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捨てられた大聖女はエルフから溺愛されて自国に舞い戻る  作者: 竹輪㋠


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作戦決行2

 部屋におずおずと入ってきたのは久しぶりに見るララだった。

 会いたかったと言いたい気持ちを抑えて観察する。

 髪が少し伸びた彼女に以前のはつらつとした印象はなかった。

 しっかり者の彼女だが治癒力が少ないのできっとモモたちのように儀式を受けずに済んだのだろう。

「あらまあ、可愛らしい聖女様だこと。初めまして、ローズ=グラントと申します」

「ラ、ララと……申します」

 一目見ただけでララはすぐに私をフィーネだと確信したようだ。しかし私の意図を感じ取ったララはすぐに視線をそらした。

「ブラックローズ、面白いものを見せてやろう。手を出してしてくれないか」

 アーノルドの声でハッと我に返る。

「アーノルド王太子、それはご遠慮願いたい」

 ヴィクタがすぐに断りを入れてくれたが、ここで手を出さないのはブラックローズらしくない。

 スッと挑戦的に手を出すとアーノルドは隠し持っていた小さな刃物で私の指を切った。

 すぐにヴィクタが動いたが、私はそれを手で制した。三センチくらいの筋ができ、ぷくりと血の玉ができたが、小さな傷だった。

「どういうつもりです?」

 冷めた声でアーノルドに言うと彼はララを呼んだ。

「さあ、ブラックローズの指を治癒してくれ」

 一連の動作を一同が見つめた。ララに治癒力を使わせたくなかったが、アーノルドの指示を断ることはできないだろう。

 なるほど。聖女同士では治癒はできない。私の傷が癒えなければ聖女である可能性があるということか。

 私の指の傷が綺麗に無くなったのを見てジェシカが目を見開いていた。

 私のコアは限界まで開き切ったことによりその反動で閉じてしまった。これは魔法を溜められることと同義で、もう治癒ができなくなった代わりにそれを受けることができるようになってる。

「そんな……別人なの?」

 ジェシカがつぶやく。しかし、逆にアーノルドはララを見て考え込んでいた。長年婚約者をしていた私にはこういう態度の時のアーノルドが恐ろしく鼻が利くのを知っていた。

「治癒を体験できたのは楽しかったけれど、痛かったのはいただけないわ。あなたのこと、許さなくってよ」

 私はアーノルドの気がこちらに向くように話しかけた。そこでアーノルドの私を見る目が完全に変わっていることに気が付いた。

「驚かせる演出にしてはよくなかったようだ。詫びに後で宝石を贈ろう。さて、塩の話をしようか、ヴァン男爵。ジェシカ、ブラックローズを茶でもてなせ……丁重にな。ああ、そこにいる聖女も一緒に連れていけ」

 アーノルドの指示でジェシカが私をお茶に誘う。促されるまま席を立つと「行ってくるわ」とヴィクタに告げた。


「こちらです」

 別室に案内されるが、そこは窓がない。これは完全にアーノルドは私がフィーネであると確信したのだろう。どう出てくるか。

 ジェシカの顔色が悪い。

 判断すれば即行動するアーノルド。ある意味君主に向いているのかもしれない。できれば今日聖女たちを説得する時間がほしかった。

「王太子妃殿下、お顔が真っ青ですよ」

 私が声をかけてもジェシカは手の震えが止まらないようだった。ジェシカがアーノルドの残忍な性格を知らないわけもない。なにか前もって指示を受けているのだろう。

 隣で座るララは私の方を見て視線を外そうとしなかった。

「ブラックローズ様にお茶を」

「す、すぐに準備いたします」

 ジェシカの言葉に使用人が部屋を下がった。監視の護衛は後二人。先日の件で使用人はお茶の準備に少し時間がかかるだろう。

「私、王太子妃殿下に申し上げたいことがあるの。でも……女の子だけのお話だから、男の人には下がっていてほしいわ」

 私は護衛の二人に目をやると、風の魔法を使って目を突いた。

「ぐっ!」

 急に私に攻撃されて二人が目をつぶった。同時にシールドを張って拘束した。案の定、そのうちの一人の手から刃物が落ちる。これでしばらくは声も出せないし、動けないだろう。

 一連の私の動作にジェシカとララは目を丸くしていた。

 もう、時間がない、アーノルドが動くならすぐに対応しなくてはならない。

「単刀直入に言うけれど、聖女の治癒力は自分の生命力を相手に受け渡すことで成立している力なの」

 私の発言にジェシカとララが息をのんだ。

「へ……」

「私は治癒の力がなくなったから健康でいられる。このまま聖女が治癒力を使い続けると、みな早死にするわ。それは、わかるでしょう? 聖女は三十歳にも満たないうちに死ぬのだもの。そこで、あなたたちに問いたい。私と逃げるか、ここに残るか」

