作戦決行4
これでここにいた聖女はみんな下にいる馬車に乗せることができる。そう思いながらララとルルを気球に押し込むと彼女たちは必死で私の服を掴んだ。
「私たちも残ります」
「ダメよ、足手まといになるだけ。みんなをまとめておいて。きっと不安だろうから」
「ブラックローズ様……」
「いい? 馬車はすぐに全部出してもらって。でないとアーノルドに追いつかれてしまう。全速力で走ってもらうの。さあ、行って! ミュンセ様、お願いします」
「わかりました」
その手を優しく外すと頭を撫でた。不安そうな顔の聖女に安心できるように笑うと背中を向けた。向かってくる男たちに対応できるように炎の壁を作り出す。魔力だけは使い放題なのだ。
きっとヴィクタがすぐに来てくれる。それまで持ちこたえればいい。
ドドンッ。
アーノルドの親衛隊が攻撃を仕掛けてくる。この五名は魔力も攻撃力もロッド軍最強のはず。戦争時も優先して治癒してきた者たちだからだ。
でも、その戦い方は聖女だよりに特化している。
「テイラー、ガッド、ヨナサン! 左腕狙ってください!」
今、モモたちは体調が整わずに治癒が出来ないはずだ。
私は彼らの治癒は担当したことはない。だから完全に治したと見えて、脆くなっている。
彼らは左腕を犠牲にして戦う。それはアーノルドも同じ。しかしアーノルドと違うのは毎回完全に治癒できているわけではないこと。担当していたライラが腕が痛むと愚痴をこぼされているのを聞いていたのだから間違いないだろう。
私の声を聞いて治癒してくれる聖女がいないことに気づいたのか男たちの戦い方が変わり、魔法で応戦し始める。
魔法なら、少しは対応できる。
最大火力で炎の壁を作ると水魔法でそれを相殺しようと応戦してくる。
水蒸気が爆発し、周りの温度が上がる。お互いに灼熱地獄だ。私は未熟でまだ広範囲のシールドが張れないので、こうやって壁を作るしかない。飛んでくる魔力弾に腰が引けそうになりながら炎を出し続けた。魔力は底なしに使えるけれど、集中力が持たなくなりそうだ。
「フィー!」
いよいよ辛くなってきたところでその声が聞こえる。心底ほっとすると同時に頑張る気力が湧いてくる。ヴィクタが来てくれたら、なにも怖くない。
ヴィクタは庇うようにきてすぐに私の目の前にシールドを構築してくれる。私は魔法を使うのを止めた。
聖女を乗せた馬車はもう見えないくらいになっていた。でも、まだ油断はできない。
「もう大丈夫だ。一人で偉かったな」
背中をポンと叩かれただけで、さっきまで不安だった気持ちが霧散してしまう。
「そこで、待っていなさい。じきにアニーがくる」
私に手厚いシールドをかけたヴィクタは右手に炎の剣を構えた。
火の魔法を使う時だけ、ヴィクタの金色の瞳は赤く輝く……なんて、美しい姿なのだろうか。
不謹慎ながら魅入ってしまう。これでテイラーたちとヴィクタで四対五だ。
しかし……。
バリバリ、ガシャーン!
大きな雷撃が落ちてきて地面が揺れた。
「この王宮から逃げられると思うな! バカにしやがって!」
アーノルドが怒りに満ちた顔をしてやってきた。彼は大きな雷の剣を腕に持っている。
あんなに大きな雷の剣を使うのか、と驚いた。
ガキンッ
踏み込んできたかと思えばもうヴィクタと剣を交えている。なんて素早さだろう。立て続けの剣の応酬に目で追うのがやっとだ。
結局ヴィクタは三人を相手に戦わなくてはならなくなっている。
「ブラックローズ様! こちらです!」
その時腕を後ろに引かれて我に返った。そこにいたのはアニーで彼女はグライダーを用意してくれていた。すぐに一緒に組み立てて逃げる算段をする。
いくら王宮の端であってもここはアーノルドの手の中だ。シールドの綻びが修正されたら外に出られなくなる。
「もうすぐ、緊急時の魔力の増幅装置も作動します。その前にここを脱出しないと」
グライダーの用意ができるとアニーが合図に照明弾を空に撃った。
それを合図にテイラーたちも敵を躱してグライダーに乗り込んだ。
「さあ、ブラックローズ様は私と」
いち早くアニーとグライダーにのって空に飛び出す。下を見るとまだヴィクタはアーノルドと闘っていた。心配だが足手まといにもなりたくない。しっかりと持ち手を掴んで風を感じる。グライダーの操作はアニーに任せた。
上手く風に乗って先に進んだと思った時、グライダーの羽が何かに撃ち抜かれた。
「わあああっ!」
バランスを崩してグライダーが真っ逆さまに落ちて行く。
私は魔法を使って下から風を起こしてグライダーを支えた。
「ぐううっ」
調節できない分、体が今度は上に飛ばされる。すると肩を誰かに掴まれ、引っ張られてグライダーから手を離した。
「ブラックローズ様!」
アニーの声が遠くなる。それとは逆にぐいと体が乱暴に掴まれる。
「死にぞこないが、いい気になるな」
恐怖で体が固まる。
聞き覚えのある声はかつてのように私を罵った。




