慈善パーティ
ノムストル侯爵は宣言通り、神殿主催のパーティのチケットを入手してくれた。
当日私とヴィクタはテイラーたちと念入りに打ち合わせしてから神殿に向かった。
二年離れていただけなのに、神殿はもう私の家ではなくなってしまったと感じる。
ここは、私の姉妹たちを絡めとる伏魔殿だ。
遠巻きに『ブラック団』の貴族も私を見守ってくれているのがわかる。気合をいれないと。
「前にもまして神殿の守りが強化されているな」
入り口でチケットを渡してチェックを受けるとヴィクタが辺りを確認していた。
パーティは神殿の中にある広間で行われる。
「教会のボヤ騒ぎが続いているだろ?」
「なんでも大聖女の呪いだとか」
フロアに入ると噂話が聞こえてくる。大聖女、の単語に私は聞き耳を立てた。
「大聖女は死んで首をレリア国に送ったじゃないか」
「モイロ子爵が目撃したらしい」
「モイロ子爵? あんな大ぼら吹きのじいさんの言うことなんぞ信じられるか」
「いやそれがな、他にも目撃したものがいるらしい。なんでも首を繋げて生き返ったとか……目の前で生首がつながったって……」
「レリア国と他の国にも睨まれている状態なのに、生首? 勘弁してくれよ……」
「ガトルーシャヘイブラロ神に祈りを捧げるしかないのか」
「神に祈りを捧げても、塩は手に入らないし、生活は苦しくなるばかりじゃないか」
「塩といえば……クアント国から岩塩を売りにきた令嬢がいるらしいぞ。すでにラオット商会とは取引しているらしい」
「レリア国に睨まれているのに、ロッド国に塩が持ち込めるのか?」
「どうやらクアント国の令嬢らしい。理由は知らんが一儲けするつもりだ。若い男と一緒らしいから駆け落ちの資金にでもするんじゃないか?」
「本当ならこちらにも商品を回してもらいたいな」
「是非親しくしたいものだ」
どうやら話も順調に広がっているらしい。
けれど生首なんて……おかしくなって、ヴィクタを見ると彼も面白そうにしていた。
「フィーの首は一度も胴体から離れたことはないのにな。さあ、今日もお前は誰よりも美しい。もっと美しく見えるように薔薇を挿してやろう」
「ふふ。黒髪のヴィクタも最高に素敵です」
ヴィクタが私の髪に黒いバラを挿してくれるので私も彼の胸ポケットに薔薇をいれた。
会場に入ると真っ黒な二人に視線が集まる。
「あれは誰だ?」
「噂のクアントの令嬢か?」
「全身真っ黒じゃないか……」
注目が集まるのを感じて背筋を伸ばす。そうやって私たちに目を向ければテイラーたちが動きやすくなる。
会場は早くも謎の黒いドレスの令嬢で持ち切りになったが、まだ話しかけてくる貴族はいなかった。私は顔が認識できるかできないかくらい顏を扇で覆った。
そうしてすばやく会場の隅々まで目を走らせる。けれどもいつも手伝いに出ているはずの聖女たちは見当たらなかった。
「聖女たちが見当たりません。いつも手伝いで何人かはいるはずですが……」
私の声にヴィクタも辺りを見渡した。その時、鐘が鳴った。
カーン、カーン……。
ざわつく会場も鐘の音が聞こえると静かになる。まずは神殿長が現れ、祝辞が行われる。
久しぶりに見る神殿長は今日もきっちりとした姿だった。
「あれが神殿長か……」
ヴィクタが隣で神殿長を見ていた。きっと以前の私なら訝しげに見るヴィクタに嫌悪感を抱き、母を悪く見ないでほしいと訴えたに違いない。
神殿長の話は『このパーティに参加した心を清く持つ者に祝福を』といったもので、改めて聞くと寄付すればするほど魂が浄化されるのではないかと思うような内容だ。
私もずいぶん疑うような見方をするようになった。
あんなに母と慕っていた神殿長がなにを言っても、今はまったく心に響かなかった。
