黒蝶のように舞って
「喜んでお伺いしましょう」
ヴィクタが答えるとアーノルドが満足そうにしていた。
王宮に招待されるのは願ってもないことだ。私がいたころから神殿の奥の守りは非常に堅く、侵入は難しい。しかし王宮からの秘密の通路を使えば入ることができる。そこは元大聖女しか知り得ない通路があるのだ。
「ダンスの時間だな。それではまた使いを出す。パーティを楽しんでくれ」
音楽が聞こえてきて、アーノルドが言った。ジェシカが当然のようにアーノルドの腕に腕を絡めた。
聖女はダンスは踊らない。椅子に座って見るだけだ。よってパートナーの王太子もその時間は座って見ているだけだ。
聖女に踊る体力などないし、ダンスも習わない。そもそも歴代王家と婚姻した大聖女は短命でパーティなどの催しに顔を出すことは珍しい。
現ロッド王もまだ王太子の時に妻であった大聖女を亡くしていた。今は再婚して聖女とは無関係の王妃がいる。もちろんそれがアーノルドの母親だ。
さんざん治癒力を利用して、利用された聖女は短命になって捨てられる。
それが聖女だ。
大聖女などと持ち上げられて王家と婚姻しても、治癒能力を独占して使うために伴侶として選ばれただけだったのだ。
私がヴィクタの手を取ったのをジェシカがじっと見ている。本当に私がフィーネなら踊れないとでも思っていそうだ。
「さあ、見せつけてやろう」
ヴィクタのリードで足を踏み出す。
音楽にのって軽やかにステップを踏むと、感心しているようなアーノルドと困惑したジェシカの顔が見えた。
アーノルドは私をフィーネだと思いたくないようだが、さすがに一緒に生活していたジェシカは私だと確信していたのだろう。
「ちゃんと踊れていますか? 注目され過ぎて緊張してきました」
「まるで蝶のように美しい舞いだぞ。そら」
ヴィクタが笑って私をくるりと回転させる。黒いドレスがふわりと広がって確かに蝶の羽のようだと思った。
私とヴィクタは二回ほど踊ってからパーティ会場を後にした。
何人もの人にダンスを申し込まれてヴィクタが不機嫌になったが、『生涯あなたとしか踊らないですよ』と言ったらプイと顔をそらしながらも頬を染めていた。
会場を出て黒い馬車に乗り込むと緊張が解けてホッとした。
覚悟はしていたが、アーノルド、ジェシカを見ると当時を思い出した。今思えばなにを思ってあそこまで自分を痛めつけていたのかわからない。
そういえば神殿長はどうしていただろう……。
「先ほど会場で情報を集めたが、やはり聖女たちは今神殿から出てこないらしい。テイラーたちの王宮の方も報告待ちだが、実際に見ても魔法の防御が強固だったから、期待はできないな」
「王宮に行く日にどうにか聖女たちと連絡が取りたいです。逃げるように説得しないと」
「高位貴族の治癒行為も今は中止しているらしい。なにかおかしなことになってなければいいが」
馬車の窓から小高い丘にある王宮と神殿が見える。私にはもうそれは監獄のように見えた。
「神殿に閉じ込めているなんて嫌な予感しかしません」
姉妹たちは大丈夫だろうか。
「連絡を待つしかないな」
「そうですね」
「……フィー、よく頑張った」
「はい」
今になって体が震えてきた。今は誤魔化せても、あの執念深くて残酷なアーノルドを出し抜けるだろうか。馬車が宿に着くまでヴィクタは私を包むように抱きしめてくれた。
宿に着くとアニーが走って出迎えてくれた。
「どうでしたか?」
留守番だった彼女が我慢できないと聞いてくる。可愛い人である。
「うまく餌に食いつきました。王宮に招待されました」
「さすがですね! これで聖女たちと接触できますね」
そうして次の日には王宮への招待状が届いた。
「王宮への招待は二日後だ。よほど急いでいるらしい」
「塩が不足しているとぼやいていましたから」
「王宮内の地図をください。抜け道などの書き漏れがないか、もう一度チェックします」
大きなテーブルの上に地図を広げてテイラーを筆頭に諜報部の皆も呼んで再確認した。私の記憶は二年前なので最近知り得た情報と摺り寄せる。
上手く王宮に潜り込めたら、内側から神殿に行くルートのトラップとシールドの魔法を解除する。すり替えるダミーの魔法陣はヴィクタが作ってくれていた。これがうまく行けばテイラーたちも神殿や王宮に侵入できる。
「無理に接触すると聖女たちが危険になるかもしれませんし、なによりフィーネ様が危険になるといけません。魔法陣をすり替えることを優先してください」
いよいよ、招かれて王宮に入る。私は姉妹たちの明るい笑顔を思い出していた。
私の世話係だったララやルルやモモ……。元気にしているだろうか。
神殿長はパーティに参加していたし、ジェシカも元気そうだった。聖女は神殿に閉じ込められていたとしても、どのみち、もともと外出は教会の慈善活動しか認められていなかったのだ。
きっと王宮に行けば聖女たちに会える。
なにも知らない私は、ただ姉妹たちと再会できることを楽しみにすらしていた。
……だから、まさかあんなことになっていたとは想像していなかった。




