治癒係なのだから。
きっとモモを選んだのは彼女だ。
隷属されるとまったく自分の意志はないのだろうか。
「フィー、どうした?」
私の異変を感じ取ってくれたのかヴィクタがこちらにきてくれた。私は落ち着くために彼の手にすがった。
アーノルドの性格を思い出して、彼の裏をかかなければならない。
「モモが……私の世話係だった聖女が他の少女と入れ替えられていました」
「この娘か?」
ヴィクタはすぐに少女の様子を診てくれた。
「これは他の聖女とは違う症状だ……かすかに毒草の匂いがする。うまく偽装されたものだ」
「ロッド国が粛清された今、アーノルドはモモを使って私をおびき出すつもりなのでしょう。逃げるつもりなのか、せめて私を殺すつもりなのかはわかりませんが」
落ち着いて話したつもりだったが、口に出すと声は震えていた。
そんな私にヴィクタが手を握り返してくれた。
「必ず、フィーは私が守る」
「いえ、ヴィクタ……一緒に戦ってほしいのです。モモをあの男……アーノルドから奪還します」
その言葉を聞いたヴィクタははじかれたように笑った。
「失言だったな。フィー。私はお前の半身だ。最後までお前の運命とともに寄り添おう」
どこまでも私を理解してくれるヴィクタに胸が熱くなる。
私の後ろでララとルルも強く頷いてくれていた。