私のことを娘だと言いながら、星見の塔に閉じ込め、濡れ衣をかけて、代わりに首を渡そうとした人だ。よくよく考えてみれば神殿長は神の声を聞く仲介者であるが、聖女のような力はない。
王家と共に代々神殿長を継ぐ家系だと聞いているが、先代の話も聞いたことはなかった。ただ、儀式の段取りは完璧で、誰一人零れることなく聖女たちの力を引き出していた。
たしかこの会場も治癒力は使えたはずだ。そう思って正面の大きな神の像を眺めた。
やはり嫌な感じがする。一般人には感じないであろうこの感覚。エルフの国の清浄な空気で過ごして私も敏感になったのだ。
ガトルーシャヘイブラロ神の足元の仕掛け……神はどうしてそれを許したのだろう。あなたを崇拝し、祈りを捧げる僕を助けてくれはしないのか。
いつもなら手伝いに数名聖女がいるはずなのに見当たらなかった。代わりに王宮の制服の使用人たちがいる。テイラーたちは王宮の方が手薄になるのでそちらを調べてくれている。
しばらく様子を見ていた貴族が私の元へぞろぞろとやってきた。
見知った顔がたくさんある。
パーティに集まる貴族は高位の者が多く、私と接触する機会が多かった。
ダイズが声をかけなかった人たちだから、気を許すことはできない。
「私はリッチモンド伯爵と申します。お噂は聞いております。岩塩のことでお話がしたいのですが」
一人が口火を切ると我も我もと私に話しかけた。
知っていますとも。
風邪を引いた母親を治癒してもらいたくて、お布施をたくさんしていた男だ。他に重症患者がたくさんいようと金額が上だと息巻いていたのを覚えている。
あの時は中堅の聖女が対応していて傍観していたが、見ていて気持ちいいものではなかった。
私は集まってきた人たちの前でニヤ、と笑った。
「初めまして、でいいのかしら。クアント国から参りました。ローズ=グラントと申します。父はクアント国で伯爵位を賜っておりますの。私のことはブラックローズと呼んでください」
私は黒い扇を下げて口元だけを隠した。
そこで、少しだけ空気がざわ、となった。痩せていたとしても私の面影を覚えている人も少なくないようだ。
「あの……失礼ですが、大聖女様となにか繋がりが? 似ておられるので……」
「あら。大悪女と呼ばれる方に私が似ていると? 喜んでいいのかしら。それとも怒ったらいいのかしらね」
「こ、これは……申し訳ありません!」
「あなたは本当にクアント国の貴族なのですか?」
「質問ばかりですね。この黒の薔薇もこのドレスの生地もクアント国の最高級のものですわ。無知もここまでくると罪深い。エンカルド伯をパートナーに連れてくればよかったかしら」
「あ、あのエンカルド伯爵とお知り合いですか……」
「塩の鉱山を管理してもらっていますの」
……実は鉱山はエルフの財産で、管理してもらっているのは本当のことだ。
「管理を……なるほど」
「エンカルド伯爵とは?」
「おい、知らないのか、クアント国で有名なやり手の実業家だ」
名前を使って構わないと了承はもらっていたが、こんなに効果があるとは思っていなかった。
「それで、岩塩のことなのですが……」
どうやらみんな輸入できなくなった塩を手に入れることに躍起になっているようだ。
ダイズの経営しているラオット商会に少しだけ卸しているが、まだまだ行き届いてはいないから当然のことかもしれない。私はのらりくらりと適当に彼らと話をしながら時間をつぶした。
カーン、カーン……。
そこにまた鐘の音が響いた。
王族が会場についた知らせだろう。
「今日は王太子ご夫婦がお見えだそうですよ」
誰かが、そう教えてくれた。
しばらくして先ほど神殿長が祝辞を述べた後ろのドアが開いて、きらびやかな二人が入ってきた。