「い、いきなりなにを」

 ジェシカがうろたえる。でもきっと彼女だって薄々なにか感じているに違いない。

「ほとんど治癒力を使ったことのないジェシカにはわからないかもしれないけれど、それをアーノルドがあなたに求めた時、あなたは絶望するでしょうね」

「フィ……」

「シッ。ララ、私のことはブラックローズと呼んでちょうだい。ここから逃げるように、なるべく多くのみんなを説得できる?」

「モモたちが別の場所に移されていて……」

「モモたちの状況も把握している。必ず助けるから、今は動けるみんなを説得できる?」

「はい……絶対に説得してみます。あなたが、あなたがいらっしゃるなら!」

「ジェシカ、どうするの? アーノルドは私とララを殺すように言ったのでしょう?」

「なっ……」

「そういう人だもの。現に聖女たちの命なんて道具でしかない」

「で、でも、アーノルド様は私を愛して……」

「今、決めて。そうしないと手を貸すことはできない。もうすぐ、私の連れがアーノルドと戦うことになる」

「ララ、先に行って。羊の形の石がある抜け道の先でみんなと待っていて、すぐに私も行くから。わかるわよね」

「はい、ブラックローズ様」

「ジェシカ……」

「わ、私は!」

 ジェシカの答えはその表情が物語っていた。

「……アーノルドをとるのね。大聖女になって、好きな人と結婚して……でも、あなたはちっとも幸せそうじゃない。姉妹たちのことはあなただって情はあるでしょう? そこで、倒れていて頂戴」

「え?」

 ジェシカの首の後ろを打って気絶させる。アーノルドはお気に入りのジェシカは殺さないだろう。

 そうしてからヴィクタに合図を送るために息を吸った。

「きゃああああああっ、火事よ!」

 私が金切り声を上げると衛兵が勢いよく部屋に入ってくる。どうにかしてみせる。

「ララ、走って!」

「はい!」

 ララがドアを出ていくのを見て、追いかけるしぐさを見せた衛兵の足に火をつける。のたうち回って火を消す衛兵が足止めされるともう一人が私に向かってきた。私は気絶したジェシカの背後に回って腕を巻き付けた。

「こちらに向けた剣を下に置きなさい。王太子妃がどうなってもいいかしら」

 まともに私が戦えるだなんて思っていない衛兵が驚いている。悪女なのだから闘うくらいはやってのけないといけないでしょう?

 カーテンに火をつけると剣を下に置いた衛兵にジェシカを押し付けてドアを閉めた。アーノルドの精鋭部隊が動く前にすべてを終わらせないといけない。

 隣の部屋から爆発音が聞こえる。きっとヴィクタが応戦しているのだ。ヴィクタが時間稼ぎをしてくれる間に急がないといけない。私は空に向かって発煙弾を放ってから、聖女たちの元へと向かった。

「大聖女様!」

 誰かが懐かしい呼び名で声を上げた。指定した場所に赤子を抱えた聖女たちが集まっていた。その中にはルルもいた。どうやらララと二人でみんなを連れてきてくれたようだ。

「こちらです! ブラックローズ様! みなさん、これからはブラックローズ様とお呼びするように」

 ララがそう諭すとみんなが口の中でブラックローズ様、と唱えている。その姿に少し笑ってしまった。大好きな姉妹たち。元気な顔が見られてよかった。

「さあ、急ぎましょう。お互いに確認して点呼して、一人の漏れもないように」

「確認済です、ブラックローズ様。モモたち二十四人を除く九十名が揃っています」

 ルルが誇らしげに報告してくれる。

 先を進むとどこに向かうかわかったのか聖女たちが青ざめた。崖へ向かっているのがわかったのだろう。

「どうやって脱出を?」

 赤ちゃんを抱えた聖女の声が震えた。

「大丈夫よ、ほら……」

 私が指を指すと下からちょうど気球が上がってきた。

 下に降ろすだけなので十人は乗れるように籠が工夫してある。エルフの気球をノムストル侯爵の長男ミュンセが乗りこなして迎えに来てくれたのだ。彼は今日のためにずいぶん練習を重ねてくれたそうだ。

「ブラックローズ様! こちらです!」

 アニーが誘導してくれるのに聖女たちを次々と引き渡す。幼子を抱えた聖女が優先だ。

 その後ろではガットとヨナサンが見張りを縄で縛ってくれていた。

「さあ、順に下りていきましょう」

 崖の下には他の貴族たちが馬車を待機してくれている。行先は国境近くに待機してくれているレリア軍のところだ。そのままみんな保護してもらうことが決まっている。

 ボン……。

 また爆発音が聞こえる。

 ヴィクタ……。

 最後の聖女たちを籠に乗せた時、背後からテイラーの声が聞こえた。

「ブラックローズ様! 先にお逃げください!」

 やっぱり来てしまったか。

 振り向けばアーノルドの精鋭部隊がこちらに向かってきていた。


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