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捨てられた大聖女はエルフから溺愛されて自国に舞い戻る  作者: 竹輪㋠


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一方的な再会1

 二日後、その日も全身真っ黒な衣装に身を包んで王宮へ乗り込んだ。今日は神殿に潜り込むために聖女の法衣も隠しもってきている。侵入ルートの魔法陣をすり替えてから、どうにか聖女たちの無事をこの目で確認して逃げるよう説得したい。

「緊張しているか?」

 私の手を握ってヴィクタが励ましてくれる。深く息を吐いて落ち着かないと。私には救いたい姉妹たちがいる。

「大丈夫です」

「それでこそ、ブラックローズだ」

 ニヤリと笑うヴィクタに肩の力が抜ける。大丈夫、私にはこんなに頼もしい味方がいるのだ。


 王宮に着くとすぐに応接室へ通された。早速、せっかちなアーノルドは挨拶もそこそこに塩の話を持ち出した。

「で、どのくらい塩を融通できる?」

「すでにお約束しているところもございますから……」

 ひとまず手土産に岩塩をひとかたまり渡して落ち着かせ、交渉はのらりくらりと躱すヴィクタに笑ってしまいそうになる。今日は塩の話がメインなので、アーノルドと腹心の男が対応していた。 

 私はわざと退屈したように扇で口元を隠しながらあくびをした。

「あら、失礼しました。退屈になってしまったもので。ドリス、交渉事は任せているのだから私は帰っていいかしら」

 そんなことを言い出した私にアーノルドと腹心がポカンとする。ヴィクタは慣れたふうに答えた。

「しかし馬車は一つですので、もう少しお待ちください」

「王宮と聞いて楽しいかと思ってついてきたのよ。期待外れだったわ。ああ、もう帰りたい」

 わがままを言い出した私にアーノルドが腹心と顔を見合わせた。

「それでは別室でお茶でもするといい。すぐに用意させよう」

 引きつった笑顔でアーノルドが提案し、私は立ち上がる。

「お庭を見せてほしいわ」

「侍女に案内させよう。ああ、庭だから護衛はいい。好きにさせろ」

「……すみません。ブラックローズ様はいつもこんな調子でして」

 謝るヴィクタにアーノルドがあきれている。アーノルドから言って護衛を外してもらえるのは助かった。私はヴィクタにひらひらと手を振ってその部屋から退出した。庭の東屋まで案内されると、侍女たちがお茶の用意をすると言う。

「お茶は最高級のマノチャ産のものよ。茶器はブルドルック製品のものでないと受け付けないから。それと、お茶菓子は卵とミルクが入っていないものを用意して」

「す、少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか」

「いいわよ。その代わり、下手なもの出したら承知しないから」

 不遜な態度で足を組みなおすと、私の無理難題に蒼白になった侍女たちが席を外した。その後姿が見えなくなるのを確認してアニーが椅子に黒いクッションをダミーで置いて簡単な目くらましの魔法をかけた。大掛かりな魔法は感知されてしまう。

 私は素早く聖女の法衣に着替えて支度する。ここからなら隠し通路で神殿まではすぐだ。

「三十分です。今日はそのくらいで戻ってきてください」

「わかったわ」

 打ち合わせ通りに行動する。何個かの魔法陣を上手くすり替えて、幸運なことにその姿を見られることなく神殿に行きつくことができた。

 ガチャ、ガチャ……。神殿の扉に鍵がかかっている。正面がダメなら裏手の扉……。こっちもダメなら、礼拝に遅れた時にこっそり入る場所が……。

 数か所試して、ようやく狭い通路に体を滑り込ませると神殿の中に入ることができた。

 ん?

 ……あれ? 

 神殿の中は薄暗かった。私がいた時は常に開けられていた窓が閉じられている。そして、なにかキツイ香のようなものが焚きしめられていた。

 この香には覚えがある。

 心臓がドクドクと音を鳴らす。それがなにであるか思い当たると体がブルブルと震え出した。

 これは、十歳の時に受けた儀式の時に焚かれていた香だ。肌がピリピリする。

「う……みんな……」

 気分が悪くなってハンカチで口を押さえた。中を見渡すと二十名ほどの聖女たちが頭を下げて、ずっと祈るポーズをとっている。なにか、変だ。

 私はとっさにララとルルとモモを探した。彼女たちならこの状況を説明できるような気がしていた。

 下を向いていて顔が見られない。あの可愛らしいつむじを探して、ようやく端っこにモモがいることに気がついた。

「モモ……」

 私がこっそり近づいて声をかけるとゆっくりとモモは顔を上げた。

「……フィーネ……さま。フィーネさまだ……」

 ぼんやりとしたモモが私を見て声を上げる。その声は小さくかすれていた。

「いったい……ここでなにをしているの? どうしてみんな下をずっと向いているの?」

「ふふ……フィーネさま……今日は……クッキー……もらえるかなぁ」

 モモがそうやってフフフ、と笑う。けれどもその姿は異様で、どこか夢の中にいるようであった。

 唖然としていると隣にいた聖女が私に気づいた。

「だいせいじょさま……かえってきてくださった」

 よく見ると三番目に力があったライラである。

「ライラ、これはいったい?」

「だいせいじょさまには……およばなくて……ぎしき……」

「ちょっ……ちょっとまって、まさか、儀式をまた受けたというの?」

 立ち上がってみるとみんな顔を青くして下を向いている。祈りを捧げているのじゃない……これは、儀式をして体を動かせなくなっているのだ。

「ぐう……」

 それにしても香りがキツイ。気分が悪くなってきてしまう。とにかく何とかしてあげたくて、背中をさすってみたりしたが、どうにもならない。

 ……コアを、もっと開けやすくして、治癒能力を高めようとしているとしか考えられない。

 こんな……聖女は命を受け渡すだけの存在だと言うのか……! 握った拳がブルブルと震える。

 そこに、コツコツと足音が聞こえてきた。

 ――神殿長だ。

 柱の陰に隠れて彼女の様子を伺う。向こうから一人ずつ、聖女たちの様子を確認しているようだった。

 あんなに、冷たい顔で平然と苦しむ聖女たちを見ている……神殿長もやはり、王家側の人間なのだ。


 すると遠くから鐘の音が聞こえて三十分経ってしまったことがわかった。ここで私がきたことがバレてしまったら今までの苦労が水の泡だ……。

「必ず、戻ってくるから。必ず、助けるから」

 私は小さくそう言って、きた道を急いで戻る。

 足を速めながら歯を食いしばった。


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