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捨てられた大聖女はエルフから溺愛されて自国に舞い戻る  作者: 竹輪㋠


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戦いの幕は開ける

 アーノルドとジェシカだ。


 結婚したのはエルフの国にいる時に聞いていたが、二人そろって見るのは初めてだった。

 色相は違っても同じ金色の髪の二人が、美しいドレスに身を包んで歩いているのはなかなか見ごたえがある。

 もっと……。

 二人を見たら様々な感情が渦巻くと思っていた。

 憎悪や、恨み、軽蔑……。

 けれど、いざ目にしてみれば、淡々としている自分に驚いた。

 相変わらずアーノルドの表情は自信に満ち溢れていて笑顔で周りの貴族と談笑している。

 隣に寄り添うジェシカは赤い美しいドレスを着ていた。派手好きなアーノルドの好きそうな衣装でとても似合っていた。

 けれど……。

 アーノルドに腰を抱かれたジェシカはちっとも嬉しそうではなかった。


 そうしてアーノルドがふと会場を見渡した。

 彼の視線が私のところで止まる。そうして動かなくなったアーノルドを見たジェシカもなにかに気づいて私の姿をその目に捉えた。

 二人が息をのんだのが遠目でみてもわかる。

 それを見た人々もなにかを察したのか道を開け、静かに私たちを見守った。

 ゆっくりとアーノルドがジェシカを連れながら私に近づいてくる。

 なにを言われても動じないつもりだったが、彼らが近づいてくると治癒後の苦しさが甦るような感覚がやってきた。

 自分でもわからないが身に沁みついた恐怖のようなものかもしれない。

 王太子夫婦が目の前に立ったのだから、私が挨拶をしなければならないのにズキズキと頭痛までしてきた。


「これはこれは、王太子殿下。お初にお目にかかります」

 そう言って私を支えるのはヴィクタだった。背中のヴィクタの手に力をもらう。彼の温もりを感じた途端、呼吸が落ち着き、体が軽くなった。何よりも私の心を守ってくれる。

 ヴィクタの方がアーノルドにはひどい目にあっているはずなのに……なんて強い人なのだろうか。

 しばしアーノルドとジェシカがヴィクタの美しさに見とれているのが分かる。

 黒髪黒目に変えて、耳も細工をしているのでエルフには見えないだろうが、美しさは隠しきれない。

 アーノルドは自分が取り逃がしたエルフが目の前にいるとは全く気づいていないようだ。ワイルは私が目立てば目立つほどアーノルドは気づかないだろうと言っていた。

 ヴィクタが私を守ってくれるように、私もヴィクタを守りたい。

 私はヴィクタの隣で堂々と見えるように姿勢を正した。ワイルが考えてくれた設定を思い出す……完璧に、私は『復讐に戻った悪女』を演じきってみせる。


 私は『ブラックローズ』 この国を呪い、絶望に落とすために帰ってきた元大聖女。

 見知った顔の貴族たちが私を見て青ざめる。

 お久しぶりです、みなさま。

 私が命を削って助けたお体は大事にしてくださっていますか?

 あら、失礼、大聖女だというのは内緒のお話でした。 

 だって、大聖女はとっくの昔に罪に問われて首を落とし、その首はレリア国に送られてしまったのですもの。


 息を吐いてブラックローズになり切る。

 ヴィクタは私の息が整う時間を稼ぐように先にアーノルドに挨拶をしてくれた。

「このような素晴らしいパーティに参加できて光栄でございます。私の名はドリス=ヴァン。クアント国で男爵の地位を賜っています。そしてこちらはグランド伯爵令嬢のローズ様です。私がお仕えしている主人でございます」

「ふうん。黒が良く似合っているな」

 紹介してもらって、カツ、と子気味のいいヒールの音をホールに響かせながら前に出る。まずは大聖女だったフィーネの控えめだった態度を一掃してやる。

「ローズ=グラントと申します。ドリスの手を借りて父の事業を引き継いでおります。皆には『ブラックローズ』と呼ばれております」

 私の顔を見てもアーノルドは動じなかった。

「せっかくロッド国にきたのだから楽しんでいってくれ」

 どうやら彼は私を客人としてもてなすようだ。適当にそんなことを言うアーノルドに対して隣にいたジェシカはブルブルと青くなって震えている。

「フィ、フィーネ様⁉」

「ローズ、でございます。王太子妃殿下」

 わたしを見て声を上げるジェシカに落ち着いて返した。嘘だらけの自己紹介に笑ってしまいそうになる。

「え……でも」

「落ち着け、ジェシカ。あの悪女の名で呼ぶなど失礼だぞ……。私もブラックローズと呼ばせていただこう。少々奇抜だがその出で立ちも美しい。まるで薔薇の宝石の様だ」

 アーノルドが手を差し出してくる。まさか散々けなされてきた容姿を褒められるとは思わなかった。気づいているのか、気づいていないのかわからない態度に油断がならない。しかしさすがに握手はしたくなかった。

 ふと、視線を感じて見ると隣にいたジェシカが凄い顔で睨んでいる。

 私は手を出すふりをしてからジェシカを見てひっこめた。これで嫉妬する王太子妃に気づかったと思ってくれるだろう。

「お言葉、嬉しく頂戴いたします」

 代わりにドレスを摘んで頭を下げておいた。

 あまり幸せそうに見えなかったので、どうかと思ったが、嫉妬するならジェシカはまだアーノルドのことを愛しているようだ。

 そういえばアーノルドも私が力を使いすぎてボロボロになるまでは、ある程度婚約者としてご機嫌取りはしてくれていた。十三歳くらいまでは花やお菓子を贈ってくれていた記憶もある。

 その頃からアーノルドが戦いに出ることになり、私は頻繁に能力を使い始めた。自分勝手な男のせいで残念な見た目の大聖女が出来上がったというわけだ。


 ――ジェシカは力を使わなくてすんでいるのかしら。

 未だ美しいジェシカには私のように治癒をさせず、アーノルドが大切にして力を使わせていないのかもしれない。この男はジェシカには昔から力を使わせないようにしていた。

「今度王宮に招待させてくれないか。塩のことで相談したい」

 アーノルドの提案にジェシカが口を一文字に結んだが、私とヴィクタは微笑んだ。

 

 やはり、塩のことはもう調査済みだったのだろう。

 餌にかかった。

 目的が果たされたことに私はホッと胸をなでおろした。

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