神殿長と違和感
ロッド国で赤子が聖女に認定されるのは、なによりも誇らしいことだとされる。
認定されると国から支度金という名目でその両親に多額の金銭が支払われる。
しかしガトルーシャヘイブラロ神の使いになることはとても名誉なことであるが、だからといって誰もが生まれた娘を聖女にしたいわけではない。どこにでも抜け道はあるように、名家に生まれた女児などはあらかじめ認定式に出なくていいように多額の寄付をしていた。
「こんな裏事情があったのですね。自分たちが特別なんだと思い込んで生きてきましたよ」
宿に戻るとさっそく私たちは今後のことを話し合った。
テイラーたちが調べてくれた赤子の認定式の資料を見て私は衝撃を受けた。知り得るなにもかもが今は腹立たしい。
「できれば一度に聖女を逃がしたいが……」
「儀式の体への負担は相当なものです。あの様子では少なくとも二週間は臥せってしまうと思います」
モモたちの様子を思い出すと辛くて胸が痛い。
「そんな体の聖女たちを逃がすのは大変ですね……」
脱出ルートを確認していたヨナサンが呟いた。
「でも、だからといってもう時間は伸ばせません。この機会を逃せばいっそう助けるのは難しくなるでしょう」
テイラーも頭を抱えている。元気であっても訓練されていない聖女が逃げるのだからこちらからの手助けが必要だ。
「先に動ける聖女から説得した方がよさそうだな。どちらにせよ、全員一度に逃がすのは無理だろう」
「そうですね。乳幼児もいますから……」
どうにか聖女たちに接触したかったが、神殿長が戻ってきてしまって話もできなかった……いや、あの状態で話の出来る聖女はいなかっただろう。あの場所にいた聖女は二十名と少しといったところだろう。多分、治癒力の高いものを選んだのだと思う。
私の正体が掴めずに復讐だなんだと思われているうちに逃がさないと、アーノルドのことだ、聖女たちになにをするかわからない。
テイラーたちは聖女の数もきちんと調べてくれた。聖女はジェシカを抜いて全体で百十四名。
儀式を受ける予定の九歳までがそのうちの四十四名である。幼児や赤ちゃんは年上の聖女が交代でついて面倒をみているが抱きかかえて移動しないといけない。
「臥せっていても力のある聖女はロッド国にとって大切でしょう。滅多な目には合わないはずです。やはり先に元気な者を中心にできるだけ逃がすようにしましょう。それにシステムを壊せば治癒力も使えません」
テイラーの言葉にみんなで頷いた。今はできることからするしかない。
「もうひとつ、気になることがある。フィー、これをみてくれ」
そう言ってヴィクタが渡してくれた資料は神殿長についてのことだった。
「家門、年齢……不詳?」
「調べてもなにも出てこなかったらしい。フィーは神殿長の名前を知っているか?」
「……神殿長としか、呼ばれていないので」
考えてみればおかしな存在だ。治癒能力も使わない聖女の管理者。物心がついた時から母と慕ってくれと言われるがまま、神の仲介者として尊敬していた。けれど神託を下ろす以外は特に何も能力はない。その神託すら失敗すれば大聖女のものとされたのだ。
神殿長の見た目は七十代くらい。神殿で暮らす者の中では長寿と言えるだろう。
「以前、神殿長の部屋の隣の書庫に忍び込んたことがある。聖女の名簿が乱雑に置いてあったが、神殿長の代替わりが無ければあの資料は……」
「乱雑? 神殿長は几帳面でいつも完璧な身なりの人ですよ?」
「フィーが引っかかるのはそこなのか?」
ヴィクタは呆れたが、違和感がある。
「ウインプルから髪の毛一本落ちていたことがないのです。そんな人が部屋を整頓しないでしょうか」
「ちょっとまて。もしかしてそれは、魔法で変装していたのではないか?」
「え?」
「以前、姿を変えられるペンダントを使ったことがあるだろう?」
「はい。脱出する時に使いましたね」
「魔法で姿を変えているから、身なりが乱れることはないんだ」
「それって……」
「神殿長はいつもどこにいる?」
「た、たいていは神殿長のお部屋に。でも、それを確認する術は聖女にはありません」
「……あのペンダントは一般に使われるものではない」
「え?」
「あれはエルフに伝わるペンダントだ。半永久的に使えるものだが、エルフが使える特別な呪文がなければ使用できない」
「それって……」
「使っているとしたら、神殿長はエルフに近しい存在だということだ。……これはエルフの国も調べてみなければならない」
「まさか、アーノルドがエルフにこだわっていたのも?」
「わからないが……可能性はあるな」
「もっと神殿長を調べる必要がありますね」
そこで黙って聞いていたテイラーが声を出した。
「ああ。しかし、慎重に、だ。聖女たちの命がかかっている」
あの頃盲目的に信じていたことが塗り替えられて行く。母だと慕ってきた神殿長の顔が今は正確に思い出せない。
――あれは誰なの?
「すぐにアテナにも調べてもらおう。嫌な予感がする」
考えれば考えるほど、ロッド国にエルフの内情を知る者がいるような気がしてくる。エルフの動きを封じる釘……あれだって誰が思いつくというのだ。
それからすぐにテイラーたちに神殿長の動向を調べてもらうことにした。その間にも神殿に動きがあった。
「なんでも今回は赤子の選定よりも先に十歳の力を引き出す儀式をするそうです。それも近々に」
神殿の情報を集めてくれたガットが教えてくれる。
「治癒力を使える者を増やそうとしているのでしょうか」
胸が苦しくなる。幼い子たちまで戦争に駆り出すつもりなのだろうか。
「儀式には魔獣の毒を使っているはずだ。ご神体と呼ばれるそれを押さえれば儀式は行われない」
ヴィクタの言葉に頷く。儀式で聖女たちが触れるのは『ご神体』。思い返せば黒い人の頭ほどの大きな石だった。きっとあれには強力な魔獣の毒が仕込んであるに違いない。
「普段ご神体は秘密の場所に厳重に保管されて聖女たちにもその場所は知らされていません。いつも儀式を行う前日には神殿の方に移動させていました」
「そちらも動きがないか見張っておきましょう。もしかしたら保管場所も特定できるかもしれません」
いよいよ聖女たちを逃さないと大変なことになる。アーノルドがこのまま大人しくしているわけがない。
「それと神殿長ですが、ヴィクタール様の言っていたとおり、仮の姿かもしれませんね。部屋に籠るとずっと出てこないですから」
「部屋からどこかの空間へつなげているのかもしれないな」
ヴィクタにも侵入できない魔法がかけられている部屋だ。なにがあってもおかしくない。
ますます神殿長に疑いを持ってしまう。
「ヴィクタール様、今アテナ様から連絡がきました」
そこへアニーが通信用の水晶を持ってやってきた。便利な水晶だが一日一回お互い指定した時間に十分程度しか使えない。
「ヴィクタール、聞こえてる? 時間が無いから本題に入るわ。あなたが言っていたように、約百五十年前にエルフの国から追放されたエルフが一人いたわ」
アテナの言葉に息をのみ、続きを聞いた。
「名前はキーラ。生きていたら三百二十歳ね。彼女は百歳を超えてからずっと国を出て暮らしていたの。そして百五十年前に、人族と結婚すると言って追放されている。彼らは森の神には祝福されなかったの。それでも彼をあきらめなかったキーラはエルフ国とは縁を切り、エルフとしての権利を消して国を出て行ったの。その後の消息は不明よ。でも……」
「でも?」
「相手はロッド国の人だったみたい」
その言葉にみんなが顔を見合わせた。




